「忖度」という言葉について、日本語学者に聞いてみた

    忖度ってそもそもどういう意味で、どんな使われ方をしてきたのか。「三省堂国語辞典」の編集委員で日本語学者の飯間浩明さんに話を聞いた。

    森友学園の問題を機に、出回りはじめたひとつの言葉がある。「忖度」だ。

    国有地売買において官僚の「忖度」があったのか、なかったのかーー。国会の与野党の議論で日々飛び交い、報道される。籠池泰典理事長も記者会見で連発し、外国人特派員たちを大いに混乱させた。

    どんな由来があり、これまでどんな風に使われてきたのか。BuzzFeed Newsは、辞書編纂者で日本語学者の飯間浩明さん(三省堂国語辞典編集委員)に話を聞いた。

    伝統的なことば、忖度

    Twitterでもたびたびトレンド入りをするようになった、この聞きなれない「ソンタク」という言葉。意味を確認するためなのか、「goo辞書」の検索ランキングでは1位(3月29日)にランクインしている。

    そもそも、忖度とはどういう意味か。三省堂国語辞典を引くとこうある。

    (相手の気持ちを)おしはかること。推測。「意向をーする」

    「『忖』はりっしんべんで分かるとおり、人の心を推測すること。 『度』は、『たく』と読む場合は『はかる』ことです。つまり『忖』『度』ともに『はかる』で、特に『忖』は『心を推測する』という意味があります」

    「忖度」という言葉について、そう語る飯間さん。由来については、このように説明してくれた。

    「これは伝統的なことばです。中国古代の『詩経』にも出てくるので、『昔から使われていることば』と表現するのが最も妥当です。日本にも10世紀から例がありますが、それ以前に中国から入って来たものでしょう」

    従来は「母の心を忖度する」「彼の行動の意図を忖度してみた」などと、「単純に相手の心を推測する」場合にも普通に使われていたという。

    変わり始めた使い方

    「忖度という言葉は非常に難しい文章語」と表現する飯間さん。そのうえで、「意味は同じでも、どういう場合に使うか、つまり用法が変わってきている」と説明する。

    「最近になって、『上役などの意向を推し量る』場合に使う用法が増えたように思います。おべっか、へつらいというか。上の者に気に入られようとして、その意向を推測する。ちょっと特別な時に使われるようになった」

    そういった用法で「忖度」が使われるようになってきたのは、ここ十数年の話だという。

    飯間さんが集めた資料によると、「上役などの心を推し量る」という用法で「忖度」がつかわれているのは以下の例。いずれも2000年代に入ってからだ。

    「消費税の引き上げは避けられないが、いまは国民を刺激したくない。しかし、ほおかむりも無責任」。そんな首相の思いを忖度したような党税調。(「朝日新聞」社説、2006年12月15日)

    その籾井氏が政策に関わるニュースに注文をつければ、どうなるか。権力を監視するジャーナリズムの役割が十分に果たせるのかといった疑問も浮かぶ。会長の意向を忖度し、政府に批判的な報道がしにくくなるのではないかとの不信感も出てくるだろう。(「朝日新聞」社説、2014年5月8日)

    良い忖度と悪い忖度?

    籠池氏は会見で、土地取引のスピードが上がったのは「忖度」があったからだ、としている。安倍昭恵夫人の秘書に問い合わせしたことをきっかけに、財務省の官僚が夫人の意向を「忖度」し動いた、という主張だ。

    さらに、それは「悪いものではない」としつつ、学校建設が中断に至るまでの「逆の忖度が問題だった」などと語っている。

    また、大阪府の松井一郎知事は今回の問題に関連し、「良い忖度と悪い忖度がある」と発言(THE PAGE 3/25)。

    「政治家は国民の思いを忖度して政策をすすめていく」とし、安倍首相が森友学園の問題について、「悪い忖度ではなかったとはっきりいうべき」と述べた。

    良い忖度、悪い忖度、逆の忖度……。ひとつの言葉に、さまざまな意図が込められるようになったとも見える。

    「もともと忖度に良いも悪いもなかった。ただ人の心を推測するってことですから」と指摘する飯間さんは、こうも語った。

    「役所や企業のシステムの中で、本来であれば良いものは良い、悪いものは悪いと判断しないといけない。しかし、『こんなことをすると社長が気を悪くするからやめておこう』など、論理性、合理性以外の要素が入ってしまう場合に『忖度が加わる』という使われ方をするのではないでしょうか」

    必要とされだした言葉

    そのような用法がここにきて拡大している要因を、飯間さんはどう見るのか。

    「急にここ数年必要とされだした言葉なのでしょう。必要にならなければ、みんなが知っている普通の言葉を使えばいいわけですから」

    「こういう森友学園のような事件のときに使える、適切な言葉がなかったのでしょう。難しい言葉だけれども、忖度を使うとちょうど良くなるということです」

    この用法だけが注目されることには「違和感は持っていません」としつつ、こうも述べた。

    「『上役の意向を忖度する』という使い方は、あくまで『忖度』の用法の一部にすぎません。ただ、マスコミで報道されることで知られるようになり、『勢力を拡大していきそうな用法』『みんなが使い始めそうな用法』だとは思います」

    「一方で、『忖度』という言葉が汚れてしまった気もしますね。これから『もっと人の心を忖度しなさいよ』と言うと、悪いイメージになるかもしれない」

    森友学園の問題を受け、次の辞書の改訂時には「忖度」の項目に、「例文を加えること」も検討しているそうだ。

    「私たちの三省堂国語辞典の説明は、物足りないように感じました。『母の心を忖度する』という使い方以外に、例文を入れる必要はあるかもしれませんね」

    どんな例文なのだろう。

    「役人が政治家の考えを忖度する、かな。実例をよく見て決めるつもりです」


    BuzzFeed Newsでは「忖度」が連発された会見について、「『安倍首相は好き』でも『嘘はダメ』 籠池理事長が語った保守主義者の愛憎」にまとめています。