Updated on 2019年6月16日. Posted on 2019年6月16日

    「17歳のオランダ人女性が合法的に安楽死」と世界中のメディアが誤報した経緯と背景

    17歳の女性が「合法的に安楽死した」という誤報がインターネットで拡散。ローマ教皇までもがその件についてツイートしたと見られる事態に発展した。

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    2019年6月4日正午過ぎ(現地時間)、世界最大規模の英語ニュースメディアである「メール・オンライン」(英「デイリー・メール」紙が運営)が、オランダ人ティーンエイジャーの死に関する記事を掲載した。彼女の名前はノア・ポトーベン(Noa Pothoven)という。

    メール・オンラインは、同サイトの特徴である、煽るような長文の見出しでこう報じた。「11歳で性的虐待を受け、14歳でレイプに遭った17歳のオランダ人女性が、『安楽死』クリニックによって自宅で合法的に安楽死。うつ病で生きていくのが苦痛だったため」

    Daily Mail

    「合法的に安楽死した」ポトーベンの記事には、本人のインスタグラムのスクリーンショットが添えられていた。このニュースはすぐに、ほかの英語ニュースメディアに広まった。

    最初の報道から24時間と経たないうちに、彼女の死はさまざまなメディアで報じられた。「ザ・サン」「デイリー・スター」「インデペンデント」「ユニラッド(UNILAD)」「スカイ・ニュース」「ザ・タイムズ」のほか、イタリアの報道機関や、ニューズ・コーポレーションが所有するオーストラリアの「News.com.au」「ニューヨーク・ポスト」「デイリー・ビースト」、NBCが一部所有する「Euronews」、そして「ワシントン・ポスト」といったメディアだ。

    それらの記事は、メール・オンラインの報道に言及していないばかりか、情報の出所を一切示さないところもあった。

    BBCの国際放送「ワールド・サービス」でさえ、ポトーベンの「安楽死」を取り上げたが、特派員はニュースの途中で、重要な補足としてこう述べている。「ただし、(ポトーベンが)死に至った経緯については完全に確認が取れていないことははっきりさせておきたい」

    しかしそれも、大きな影響はなかった。「合法的に安楽死した」ポトーベンについてのニュースは、フェイスブックで数十万回もシェアされたほか、ツイッターでも無数にリツイートされ、世界で最も大きなニュースとなってしまったからだ。メール・オンラインを見ると、その記事のシェア回数は12万4000回という驚くべき数に達している。

    このニュースは、翌日6月5日にはイタリアの報道機関のトップを飾った。インターネット上はこの話題で持ちきりとなり、ローマ教皇までもが、具体名を挙げてはいないものの、どうやらその件に言及した。

    Euthanasia and assisted suicide are a defeat for all. We are called never to abandon those who are suffering, never giving up but caring and loving to restore hope.

    「安楽死と自殺幇助は、私たち全員にとっての敗北です。私たちには、苦しむ人々を決して見捨てないことが求められています。希望を取り戻すため、思いやり、愛することが求められているのです」(ローマ教皇フランシスコ)

    教皇フランシスコはツイッターで、「安楽死とほう助自殺は、私たち全員にとっての敗北です」と述べた。「私たちには、苦しむ人々を決して見捨てないことが求められています。希望を取り戻すため、思いやり、愛することが求められているのです」

    ところが、ネット上で激しい憤りが渦巻き、ページビューが膨大な数に上っていく一方で、この件を報じたすべてのメディアは、重要な事実を見逃していた。

    米メディア「ポリティコ」のヨーロッパ特派員ナオミ・オリアリーの努力のおかげで、6月5日には、オランダ国外でもようやく真実が明らかになり始めた。ノア・ポトーベンは「合法的に安楽死した」わけではなかったのだ。

