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患者と医療者のすれ違い どんな状況になっても最善の最期だったと思えるために

患者団体の代表として、患者や家族から最後の時まで相談を受けてきた立場から、「人生会議」の意味を問い直した後編です。医師の”信念”で患者が望む「鎮静死」を拒否するなど、患者の死生観と医療者の考えとのすれ違いを考えます。

人生の最終段階においてどのような医療・ケアを望んでいるか、患者さんを中心に家族や医療従事者などが繰り返し話し合い意思決定を支援する「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」。

厚生労働省の会議で愛称が公募され「人生会議」に決まりましたが、話し合うことで皆さんは望み通りに最後の時間を過ごすことができるのでしょうか?

Katarzynabialasiewicz / Getty Images

最後の時間、後悔なく過ごすことはできるのだろうか?

私は、運営している患者会「卵巣がん体験者の会スマイリー」で卵巣がん患者さんやご家族の相談支援を行っています。前編に続き、仮名を使いながらその話し合いをご紹介し、「人生会議」の意義を考えたいと思います。

誰のための「人生会議」なのか

40代半ばの和子さんは、20年ほど前に卵巣がんに罹患し抗がん剤治療をしたあと再発もなく過ごしておられました。15年経過した頃に腹部に違和感を感じ検査をしたところ腫瘍が見つかり、卵巣がんの再発の可能性が高いとして開腹手術をしました。

しかし、腫瘍は卵巣がんが再発したものではなく進行した大腸がんでした。

残念ながら手術では取り切ることができず抗がん剤治療を行っていましたが、がんが消えることはなく、やがて最後の時間を迎えることになりました。

和子さんはシングルマザーで、すでに成人した二人のお子さんがおり、お子さんが暮らす町にあるホスピスで最後の時間を過ごすことを選びました。

しかしそのホスピスは有名で、和子さんの前には40人以上ホスピスのベッドが空くのを待っている人がいると聞かされ、それまではお子さんの家で過ごされました。

待機しているあいだに、緩和ケア病棟の医師と特に顔をあわせることはなく、医師と話をしたのはホスピスを希望しているという手続きに病院を訪れた時の一度だけだったそうです。

ある日、体調が急変し激しい痛みと呼吸苦を感じた和子さんは救急車でホスピスのある病院に運ばれました。

幸いにもホスピスのベッドに空きがありそのまま和子さんはホスピスに入ることになったのですが、痛みは緩和したものの呼吸の苦しみが取れません。眠ることもままならず、患者会にメールを送ってこられました。

「呼吸が辛くて身の置き所もないので終末期鎮静を希望しましたが、医師より『終末期の辛さは取れるから、終末期鎮静はしない』といわれました。『終末期鎮静は命の時間を縮めるだけだからしないほうがいい』とまで......。誰のための終末期医療なのでしょうか?」

終末期鎮静とは?

終末期鎮静とは、どうしても取りきれない苦痛から救うために、医師が薬を投与して患者を眠らせ、そのまま看取る緩和ケアの最後の手段とされています。鎮静を始めると患者は数日内に息を引き取ることが多いと言われます。

Katarzynabialasiewicz / Getty Images

終末期鎮静は取りきれない苦痛を緩和するために行われる処置で、死期を早めるためのものではない

日本緩和医療学会がホームページ上に公開している「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン(2010年版)」によると

終末期鎮静とは、

  1. 患者の苦痛緩和を目的として患者の意識を低下させる薬剤を投与すること
  2. 患者の苦痛緩和のために投与した薬剤によって生じた意識の低下を意図的に維持すること。


とされ、明確に「苦痛緩和のために行われるもの」であることが示されています。

死期を早めるためのものではないのです。

本人が希望しても「終末期鎮静」が行われない現状

2016年1月19日 に放送されたNHKクローズアップ現代「“最期のとき”をどう決める~“終末期鎮静”めぐる葛藤~」が放送されたときにSNSでは「緩和ケアを適切にしていれば辛さは取れる」といった投稿が散見されました。

