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2018年10月30日

開業してわかった 日本でピルが普及しない理由

効果があるのはわかっているのに、日本では広まらない様々な壁があります

産婦人科医の私が東京・丸の内にレディースクリニックを開業して1年が経ちました。おかげさまで周辺で働く女性を中心にたくさんの方に受診していただいています。

その中でも多いご相談が、生理痛や月経前症候群(PMS)という、月経周期に連動して起こる症状に関するものです。

Sunabesyou / Getty Images

生理痛や月経前症候群に悩む働く女性は多い

近隣の企業に、女性の健康についてのセミナーをしに伺っても、同じように「生理が毎回重くて、痛み止めを飲んでも完全には効かない」「生理前になると体調が悪くなってイライラする」という声をよく聞きます。

また、私生活でおつきあいのある、世界を股にかけバリバリキャリアを積み重ねている女性たちも、月経の話になると「つらい」「重い」と言って共感し合っています。

どうにかできないのでしょうか?

低用量ピルってどんな薬?

女性活躍推進と言われて久しいですが、経済産業省の健康経営優良法人認定制度「ホワイト500」認定基準に、ようやく女性ヘルスケアの視点が取り入れられました。

女性の健康保持・増進に向けた取り組み」「ヘルスリテラシーの向上」などがそれに当たると思います。

「生理は女の証」「デトックス」などと月経をポジティブにとらえたり、「生理痛はあって当たり前」とつらくても問題視していない人も多いと思います。

しかし、本来月経周期と排卵は「生殖」のためにあるということを思い出していただきたいです。

現代女性の人生のうち、「今月妊娠したいな」と思っている月はそんなに多くありません。

二種類の女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)が入っていて、エストロゲンの用量が低い低用量ピルは、排卵を抑えたり子宮内膜を薄くしたりして、月経周期に伴う症状を軽くすることが期待できるホルモン療法です。

同時に、妊娠したくない時にコンドームよりも確実に避妊をすることもできます。

副作用のイメージが強い方も多いと思いますが、比較的頻度の高い吐き気や不正出血は怖い副作用ではありません。重大な副作用として血栓症がありますが、20〜30代で標準体重の非喫煙者では稀な副作用です。

その他にも月経による負担を軽くするホルモン療法はいくつもありますが、特に20〜30代の女性にとって、低用量ピルはとても有益な薬で、私自身も第1子の出産前後に7年間飲んでいました。

講談社が出版する週刊誌「週刊現代」に「女医は月経があるから長時間の外科手術に向かない」などと書かれた記事が載っていましたが、産婦人科の女性医師は低用量ピルをはじめとしたホルモン療法により、月経随伴症状に煩わされっぱなしという人はあまりいないです。

日本への導入がいびつだった低用量ピル

避妊だけでなく、月経随伴症状を軽減する効果がある低用量ピルは、10年前に「ルナベル (現在はルナベルLDに名称変更)」という製剤が月経困難症に対して健康保険の適応になりました。

その後、日本では避妊用のピル(OC: Oral Contraceptives)と区別するために、月経困難症治療用として処方される低用量ピルは「LEP(Low Dose Estrogen Progestin)」と呼ばれるようになりました。両者は同じピルの仲間なのですけれど。

Mihyon Song

低用量ピルの数々

この時の価格設定により、低用量ピルの医療費がいびつなことになってしまっています。

それまでピルは自費診療のみで、1シート3000円前後で各医療機関から処方されていました。それでいくと、保険適応になって3割負担の場合、1枚900円前後で患者さんの手に入ると思われていましたが、実際には保険適応になってもそれまでと変わらない自己負担となりました。

どういうことかと言いますと、3割負担で自己負担が同じくらいになるように薬価を引き上げたということです。

末端の臨床産婦人科医の私に伝わってきたのは、「保険適応になって自己負担が安くなると、避妊のためにピルを飲んでいる人が生理痛だと偽って処方を求めてくる」ということを危惧してそのような値段設定になったということでした。ピルユーザーを信用していない結果と思われます。

普及率わずか4% なぜ広まらない?

