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Updated on 2018年8月9日. Posted on 2018年8月9日

お産の現場で働き続けるつもりだった私が、当直勤務を手放し、開業した理由

医師の置かれた労働環境と私生活に振り回される中で、開業によって患者の健康に貢献する道を選んだ宋美玄さん。疲弊している医療界には何が必要なのでしょうか。

東京医科大が女子と多浪男子の受験生の点数を減点し、合格者数を操作していた問題が発覚して1週間になります。

Takumi Harimaya / BuzzFeed

女子受験生などに不利な点数操作をしていた問題で謝罪する東京医科大学幹部

文部科学省が全国の国公私立医学部の試験について調査を指示するなど、影響は東京医大に止まらない社会問題に発展しています。

私は産婦人科医になって今年で18年目になります。今回の報道を受けて、あからさまな不正に驚きと怒りを感じました。

しかし、関東地方で私立の医学部出身の女性医師の友人たちに聞くと、予備校の進路指導では当たり前のように言われていることだそうです。

東京医科大には不合格だったものの、より高い学力が必要な大学の医学部に進学した女性医師は、あの時のモヤモヤがスッとしたと語っていました。

女子減点問題は、関西出身で国立大学しか受験しなかった私が知らなかっただけのようでした。

医学生の頃から感じていた女性を歓迎しない雰囲気

私の卒業した大阪大学は、女子生徒の割合は少ないものの年によって約1〜3割の変動があり、おそらく不正操作はないと思います。

しかし、学生の頃から女性が歓迎されていないことは感じていました。

Takasuu / Getty Images

歓迎されない空気の中で、女性医師は進路に悩む

当時は今の臨床研修制度ではなかったため、直接大学の医局に入るのですが、各科の説明を聞いても、女性が働き続けるイメージを抱ける科は少なかったです。

私は父が消化器外科医だった影響で、外科医になりたかったのですが、外科の各教室に尋ねたところ、「女性の入局者がいたこともあったが、子供を産んでやめてしまった」との説明でした。

結局、女性医師の割合が多く、外科的手術もできる産婦人科を選びましたが、入局希望の女子同級生たちと当時の医局長に出産や育児との両立について尋ねた時には、はっきりした説明はもらえませんでした。

大野病院事件で問題となった産婦人科医の過重労働と医療崩壊

10年以上前、「福島県立大野病院事件」の頃から、産婦人科医の過重労働と医療崩壊が問題になりました。

大野病院事件とは、常勤医が一人という厳しい勤務体制で帝王切開手術をしたところ、避けられなかった大量出血で産婦が死亡し、医師が逮捕されたという事件です。

ギリギリの体制でお産を担っている全国の産婦人科医は衝撃を受け、産婦人科から離れたり、産婦人科を志望する学生が減ったりして、医療崩壊が進みました。

産科は当直という名の夜間勤務を誰かが担わなければ成立しない診療科です。

研修半ば、もしくは研修を終えて一人前になった女医たちが、出産や育児を経て当直回数を減らしたことは、他の医師の過重労働の原因の一端になりました。

しかし、当時、「立ち去り型サボタージュ」と呼ばれていた通り、多数の男性医師が他科に転科したり、医局人事を抜けて開業したり、実家に戻ったり、開業医に就職したりして、分娩を担う病院の当直要員から抜けて行った影響も非常に大きかったのです。

人員として医局から期待されない女性医師

医局には多数の関連病院を回して行くのに必要な人員を配置する役割があります。女性医師は優秀であっても、医局の想定しないタイミングで結婚して夫のいる地域や留学について行ったり、妊娠したりします。

次第に医局が女医に絶望し、出来に関わらず、(実家が開業医でない)男性医師に期待を寄せていることを人事で感じさせられました。

一方、男性医師でも家族を持つと遠方の人事は嫌がります。私は結婚が遅かったので、医局からは「身軽な独身女医」と見なされ、誰もが嫌がる遠方に赴任させられたこともありました。

そんな中で月に半分以上のオンコール(呼び出し待機)と当直をこなしていたので、正直なところ、私自身も、女性はあまり医師にならず、男性の割合が高い方が全体にとってハッピーだと思っていました。

二人を出産、手がかかるワンオペ育児で当直から離れる

その後、遠距離恋愛をしていた現在の夫が東京の人だったこともあって、働き慣れた関西を離れ、上京しました。

初めは産科のある病院に常勤勤務をしていましたが、関西で学んできた診療方針とかなり異なる部分があったことや、大学院に進学している間に出産したこともあって、東京で出産に携わる機会がなくなりました。

それでも周産期の現場が私のパワーの源だと感じていたため、関西の働き慣れた病院で月に1回当直をさせてもらっていました。

しかし、第2子が手がかかる年齢になり(私の子供は2人とも手がかかるタイプなのです)第1子が小学生になったことで(関西に連れて行くために平日に休ませるわけにいかなくなりました)、今は思うように当直に行けない状況です。

夫は救急の医師ですが、夫は結婚をしようと子供ができようと、それまでと同じようにかなり長時間勤務をして、医療現場を支え続けています。

私はなるべく日勤帯(9〜5時)で自分の身につけた専門性が活かせる勤務を非常勤の立場で探り続け、実母やハウスキーパーやシッターの手を借りながら勤務をしてきました。現在は昨年開院した自分のクリニックで院長をしています。

宋美玄さん提供

開業したクリニックで診察する宋美玄さん(右)

家事育児は妻任せ、外科などのメジャー科も受け入れない土壌

私の例は単なる一例ですが、結婚をすれば妻が夫の居住地やライフスタイルに合わせる、子供ができたら家事育児はメインで担う、というのは医師を含め日本ではまだまだ多数派ではないでしょうか。