    ポトーベンは、オランダの法律の下で安楽死を望んだが、その要請は受け入れられなかった。そこで彼女は、食事を一切拒絶した。彼女の両親や医師はポトーベンに食事を強制せず、代わりに苦痛を緩和する治療を施していたものの、結局彼女は自宅で息を引き取った。

    ポトーベンに関するこうした事実を、オリアリーは自身のツイッターで説明し、誤った内容を何も疑わずに報じたメディアを批判した。すると、それらのメディアはただちに見出しを修正したり、記事を書き直したり、文章を削除したりし始めた。

    A 17-year-old rape victim was NOT euthanised in the Netherlands. @euronews @Independent @DailyMailUK @dailybeast are all wrong It took me about 10 mins to check with the reporter who wrote the original Dutch story. Noa Pothoven asked for euthanasia and was refused (cont.)

    「17歳のレイプ被害者は、オランダで安楽死『していない』。@euronews @Independent @DailyMailUK @dailybeastの報道はすべて誤りだ。
    私はたった10分ほどで、オランダ語で元記事を書いた記者に確認できた。ノア・ポトーベンは安楽死を求めたが、却下された(続く)」(ナオミ・オリアリー)

    安楽死を報じたメディアには、記事末尾に内容が修正された旨の但し書きを加えたところもあれば、加えていないところもある。

    では、どうして不正確な報道がインターネットに流れ、それほどまでに広く拡散してしまったのだろうか。

    複数の情報源によれば、事の発端は、セントラル・ヨーロピアン・ニュース(Central European News:CEN)というイギリスの小さな通信社が配信したポトーベンに関するニュースを、メール・オンラインの海外ニュース担当デスクが採用したことだという。

    CENは、英語の大手報道系メディアに向けて世界各地のニュースや画像を提供している通信社で、マイケル・レイディグという人物が所有している。

    BuzzFeed Newsは2015年、CENとレイディグについて調査を行い、「The King of Bullshit News(でたらめニュースの帝王)」と題した記事を掲載し、同社が有料で提供している情報の信頼性について疑問を投げかけていた。

    レイディグとCENは、その記事をめぐってBuzzFeed Newsを名誉棄損で訴えたが、ニューヨーク連邦地裁の判事は2019年3月にその訴えを棄却した。

    レイディグとCENは、棄却決定の取り消しを求めている。

    BuzzFeed Newsは、ポトーベンの死に関して歪められた報道を配信するに至った経緯について、CENに一連の質問を送った。しかし、現時点ではレイディグから回答は得られていない。

    メディアによる今回の虚偽報道をさておいても、ノア・ポトーベンの死が悲劇的であることに変わりはない。ポトーベンは、かなり前から飲み物と食べ物の摂取を一切拒絶し、6月2日に自宅で息を引き取った。17歳だった。

    オランダ地元メディアによれば、彼女の両親と医師は、強制的に食べ物を与えないことで同意していたという。

    報道によれば、ポトーベンは2018年に、オランダ・ハーグにある安楽死を行うクリニックに安楽死か自殺ほう助を依頼したが、受け入れてもらえなかった

    このクリニックの広報担当者は「DutchNews」に対し、ポトーベンが実際に患者だったか否かについては肯定も否定もできないと答えた。

    「安楽死を行うクリニックには、10代後半の若い患者はほとんどいません。(安楽死を希望する)理由が精神的な病であれば、さらに稀です。60歳の安楽死と16歳の安楽死では大きく異なります。私たちは、(安楽死が認められるのは)耐え難い苦痛を抱えて、ほかに対処法がない人間でなければならないと定めた法律に従っています」

    同クリニックは、公式サイトに掲載した声明のなかで、ポトーベンの死を受けてコメントを求める声がクリニックに殺到しているが、プライバシー規定により、その件については何も話せないと述べている。

    「彼女の死に関して、(とりわけ海外メディアにおける)不正確な報道を止めさせるために、ノア(ポトーベン)の友人たちが本日午後に発表した声明を引用します。『ノア・ポトーベンは安楽死で亡くなったのではありません』」