低用量ピルが月経困難症治療薬として認められて10年経ちますが、日本家族計画協会の調査(第8回 男女の生活と意識に関する調査報告書 2016年)によると、低用量ピル普及率は約4パーセントと、この10年で普及したとは言えません。

その間私は臨床で患者さんにお会いする他、各種メディアで情報発信してきました。その感触ではそもそもメディアの作り手がピルに対して偏見や抵抗があります。

メリット以上に副作用の警告に面積を割いていることや、医療関係でない女性がピルは「不自然なもの」との印象を根強く持っていることがピルが広まらない原因だと思ってきました。

もったいないな、産婦人科の女性医師はみんな飲んでいて月経の煩わしさから解放されているのに。本当に危険なものなら大事な自分の体には使わないはずなのに、と思いながら。

昨年、自分でレディースクリニックを開院し、SNSなどで「生理痛は当たり前じゃないですよ。相談にきてください」と呼びかけ、多数の月経随伴症状に悩む患者さんたちに受診していただいています。

患者さんには、そもそも月経や排卵は何のためにあるのか、昔の女性は若い頃から何度も妊娠出産を繰り返していてそもそも月経がそんなにたくさんなかったこと、度重なる月経や排卵が子宮や卵巣にとって負担であること、低用量ピルをはじめとするホルモン療法でそれを軽減できること、避妊になること、起こり得る副作用と飲み方、などについてお話しします。

そして、大半の方に何らかのホルモン療法を選択していただいています。丁寧に説明すると理解していただけることが多く、丸の内の女性を月経の煩わしさから解放できるとの手応えを感じました。

医療側にも利益が少ない現実

ところが、実際にクリニックを経営してみて分かったのは、その診療では利益がとても少ないということです。

保険診療で婦人科では、内科などが慢性疾患を管理する時に算定できる「特定疾患療養管理料」は請求できず、説明に関しては初再診料のみです。

薬剤を院内処方にしたとしても、LEP製剤は原価率がものすごく高く、仕入れ値と患者さんに販売する価格との差である薬価差益は少ししかありません。

ピルという、日本ではまだ一般的にそんなにイメージが良くない薬について説明し、必要性とリスクを理解して、「飲んでみようかな」と患者さんに思ってもらうためにはかなりのボリュームのコミュニケーションを必要とします。

「この人にはピルやホルモン療法が選択肢となるな」と思う患者さん全員に説明していては、正直なところ経営は厳しくなります(ガイドライン通りに診療すれば、ピルの患者さんに定期的な検査はあまりしないのでそちらで収益が上がるということもありません)。

そりゃあ広まらないわ、というわけです。

Karinsasaki / Getty Images

効果があるのはわかっているのに、婦人科からすると丁寧で時間のかかる説明が必要なのに、収益は少ない

「ルナベルLD」が月経困難症の治療薬として承認される前から、「オーソM21」という名前の全く同じ薬がありました。「避妊希望の人が生理痛だと偽って健康保険でピルをもらいにくると困る」という理由で、同じ薬の元の薬価を引き上げたので、その分医療機関が儲けていると思われる方も多いと思いますが、そうではありません。

なんと原価が約6倍になったのです。そのため医療機関の利益はほとんど変わっていません。患者さんや健保組合の負担する医療費は、薬剤の開発や治験など、承認までに費やした費用を、製薬会社が回収しているという結果になったのです。

自分で開業するまではそこまで薬価差益に興味を持っていませんでしたが、開業医の先生方の間では以前から問題意識を共有されていたことも最近知りました。

月経随伴症状に煩わされている女性はとても多いですし、同じ仲間の薬なのに避妊のためのOCと治療薬のLEPとして区別され、各種OCと各種LEPの原価があまりにも違うのはおかしいと思います。

そして、日本ではピルのユーザー負担額が外国に比べて高いことも普及を妨げている一因ではないでしょうか。

女性が主体的にバースコントロールをすることはとても大事なことなのに、ピルを飲むのに「私は避妊じゃなくて生理痛の治療ために飲んでいるから(あばずれではない)」と言い訳が必要な日本の文化もおかしいです。

これまで産婦人科は「妊娠したらかかる科」というイメージを持たれていた方が多いと思います。

しかし、思春期からかかりつけ産婦人科医をもち、思春期、性成熟機、更年期、そして妊娠を望む望まないなどそれぞれのライフステージに適したケア(婦人科検診やホルモン療法含む)を受けるのが健康で主体的な人生を送るために必要であることが広まってきています。

そのためにも、現在のいびつな状況によりメリットの大きい治療が広まらないという状況が変わっていくといいのですが......。

【宋美玄(そん・みひょん)】 産婦人科医、医学博士

1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。2017年9月に「丸の内の森レディースクリニック」を開業した。