しかしながら患者さんの相談を日々受けている立場としては、患者会に届く相談はほぼ「困っている」患者さんからのものであるというバイアスはあるとはいえ、「辛さを取り除くことができなかった」訴えは少なくありません。

なかには、ホスピスにお見舞いに伺ったときに私に辛さを訴え、「もう終末期鎮静を願い出てもいいよね」と患者さんから確認をされたこともあります。

あまりの苦痛に「あと数日で自分が死ぬのはわかっているがいま殺してほしい」とすごい力で患者さんが私の腕にすがりつかれたこともあります。

患者さんに終末期鎮静で苦痛を緩和する方法があるということを直接言うのは憚られたので私の方からご家族に「終末期鎮静についてご存じか?」と尋ね、場合によっては医師からしっかりリスクも含めた説明をうけて患者さんと相談をしてほしいということを伝えたこともあります。

和子さんは、ご両親とご兄弟をがんで見送っていたこともあり、終末期鎮静についてもよくご存じでした。そして、それを望まれているのにできないことに苛立たれているようでした。

私からの提案として「それは病院として終末期鎮静は絶対やらないというルールなのか、医師の個人的志向なのかを確認してほしい」と伝えました。息子さんが看護師に確認をしたところ、ホスピスでは医師によって鎮静をする・しないの判断が違うという回答があったと連絡がありました。

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緩和ケアの一つである終末期鎮静だが、医師の「思想」や「信念」で、患者が求めても行われないことがある

そして、その後、医師から息子さんに対して「和子さんは急激ながんの辛さで正しい判断ができずに終末期鎮静を希望されているのではないか」という説明があったとのこと。

そして、「1度行ったホスピスに入る前の面談でも終末期鎮静は希望されていたが、時間経過とともに患者の考えが変わる場合もあり、本当にいま終末期鎮静をすることが和子さんの希望に応えることかわからない」と説明されたといいます。

患者の意志を通すために 書面で共有することを提案

確かに、患者さんの支援をしている中で、「正確な情報提供をしても、必ずしも患者さんの正しい判断にはつながらない」ことは経験をしています。

しかしながら、私たち支援する側の「正しさ」が患者さんや家族にとっての「正しさ」と必ずしもイコールではないため、どう受け止め判断するかは患者さんやご家族に任せるしかありません。

そこで、和子さんに私はひとつの提案をしました。

「私はこういうことから終末期鎮静を希望します。そのリスクについては事前に説明を受けて理解しており、何があっても文句をいいません」ということを日時や署名と共に記す。

そして、その脇にできるだけ関係が近いご家族が「私は●●(和子さんのフルネーム)が終末期鎮静を希望していることを理解しています。事前にそのリスクについても説明を受け理解をしています。何があっても文句をいいません」と書いて、日時、署名と共に書き込んだ書面を作る。

その上で、看護師さんにそれを電子カルテにスキャンしてもらうように申し出てはどうかと伝えました。

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自身の希望を書面で残し、医療者にも共有してもらうことを提案した

そうすることでその文面は病棟のスタッフに共有され、「患者さんの希望に沿わないことはどういうことだということになる」と伝えました。

しばらくすると和子さんから私のスマートフォンに動画での接続がありました。

言葉としてお話しすることは叶いませんでしたが、動画には和子さんが映り笑顔でピースをしていました。そしてカメラがターンした先には病室の壁に貼られた直筆の終末期鎮静をお願いする用紙が映し出されました。

そしてもう一度カメラがターンし、少し苦しげに荒い呼吸をしている和子さんが映し出され、私に向かって手を振られました。

私は「終末期鎮静の希望がとおったのだな」と理解をし、涙がこぼれました。

それでも和子さんの思いを感じ、笑顔で手を振り返したら和子さんはもう一度にっこり笑われ接続は切れました。

1日半ほど経過した頃、息子さんから「母が旅立ちました、ありがとうございました」と連絡をいただきました。

笑顔で看護師に聞かれた「最後の希望」

和子さんだけではなく医療者との話し合いでのトラブルは他にもあります。

50代の典子さんは、卵巣がんが再発しても1日でも長く治療をしながら元気に毎日を過ごしたいという希望をもって治療を続けておられました。

しかし残念ながら抗がん剤に耐性ができたり、抗がん剤の効果がみられなくなったりして標準治療とよばれる最善の治療の手が尽きてしまいました。

主治医から「今後のことについて看護師と話をしてほしい」といわれ、あまり面識のない若い看護師さんについて別室に移動したといいます。

その移動のあいだも典子さんは「もう治療ができないということは、死ぬということ?」という不安が渦を巻き「イヤダ!イヤダ!」と、先ほどの医師とのやりとりを一生懸命否定しようとしていたそうです。

