ドイツで過激化する反移民デモ、背後に排斥感情あおる極右団体

    「難民にレイプされた女性を守ろうとして男性が殺された」というデマをきっかけに、移民排斥デモが暴動に発展したドイツ東部ケムニッツ。背後には極右団体の存在があった。

    うわさはまたたく間に広がった。

    ドイツ東部ザクセン州ケムニッツで8月26日、男性が刺殺される事件があった。数時間のうちに「犯人は性的暴行を働いた移民」とする情報がソーシャルメディアで多数の人にシェアされた。やがて「死者は2人」とされ、移民に暴行を受けたとされる女性たちの写真が拡散された。

    実際には性的暴行は起きておらず、うわさの大部分は事実と異なっていたが、もはや関係なかった。怒りはネット上にとどまらず、すぐに現実の世界にも及んだ。ほどなく、人口25万のケムニッツは移民排斥デモの中心地となり、ナチス式敬礼をする参加者や路上で暴徒化する群集など、背筋が寒くなるような画像が出回った。

    殺されたのは35歳のキューバ系ドイツ人、ダニエル・Hさん(ドイツのメディアは慣例として犠牲者の氏名を伏せている)だった。翌27日、事件に抗議するために7500人が集まり、「ケムニッツはザクセン人のもの、外国人は出て行け」「ここはわれわれの国だ」と気勢を上げた。ザクセン州のこの地域は以前から反移民運動やネオナチ活動の拠点であり、右派の抗議集会がたびたび開かれ、暴力に発展することもあった。だが、今回はこれまでとは違っていた。

    今回、今までと違ったのは――そして不安をかきたてたのは――幅広い極右集団が集結し、あからさまなネオナチ集団とともに公然とデモを行った点だ。2017年に米バージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義者による極右集会のときと同じく、多くのドイツ人が抱いていた「しかるべき一線を越えることはないだろう」という思いが揺らいだ。ネット上で広がるデマに対し、関係当局や主要メディアが事実を示して否定しても、多くの人が隠された事実があるに違いないと考えた。自分がFacebookで見た情報こそが真実だと捉えたのだ。

    27日夜、デモは地元警察の手に余る規模まで発展し、市中心部は混乱状態に陥った。町で暮らす2万人の移民は、暴徒であふれる通りへ出るのを恐れ、家にとどまった。

    ケバブ店で働くシリア難民の男性はBuzzFeed Newsの取材に対し、仕事から帰宅する際に10人ほどの集団に追いかけられたと答えた。ヒジャブを着けた妊娠中の妻は、病院へ行くために家を出るのもためらっているという。男性は名前を出さないでほしいと話し、ケムニッツを出てドイツ西部へ移りたいと考えている、と打ち明けた。

    ピザ店を営む別の男性は、30年前にチュニジアからやってきた。デモに集まった群集の中に、店の客の姿があったという。

    「彼らは私たちを犠牲祭(イスラム教の祝日)で捧げる羊みたいに扱っています。しばらくの間は一緒にいて感じよく接していますが、しかるべき時がくると、いけにえに差し出しても何とも思わないのです」

    抗議行動の様子は世界に発信された。だが多くの人が衝撃を受けたのは、抗議デモ参加者の背後にいた大勢の一般市民の姿だった。普通の市民が、移民に対して怒りを覚えるのは正当だと声を上げたのだ。

    ドイツの政治家は移民の存在にふたをしようとしてきた。アンゲラ・メルケル首相は今回のデモ行為について、戦後憲法を脅かすものだと警告した。ドイツの憲法には、国に再びナチス思想を持ち込まないための規定が含まれている。首相は「映像を見ると、排斥行為や暴動、憎悪が町で見受けられた。こうした行為はわれわれの憲法とは相いれない」とのコメントも出した。

    過激な抗議行動は週末も続いた。予定されている複数のデモに備え、全国から集まった警察が配備された。デモの一つを呼びかけたのは、連邦議会で勢力を伸ばしつつある極右政党「ドイツのための選択肢(Afd)」だ。党の副代表は「こうした犯罪が起きれば、暴動化するのも当然だ」と述べ、過激な行動を容認した。

    一連の騒動は、ドイツにとって分岐点になるかもしれない。

    左派は今回、ナチス式敬礼や暴力が町にあふれるさまを見たドイツ市民が危機感を抱くことを期待する。一方AfDはこれを好機ととらえる。抗議に集まった群衆の存在を、移民排斥を訴えるAfDの方針に広く市民が賛同している裏付けととらえ、大衆の支持を広げたい考えだ。