    「自らの苦しみに終止符を打つため、彼女は飲食を断ちました。安楽死クリニック(Levenseindekliniek)は、安楽死を専門的に扱っており、オランダの法的枠組みの明白な範囲内で運営されています」

    オランダの安楽死に関する法律は、きわめて厳正なガイドラインをもとに慎重に守られており、非合法の安楽死に対しては、罰則として12年間の懲役刑に処せられることがある。

    2018年は、安楽死による死亡件数が9%減少した。しかし、安楽死クリニックに寄せられる30以下からの要望は増えている。

    王立オランダ医師会(RDMA)は声明を発表し、国際的なメディアはポトーベンの死に関して虚偽の報道を行なっていると述べた。

    同医師会は次のように話している。「それらの報道は、オランダの法律ならびに実践に関して誤解を招いており、RDMAは虚偽報道を修正する必要性を強く感じている」

    「オランダの法律は安楽死を、患者が十分な情報を得たうえで、自ら要請し、医師によって積極的に生命を断つことだと定義している。安楽死は、改善の見込みのない病状に耐え難く苦しむ人間に対して、厳密な条件の下で執り行われる可能性があるものだ」

    ポトーベンは2018年、もともと書いていた日記をもとに、「Winnen of Leren(オランダ語で、「勝つか学ぶか」の意味)」と題した自叙伝を書いた。同書のなかで彼女は、11歳のときから複数回にわたって性的な虐待を受けたことと、14歳になってからレイプされたことを詳しく述べている。また、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や拒食症、うつ病で苦しんでいることや、オランダが若者をどのように支援しているかについても綴っている。

    ポトーベンは2018年12月、オランダの地方紙「de Gelderlander」のインタビューを受け、もうこれ以上生きていたくないと語っていた。

    「私は死ぬにはまだ若すぎると言われます。トラウマ治療を完了すべきで、脳がまず完全に成長しきらなくてはならないと言われます。脳の成長は21歳まで続きます。それを聞いて私は打ちのめされました。それほど長く待つことはもうできないからです」

    ポトーベンは2019年3月、ウェブメディア「VICE NL」に対し、自分が書いた自叙伝によって、精神的な危機にある若者の治療法が改善されることを望んでいると語っていた。

    「私の本を読めば、若者へのケアがどう体系化されているかについて、新たな疑問が湧いてくるでしょう」

    「私は近いうちに、私の本を読んでくれた未成年者担当の判事に会う予定です。強制隔離されそうになったときに判断を下すのは、未成年者を担当する判事なのです」

    「そうした状況に置かれた若者には弁護士が付き、弁護士は、その若者の利益になるように話をしてくれます。法廷に出席したことで、私は大きな影響を受けました。私はそこに、まるで犯罪者のように座っていたんです。お菓子1個さえ盗んだことがないというのに。私に言わせれば、うつ病を患っている若者は法廷に出向くべきではありません」

    ポトーベンは6月2日、自宅のリビングルームで息を引き取った。彼女は最後のインスタグラムへの投稿で、「愛とは手放すこと(Love is letting go)」と書いている。

    ポトーベンに関する報道を批判したツイートを投稿したポリティコのジャーナリスト、ナオミ・オリアリーはBuzzFeed Newsに対し、ポトーベンの死を報じた英語の記事を読んで、まずはショックを受けたと述べた。

    「ことの重大さを悟って、こう考えました。『これが安楽死だと、どこに書いてあるのか。この報道はもともとどこから来たのか』と。オランダ語の報道では、どこにも『安楽死』と書いてなかったのです」とオリアリーは述べる。「本当に安楽死だったのであれば、オランダで大ニュースになっていたでしょう」

    オリアリーは、レイプ被害を受けたティーンエイジャーが「合法的に安楽死した」というニュースが広がった背景には、オランダに対する否定的な見方と、「何でもあり」のリベラルな国という「悪いステレオタイプ」があったと話す。