しかし、別室で席に着いて看護師から自己紹介を受けた直後、典子さんにとってショックな出来事が起きたといいます。

「典子さんは、これから先について何かご希望はありますか?」とにこやかに質問されたのです。

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最終段階の希望は、ほとんど面識のない医療者に笑顔で聞かれるようなものではない

「希望というと?」と訊ね返した典子さんに看護師は「ホスピスがいいとか、在宅がいいとか考えられていますか?」と、またにこやかに質問をしたのです。

張り詰めていた気持ちがプツリと切れ、典子さんはその質問に答えることができず号泣されました。そして、そのまま、その看護師に付き添われ、支払いを済ませて帰宅をしたといいます。

「片木さん、どうしてそれほど面識のない看護師さんに私の最後の時間を笑顔で聞かれなければいけないのでしょうか? 私はまだ抗がん剤が効かなかったことすら受け止め切れていないのに! 私の最後の時間は笑顔で話す内容なのでしょうか!?」

典子さんの怒りは激しく、典子さんの許可をいただく形で、典子さんの主治医にお問い合わせをさせていただいたところ主治医もとても驚かれており、すぐに典子さんのところにお電話があり謝罪されたと聞きました。

「これからについて決めるのをやめました」

その後の典子さんですが、いまも痛みを取り除きながら日常生活を送られています。

今回、この記事を書くにあたり典子さんに会いに行き、いまの思いを伺いました。

典子さんは「これからについて決めるのをやめました」と明るい笑顔で話してくださいました。

典子さんには、がんになった近しい家族はおらず、最後の時間についてイメージがもてないこと、いまは、だるさや少し感じる痛みを薬で取り除きさえすれば日常生活が普通に送れることができるため、家でいつもどおり生活をしているとのこと。

そして「このあと家にいることが続けられそうならば家にいればいいし、家ではしんどいのであれば病院に行って入院するなり、ホスピスに入るなり考えるわ」と話してくださいました。

「片木さんはいつも『そのとき、そのときで最善の方法はなにか一緒に考えよう』って電話相談のときに口癖のように話されるでしょう。私の今後についてもそれでいいと思うの」

「ただ主人や子供には『私は最後の時間についてこだわりはない』ということだけは伝えておこうと思うの。私が意思表示をできなくなったときには『よきにはからえ』ってね。私にこれからどれだけの時間が残されているかはわからないけど、そのことを考えて不安になるより今を生きることにするの」

その言葉は私の心に深く残りました。

もちろん、典子さんとのこれまでのやりとりを思い返すと、不安にならないわけではないと思います。しかし、「決めないことを決める」というひとつの答えを教えられた気がしています。

患者さんによってさまざまな答えがあっていい

「妻がどう思っていたのかを聞かなかったことを悔やまれた山田さん」

「雅子さんの希望ではない最後の時間になってしまったことを悔やまれた娘さん」

「最後の時間について医療者と思いをうまく共有できなかった和子さん、典子さん」

前編・後編で様々な患者さんやご家族のエピソードをご紹介しましたが、この他にもたくさんの患者さんやご家族とこれまで相談支援を通じてACPに関するやりとりをさせていただきました。

私は厚生労働省が出した「より親しみを持ってもらう」ための「人生会議」というネーミングを広く知らしめることついて少し反感を持ってしまいました。

なぜなら、患者さんやご家族と話していると、これまでも主治医によっては患者さんとしっかりと信頼関係を構築し、徐々に最後の時間に対する意思決定を支援し、希望を叶えるよう寄り添って来られている先生もいるからです。

さらに、患者と家族という狭く深い関係性のなかで最後の時間について共有することにより、その決定が重くのしかかり、状況が変わって患者の希望が叶えられなかった時に患者も家族も苦しむのではないかと感じたからです。

それは「会議」という言葉が、いわゆる企業等での「話し合った上での決議事項」のような印象を受けるからかもしれません。

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「人生会議」という言葉は適切なのだろうか?

