東京の「村上春樹カフェ」には、世界のファンも集う

    「僕たちの気持ちを描いてくれている」

    ノーベル文学賞の発表時期がやってくると、毎年話題にのぼる村上春樹。世界中にファンがいる村上作品だが、ノーベル文学賞の選考委員たちを含む世界の読者たちに読まれているのは、英語などに翻訳されたバージョンだ。


    英語から始まった村上作品の翻訳は、今や40か国語程度に広がっている。国や地域を超えて世界中で共有される都市生活者の感覚と、外から見たら神秘的に見える日本という国の独自性。その組み合わせのバランスが、ほどよいのだろうか。日本の現代文学としては、世界で突出した知名度と、圧倒的な求心力を誇っている。


    海外のファンが集まる、東京の村上春樹の名所

    そんな翻訳文学を通した村上春樹の面影を求めて、海外のファンが集まってくるのが荻窪の喫茶店「6次元」。ファンたちが村上作品の読書会を開いてきたこの場所は、毎年ノーベル文学賞の発表を見届け、メディアが中継することでも有名になった。


    店主のナカムラクニオさんが「6次元」を開店したのが2008年。村上春樹が1970年代に、同じく中央線沿いでやっていたジャズ喫茶「ピーターキャット」はもうない。だが、同時代の喫茶店が持つ雰囲気を保っているこの店に、ファンが集うようになった。

    店がオープンしたのと同じころ、「村上春樹はノーベル賞を取るのでは?」と騒がれ始めた。ナカムラさんが、店で読書会を開いていたファンたちと一緒に文学賞の発表を見る会を始めたのが2009年。会は次第に有名になり、取材を受けない村上さんの代わりに、メディアが来るようになった。

    数年前、ナカムラさんが英語での情報発信を始め、英文媒体で紹介記事が出るようになったところ、海外の村上ファンが多く来店し始めた。アルジャジーラなど大手海外メディアの取材も入るようになった。去年は、毎日のように海外から誰かが訪ねてきていた。

    「もう40か国くらい来てるんじゃないかな。チベット、モンゴル、ポーランド、ロシア、北欧。まんべんないです」とナカムラさん。店は開けていないことも多いが、何回も来てくれる人がいる。

    「僕が一番、村上さんの外国からの人気の高まりを感じているのかもしれない、とも思ったりします」

    世界のムラカミと、村上春樹の違い

    ナカムラさんは、海外ファンが見る村上春樹像と、日本のファンが見る村上春樹像に、ちょっとした違いを感じる、という。

    ナカムラさんの印象はこうだ。日本だと、村上春樹がノーベル賞?なぜ?という声も上がる。しかし、海外では「エンターテインメントなんだけど、ちゃんと文学的に評価できるファンタジー作品」として受け取られている。

    「6次元」では、海外のファンと日本のファンが一緒に村上作品を語ることがある。ところが、海外向けの翻訳版と、日本語のオリジナルでは、翻訳を介した差異があるのにもかかわらず、ファン同士は不思議と話が合って、気持ちが通じ合うらしい。

    「外国の人と読書会をやっても、けっこう言うことが一緒だったりするんですよ。一番よく言われるのが、『村上は僕たちの気持ちを描いてくれている』。本当に言いますよ。チベット人も、ロシア人も、インド人も。なんでみんなそう思うのかわからないけれど。おもしろい現象だなと、いつも思う」

    海外のファンもノーベル賞の発表を楽しみにしているのだろうか。ナカムラさんによると、あまり気にしていないようだ。「ノーベル賞をとっても取らなくても、ファンにとっての村上作品の魅力は、特に変わらないみたいですね」