    警察の統計によれば、ドイツ国内の犯罪率は低下しているが、AfDの広報は移民による殺人件数を誇張し、政府は事実を隠していると訴える。BuzzFeed NewsではAfDにコメントを求めたが、回答はなかった。

    国が市民を守らないのなら自分たちの手で実行するしかない、というのがAfDの主張だ。主流派の政治家の多くは極右勢力へ票が流れるのを恐れており、事態を静観するか、控えめに批判するにとどまる。

    30日、州政府副首相は市民との集会で、怒りの声を上げる人々に向けてこう言った。「自分が今どんな人物の隣に立っているのかを悟り、憎悪や扇動や暴力がいよいよ現実になったとき、それでも右側に立つのかをみなさん一人ひとりが決めることになるんです」

    すると聴衆からやじが飛んだ。「この暴力はいつまで続くんだ?」「有権者がここに座ってるんだ。そこをよく考えろ!」

    メルケル首相の下、ドイツは2015年から16年にかけて120万人以上の難民を受け入れた。少なからぬドイツ人がその開かれた寛容さにある種の誇りを感じていた。

    これは欧州全体に広がりつつあった民族主義的な動きとは対照的だった。国際劇場の舞台で意外な第3幕が始まった、20世紀に2度の世界大戦と残忍なホロコーストを経験したドイツが自由民主主義を救うために立ち上がったのだから――そんなジョークもささやかれたほどだ。

    だが一連の暴動を経て、移民への反感が高まり、この国はあっという間に暗い過去に戻ってしまうのではないかという不安が広がっている。その動きはこれまでにない勢いで加速するかもしれない。事実ではない情報がネット上でまたたく間に人々の恐怖心をあおり、止めるのはほぼ不可能だ。そうして多くの有権者が抱く不安に付け込まれる。情報を流している主体が、たった数年前まで一般のドイツ人なら嫌悪していたであろうネオナチや極右団体であっても、もはやあまり問題にされないようだ。

    ケムニッツの集会では、市民から不満の声が相次いだ。自分たちはドイツ人同胞(と彼らはみている)を支持しているだけなのに、ナチズムだといって批判されるのは納得できない、という。ある男性はこう言った。

    「デモに参加したら、ナチス呼ばわりされました。集まった8000人はナチスじゃありません。でもメディアはこの8000人とドイツ全体をナチスだと言うんです!」

    メルケル首相と同じ中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)に所属する、ザクセン州のミヒャエル・クレッチマー州首相は、市民集会の冒頭でまさにこの男性のような市民に向けて呼びかけた。

    「不当にレッテルを貼られている、と訴える人に大勢会ってきました。みなさん私の元へきてこう言うんです。『自分たちはナチスじゃない!』と。それはわかっています」

    クレッチマー州首相は暴力的なデモを批判し、デモが「まったく統制できない状態になってしまった」と認めた上で、騒動の発端となった殺人事件の詳細については警察からの発表を待ってほしいと訴えた。州首相は後日、取材に対し、市民が抱いている認識が事実に基づいていないとしても、それに応える必要性を感じた、と説明する。

    「町の中心部を歩いたり、女性が仕事を終えて帰宅したりするときに、安全じゃないと感じている人がいる。これは事実です。3年前か4年前はそんなことはありませんでした。今は現実にそうかどうかの問題ではなくて、人々が今の状況をどう感じているかの問題なんです」

    公式統計によると、ケムニッツでも国内全体でも暴力犯罪全体の数は減っている。性犯罪に問われる人の数は増えたが、これは2016年に性犯罪法が厳格化されたことによるもので、女性にとってドイツ社会の危険度が増したからではない。

    ソーシャルメディアにも責任があると指摘するのが、チャン・ジョ・ユン弁護士だ。昨年、ドイツで暮らすシリア人難民の男性が、メルケル首相と撮った写真を悪用され自身をテロリストとするうわさを拡散されたとして、悪意ある投稿の削除をFacebookに求めた裁判があった。

    ユン弁護士はこの訴訟で男性の弁護に立った。この件をきっかけに、ドイツでは世界でも先進的な、ヘイトスピーチを積極的に取り締まる法が制定された。それでもなお、急激に広まる偽の情報がネット上で憎悪をあおる例はなくならない。