家族であればこそ、大切な家族の人生の重さは計り知れず、最後の時間をこう過ごしたいと意思表示された場合には、なにがあっても叶えなければならないという重いものになってしまうのではないかと感じています。

可能であれば、医療者が患者さんの病気の進行状況を見極め、患者や家族に見通しを伝えつつ、少しずつやがて来る時間について、医療者や家族も一緒にどうしたいのか確認を繰り返していくことができればいいなと私は思います。

そして、患者の思いは尊重しつつも、その思いは必ずしも叶わない場合があることも共有し、たとえ叶わなくてもその時点で“最善の選択をする”という信頼感を築いていけたらと思うのです。

そうすれば、その後を生きていくご家族が「あのとき、ああすればよかった」という後悔をゼロにすることはできなくても、「でも、あのときはああするしかなかった」と、少しだけ心に落とし所を持てるのではないかと思っています。

でも、病気になる前からやはり話し合おう

最後に、患者さんと家族のみなさん、患者さんを支えるみなさんにお伝えしたいことは「病気になる前から、病気になったときから、病気と向き合うときも、人生について話し合おう」ということです。

その時々で考えなんて変わってもいいのです。

具体的に想像ができないときもあるかもしれません。

でも、例えば誰かが亡くなる事件事故などの報道があったとき、著名な方が亡くなられたときなど、その時々で「こう思う」ということを話し合っておけたら。

また、例えば自分や家族ががんと診断された時や、治療や経過観察のために医療機関を受診したら、「今日は主治医からこんな説明を受けた」「がんが再発したので来月から抗がん剤をすることになったけれど、少し副作用が強いお薬のようだ」など、主治医とのやりとりを共有した方がいいと思います。

やがてくるかもしれないその時に向かって、病気がどのような状況なのかをその都度、自分と共に生きていく家族や支えてくれる仲間と共有し、心の準備をしていく。

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やがて来るその時に向けて、普段からの話し合いで信頼関係を築いておく必要がある

それによって、家族や仲間も病と向き合ううえでの伴走ができ、気がかりなことや、それぞれの希望していることを話し合えるーー。患者がそのように周りの人と自分の最後の時間を託せる信頼関係を築くことはとても大切なことではないかと思うのです。

そして、その「人生の最後の時間には答えはない」のです。

全てが正解で、一人一人の人生の数だけ答えがあるのだと私は思います。

「人生会議」は「患者が望むこと」を模索する手段ではありますが、「変更もあるかもしれない」し、「そのときどきで考えが変わるかもしれないもの」です。

だからこそ、患者を中心として医療者や家族、親しい人たちが信頼し、話し合える関係を作っていくきっかけになればよいなと願っています。

【前編】人生の最後には答えがない 「人生会議」の行方を見つめてきて

【片木美穂(かたぎ・みほ)】 卵巣がん体験者の会スマイリー代表

2004年、30歳のときに卵巣がんと診断され手術と抗がん剤治療を受ける。2006年9月、スマイリー代表に就任。2009年~14年 婦人科悪性腫瘍化学療法研究機構倫理委員、2009年~北関東婦人科がん臨床試験コンソーシアム倫理委員(現職)、2011年厚生労働省厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会委員、2012年、国立がん研究センターがん対策情報センター外部委員、2014年厚生労働省 偽造医薬品・指定薬物対策推進会議構成員、2015年~一般社団法人 東北臨床研究審査機構理事(現職)。

2010年12月、「未承認の抗がん剤を保健適応に ドラッグ・ラグ問題で国を動かしたリーダー」として、日経WOMAN主催の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010」にて「注目の人」として紹介された。ドラッグ・ラグ問題での経験を活かし、臨床研究の必要性や課題、医薬品開発についてさまざまな場所で伝える活動をしている。