それに加えて、医局や病院で出産後に働き続けるシステムの整備が遅れているため、やる気のある女性医師を「男性や独身女性と同じように働けないならポストはない」として切り捨ててしまいます。

検診業務や昼間の外来業務がまさに「マミートラック(育児と仕事を両立するための負担の少ないキャリア)」になっているのが現状です。

もちろん、明らかにやる気がないという人も一定数います。でも、男性医師でも同様ではないでしょうか)。

女性医師の割合が増えると眼科や皮膚科などのマイナー科が増えて外科医のなり手がないという女性医師タレントの発言が共感を得ているようですが、私はそれほど賛成しません。

私が学生の頃からメジャーと呼ばれる内科、外科は出世が遅くて「QOL」が低いため、男女を問わずマイナー科志向が高まっていましたし、私のように外科医志望の女子学生を受け入れる土壌もなかった。

長時間労働や「定額使われ放題」は男性医師も望んでいない

今では女性の外科医も増えていますし、男女限らず、外科医や外科志望の学生も別に家族やプライベートを犠牲にした長時間労働や「定額使われ放題」を好んでいるわけではないと思います。

すでに導入している病院があるように、主治医が365日24時間呼び出されるのではなく、チームで担当したり、業務の一部を医師以外に分担・移譲するなどして男性も女性もメリハリをつけて働けるようになってほしい。

そうなれば、「外科医がいなくなるから女子を制限しても仕方ない」という結論を出さなくても良いかもしれません。

私より10年若い医師たちと話していると、男性でも子育てに参画する医師が増えました。

男性医師だから子育てに関われない、父親が医師だからパパは不在がちーー。今の医療現場を支えるためとはいえ、そのひずみをそのままにしたくない人も実際多いと思います。

我が家では、子供がパパともっと一緒にいたいと訴え、夫もそう願い、少しずつ勤務時間を調整するようになりました。

家庭のことは妻に任せきり、という人が「女医は結局辞めるから、入学を制限するのは必要悪」というのは正直どうかと思います。

「女医は結局働けなくて申し訳ないから、仕方がない」と思っている女性医師も、今の環境の中で生きていくしかないという考えに囚われているのではないかと思います。

また、女性は月経があるから長時間の手術に向かないという意見も見ました。産婦人科の女性医師は何らかの医療で月経を軽減し、そのような状況を回避していることも知っていただきたいです。

医療現場全体の人手不足、過重労働が背景に

今回のことは女性を「蔑視」しているというより、医療現場自体の人手がカツカツで、毎日タスクが山積みであることから起こった問題だと思います。

Gpointstudio / Getty Images

過重労働が続き、男女共に医師は疲れ果てている

長らく議論されて来ましたが、男女を問わない医師全体に働き方改革が求められますし、産後の女性医師がうまく働ける環境整備が必要だと思います。

産婦人科領域だと、全国の分娩施設の当直に人数×365日が、のべ当直人数になっています。

限られた人員で余裕を持って対応するためには、分娩を一部の大きな施設に集約化したり、リスクが低く最後まで問題のないお産は助産師に担当してもらう院内助産制度(助産師のモチベーションも上がると言われています)を導入したりすることも有効だと思います。

子宮頸がん検診を看護師に担当してもらったりなど、医師の負担を軽減する方法はすでに議論されています。

集約化すれば麻酔分娩も普及し、緊急時にも安全な体制になるため、患者さんにとってもメリットがあります。

大病院の常勤ほど収入が減る問題

しかし、実際に、あるバースセンター(リスクの低いお産を助産師と協力しながら進める施設)では勤務は分担できても、医師の待遇が悪いという問題があります。

分娩は産科にとって貴重な収益なので、それを総合病院に集めれば、赤字部門の補填などに充てられ、医師の収入につながらないということは集約化の妨げになっているのではないかと思います。

産科以外でも、総合病院の常勤医の基本給を労働に見合った金額にする必要があるでしょう。

医師は高給取りだと思われていますが、総じて大病院ほど基本給は低いため、別の病院でのアルバイト当直なども兼務して生計を立てています。非常勤勤務の方が割りが良く、「マミートラック」の女性医師やフリーランスの方が収入が良かったりすることが現場の不満の一つであると思います。

「医療費には限りがあるから仕方がない」と諦められていた議論をするべき機会がやって来たと思います。

既得権益を見直し、多様な人材が活躍できる医療へ

今回の件で、数人の医療に詳しい政治家とも議論をしました。これらを含めた改革には、「既得権益の観点から反対する勢力が医師の中にいるため実現してこなかった、今回の事件を契機に改革を進めてほしい」と皆に言われました。

私は毎日、目の前の患者さんの診療をさせていただいていて、自分が女性であることや出産、育児の経験が役に立つと感じる場面もあります。

どんな業界も同じだと思いますが、多様な人材がいれば、仕事やアイデアに幅が出るという部分は必ずあると思います。医療は、主に困った状況にある人の力になるための仕事です。色んな人材がそこにいることが大事だと思います。

最後になりますが、働き方改革などの努力をしたとして、実際のところ、医学部にどのくらいの定員と男女比(そして財力や親が医者かなど生徒のバックグラウンド)が適切なのかは、私には分かりません。

しかし、女子減点、裏口など不正な操作を支持することはできません。もしも適正な男女比というものが分かるなら定員で示すなど、明瞭な選抜にして、真剣に選抜に挑む受験生を裏切るようなことのないようにしていただきたいです。

【宋美玄(そん・みひょん)】 産婦人科医、医学博士

1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。2017年9月に「丸の内の森レディースクリニック」を開業した。