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絵本は誰のためにある? のぶみ氏炎上を見て考えたこと

「子どものトラウマになった方がいい」と話す絵本作家の影響は?

絵本作家のぶみ氏が作詞した「あたしおかあさんだから」という歌が批判の嵐にあうということがありました。

のぶみ氏は、Facebookで「母親になってから我慢していること」を募集し、それを元に「私はおかあさんになってから、あんなこともこんなことも我慢していて、おかあさんじゃなかったらもっと自由にしたい。でもおかあさんになれて幸せ」という歌を作ったのがきっかけです。

以下は歌詞の一部です。

一人暮らししてたの おかあさんになるまえ
ヒールはいて ネイルして
立派に働けるって 強がってた

今は爪きるわ 子供と遊ぶため
走れる服着るの パートいくから
あたし おかあさんだから

あたし おかあさんだから
眠いまま朝5時に起きるの
あたし おかあさんだから
大好きなおかずあげるの

(中略)

もしもおかあさんになる前に戻れたなら 夜中に遊ぶわ
ライブにいくの 自分のために服買うの
それぜんぶやめて いま、あたしおかあさん
それぜんぶより おかあさんになれてよかった

この歌詞が「自己犠牲を賛美している」などの批判を受けた後、のぶみ氏は「おかあさんへの応援歌のつもりだった」と釈明しています。

2017年に、孤立して育児をする辛そうな母親の映像を2分間流し続け、「この〜がいつか宝物になる」と締めくくった紙おむつのCMの炎上を彷彿とさせる出来事でした。

のぶみ氏もムーニーのCMを作ったユニ・チャームも、「おかあさんが大変なの、分かっているよ」という寄り添いの気持ちが根底にあったのだと思います。しかし、時代の方が一歩先を進んでいたということなのでしょう。

「母親だから我慢しないといけないというのはおかしい」「母親だけが背負うのはおかしい」と考える人が増えてきたということではないでしょうか。

子供向けの作品で、親を泣かせる意味

今回、「あたしおかあさんだから」が炎上した理由の一つは、この歌が子供向けの番組の中で放映されたことにあると思います。

小さな子供が見て楽しむための番組で、「おかあさんへの応援歌」が歌われた。些細なことに見えて、絵本作家のぶみ氏が潜在的に炎上リスクを抱えていた本質がここにあったと私は思っています。

のぶみ氏は、ヒット作をいくつも持つ絵本作家です。母親が死んでしまう『ママがおばけになっちゃった!』(講談社)、子供が親を選んで生まれてくるという『このママにきーめた!』(サンマーク出版)、スマホを見ながらの育児を批判する『ママのスマホになりたい』(WAVE出版)などの作品があります。

のぶみ氏は母親たちに何が支持されるかというマーケティングによって制作していることを公言しています。実際に作品は売れていますが、子供でなく親を泣かせるための作品であるとの批判がなされてきました。

絵本は子供のためにある

絵本は言うまでもなく子供のためにあるものです(大人が読むために書かれた大人向けの絵本という例外はあります)。

おばけシリーズが世代を超えて読み継がれている絵本作家せなけいこさんは、インタビューで代表作「ねないこだれだ」についてこのように話されていました(東洋経済ONLINE「名作絵本『ねないこだれだ』の意外な真実」より)。

この本はよく、しつけのための本と間違われるのですが、そんなつもりで書いたのではありません。しつけの本だったら、子どもはこんなに好きになってくれるはずがありません。子どもは敏感ですからね。そういったことはすぐにわかってしまうんです。

絵本の最後に、夜なかなか寝ない子どもがおばけに連れられて飛んでいくというシーンがあります。大人はこれを「早く寝ないといけない」という、しつけのメッセージだと思うかもしれません。

でも違うんです。だって、おばけの世界へなら、子どもはきっと飛んでいってみたいでしょ? わたしだって、そうなのだから。実際に、私の娘などは「いいよ、とんでいくよ」といっていました。

私の本にでてくるおばけは、子どもを脅すおばけではないんです。ましてや誰かが死んで、化けて出てくるのでもない。おばけは、おばけの世界で自由気ままに生きている。そして、子どもはそのことを知っているのです。だからちょっぴり怖くても、やっぱりおばけが好きで仕方ないんです。しつけをしたり、脅したりするおばけだったら、子どもが好きになるはずないじゃないですか。

せなけいこさんが、あくまでも子供目線で、子供が楽しく読める作品として絵本を制作されてきたことがとても伝わります。

また、馬場のぼるさんの「11ぴきのねこ」シリーズを編集された公益財団法人東京子ども図書館幹事、佐藤英和さんは、雑誌のインタビュー(MOE 2018年3月号)子供が何を喜ぶかを探求され、1冊を作るのに何年も推敲を重ねられたことを話されています。

「子どものトラウマになった方がいい」という発言

一方、のぶみ氏は、冒頭でママが交通事故に遭って死んでしまう「ママがおばけになっちゃった」という絵本についてインタビューでこのように答えています(現代ビジネス「たった5分で泣く子続出の絵本『ママがおばけになっちゃった』」より)。

―「感動した」という声をいただく反面、「子どものトラウマになるのが不安」というような感想もいただいています。

逆に、子どものトラウマになったほうがいいと思います。それに、トラウマになるかどうかは、子ども自身が決めることで、大人が決めることじゃないんです。

子どもは母親がいなくなるなんて、想像しないし、したくない。当たり前の存在だと思っているんです。そうすると、ワガママを言って暴れたり、ときには母親を蹴ったり叩いたりする子もいます。でも、それはいかんぞ、と。

この絵本は、下書きの段階で、出会った人や講演会に来た人になんども読み聞かせてから完成しました。1000人くらいの人に読んでいるんです。それで気づいたのですが、子どもは読んでいる途中で「嫌だ! やめろ!」といって泣いたり、「もう二度と読むな!」って逃げ出したりするんです。だけど、こう反応するのは母親が大好きだからなんですね。

そこで「お前、ママがいなくなったらどうするんだ?」と問いかけます。とても嫌なことだけど、想像させることが、すごく大事。そうすることで子どもが、母親のことを大切にしなくちゃいけない、と気づくことができると思います。それに、人はいつか必ず死んでしまう。つらい思いを絵本のなかで発散しておくのも僕は大事だと思います。

どんな作品も、好きになる子供と嫌いになる子供がいることでしょう。

しかし、絵本作家が、自分の作品が子供のトラウマになることを良しとすることには、衝撃を覚えます。

虐待される子も親を選んで生まれてきた?

また、『このママにきーめた!』は、子供が親を選んで生まれてくるという話です。これは、のぶみ氏と親交のある産婦人科医、池川明氏の唱える説ですが、池川氏は、虐待を受けている子供も自ら虐待をする親を選んできたと主張しています。

「子供があなたを選んで生まれてきた」というのは、親にとってのメルヘンとしては受けがいいのだと思いますが、子供に「この環境に生まれたのは自分の選択なんだ」と思わせる影響については考えられているのでしょうか。

子供とは、生まれ持ったものや環境に何の責任もない存在です。親にウケることを考えて絵本を作った結果、子供に自己責任論を植え付けるようなことは、世代を超えて読み継がれている作家さんたちには考えられなかったのではないでしょうか。

子供を幸せにするためには、まず親たちがハッピーにならないといけない。でも、子供の目に触れるテレビや絵本、動画は子供目線で作られるべきではないでしょうか。制作や販売に関わる方には是非そこを重視していただきたいと思います。

【宋美玄(そん・みひょん)】 産婦人科医、医学博士

1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。2017年9月に「丸の内の森レディースクリニック」を開業した。