    「世界はオランダについて、何が起こってもおかしくない、とんでもなくリベラルな国だというステレオタイプを持っています」とオリアリーは言う。「そうしたステレオタイプのせいで、人々は、(報道されたような)出来事が起こったのだという結論に飛びついてしまったのです」

    「安楽死に関する議論に影響を及ぼすニュースであったため、山火事のようにあっという間に広がったのです」

    「あまりにも衝撃的なニュースです。どう考えても衝撃的であり、人々は思わずこう考えさせられました。『私たちは本当に(安楽死を)合法化したいのか』と」

    オリアリーが一連のツイートを投稿した結果、ポトーベンの死を誤って報じた主流メディアはすぐさま、報道内容に大幅な修正を加え始めた。

    メール・オンラインは言葉や文章などを変えたほか、見出しに少し手を加えた。「合法的に安楽死した(legally euthanised)」を削除し、「合法的に許された(legally allowed)」としたのだ。

    インデペンデント、ニューヨーク・ポスト、ワシントン・ポスト、デイリー・ビーストは記事を修正し、その旨を説明する但し書きを小さく追加した。ワシントン・ポストは、ポトーベンが「安楽死した」と書いたツイートも削除した。

    フェイスブックに動画やニュースコンテンツを数多く提供している英トップメディアのひとつ「ユニラッド」は、こと細かに修正を施した記事を投稿。冒頭には、元記事の誤りについての概要を掲載した。

    「この記事は当初、誤報や、誤解を与える情報を含んだ状態で公開された。当初の記事では、オランダ人女性ノア・ポトーベン(17歳)が安楽死したと報じたが、これは事実ではない。オリジナルのオランダのニュースを誤訳したことが、安楽死という思い込みにつながった」

    Euronews

    ノア・ポトーベンについて報じたEuronewsの見出し。上が修正後。

    NBCが一部所有するEuronewsは、内部調査を開始した。同メディアの広報担当者は、BuzzFeed Newsに対する声明のなかで、件の記事は、ファクトチェック(事実確認)がなされず、他のニュースメディアの報道を参照しただけで掲載されたものだったと述べた。

    Euronewsの広報担当者は、「その記事は6月5日、情報の信頼性について懸念があると判明した直後にウェブサイトから削除されました」と述べた。「その後、記事がEuronewsの報道ガイドラインに沿ったものではなかったことが判明しました(このニュースは、他メディアから情報を得たものですが、追加での事実確認が実施されませんでした。この点において私たちの報道ガイドラインに違反しています)。記事は、ノア・ポトーベンの死をめぐる状況確認に努めたうえで、修正されています」

    「報道ガイドラインに従わなかった正確な理由については、十分な調査を現在実施しています。こうした事態が再発しないよう、しかるべき措置を講じる予定です」

    ポトーベンの死について世界的に報じられたことを受け、多くのメディアが彼女の親族に接触を試みている。しかし、親族はオランダのメディアを通じて、インタビューに応えるつもりは一切ないことを表明した。

    ノアの父親は、ロッテルダムの地方紙Algemeen Dagbladに対し、娘の報道が拡散したが、もうすべてやめてほしいと考えていると述べた。

    父親はこう話す。「私たちはいま、ノアの死を悼んで深い喪に服しています。それはメディアに騒がれてしまうと不可能なことです。私たちはこのような騒ぎを望んでいません。一切関わりを持ちたくありません。そっとしておいてほしいのです」

    ポトーベンの母親は、娘が書いた自叙伝を読むことを、ソーシャルワーカーだけでなく、未成年者を担当する判事や関係当局など、子どもをケアする人々に義務づけることを望んでいるという。

    ノア・ポトーベン自身のインスタグラムは削除されたものと見られる。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:遠藤康子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan


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