    「人はメディアを信じてはいません。自分のタイムラインで目にするものだけを信じます」。ユン弁護士はそう語る。

    「タイムラインの内容を自分たちの手でコントロールできるよう取り戻さなければ、人はずっとフェイクニュースを信じるでしょう。一般メディアのファクトチェックをしても無駄なんです。それ自体を信じていないわけですから」

    我々はFacebookに取材を申し入れたが、現時点で回答はない。

    発端となった事件について嘘の情報を拡散した発信源の一つが、Pro-Chemnitzという団体のFacebookページだった。Pro-Chemnitzは地元市議会に3議席を有し、暴徒化して荒れた27日のデモを主催していた。デモを呼びかけるにあたっては、犠牲者の男性を「女性を守ろうと手を差し伸べ、みずからの命を落とした勇敢な人物」と記した。投稿は今もネット上にある。

    団体の政治生命にとってFacebookが非常に重要なのは当人たちも承知している。広報担当のベンヤミン・ヤーン・ショッケは「私たちは完全にソーシャルメディアを基盤にしています。Facebookページを削除されたら私たちは消えるでしょう」と話す。

    事件の犠牲者であるダニエルさんは死してなお、ネット上の悪意ある戦いに利用されている。

    民族主義を掲げる人々は、彼を反移民のシンボルにしようとした。だがキューバ系ドイツ人であるダニエルさんは、極右勢力がシンボルとするには都合がよくない。別の場面であれば、多文化ドイツの象徴として引き合いに出されたかもしれない。

    ダニエルさんのFacebookはしばらく投稿がされていなかったが、政治的には左派寄りだったことがうかがえる。残っていた2016年の投稿では、トルコで20歳の女性がレイプ殺人の犠牲になったのを受け、ミニスカート姿の男性たちがSNSをきっかけに始めた抗議行動を伝える記事をシェアしていた。他にも、大麻の合法化を支持する記事や、メルケル首相を批判する発言を揶揄する投稿、「国籍に関係なく、ろくでもないやつはろくでもない」というメッセージがシェアされていた。

    事件後、ダニエルさんを知る友人たちはFacebookを通じ、極右の主張に耳を貸さないでほしい、とメッセージを掲げた。友人の一人は次のように書く

    「みなさんにお願いがあります。悲しみを怒りと憎しみに変えてはいけません。この件を利用している右派の人間こそ、僕たちをドイツ人らしくないとみなし、対立してきたのです。ダニエルを知る人はみんな、こんなことは彼の意思にまったく沿わないと知っています。利用されて取り込まれないでください。ただ彼の死を悼んでください」

    警察は少しずつ事実を明らかにしているが、情報源としてのネットの速さに慣れた市民の多くは迅速な答えを求め、当局はいわばもぐらたたきに追われる状態だ。

    警察の発表によると、26日未明に起きた事件では3人が刺され、2人が負傷、ダニエルさんだけが死亡した。性的暴行の事実はなかった。シリアとイラク出身の20代前半の男2人がその日のうちに逮捕された。

    逮捕された男の一人は、難民申請が却下され国外退去を言い渡されていたが、不服を申し立てて国内にとどまっていたことがわかった。ツァイト紙によると、男には暴行や麻薬取締法違反による逮捕歴がある。

    容疑者の実名が出回っているが、これは勾留されている施設の職員が違法に情報を漏らしたことによる。AfDやPro-Chemnitzをはじめとする右派は、ただちに2人の氏名をネット上に流した。

    ケムニッツの騒動は収束へ向かうのか。

    国や周辺の州は、右派・左派双方によるさらなる抗議行動に備え、ザクセン州へ応援の警察を派遣。9月3日には左派が主催するコンサートが開かれ、緊張が続いた。

    Afdは1日に大規模なデモを行った。来年、選挙を控えているザクセン州で勢力拡大を狙う同党にとっては、政治的に大事な機会でもある。

    デモを呼びかける声明の中で、AfDはダニエルさんについて「複数の国民を冷酷にも死に追いやってきた無責任な政策による、避けられたはずのさらなる犠牲者」と言及した。

    声明でAfDはデモを「ダニエルさんのために、またドイツの多文化政策のせいで命を落としたすべての人々のために、哀悼の意を示す場としたい」とし、参加者に黒い服を着て静かに行進するよう求めた。

    「主要メディアは、ケムニッツという犠牲者の町を犯罪者の町に仕立てようとしてきました。彼らはあらゆる手段を使って平和な抗議デモの意義をおとしめようとするでしょう。メディアが期待する絵を与えてはなりません」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:石垣賀子 / 編集:BuzzFeed Japan