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なんで結果がわかる前なのに「当選確実」なの? 選挙報道の裏側を“プロ”に聞くと… その手法とは

データや取材を総合してだれがどのくらい得票するか推定するのを「票読み」、最終的に当選確実を判定することを「当打ち」といいます。開票作業はじまった8時ちょうどに判定することは「ゼロ票当打ち」とも。いったい、なぜそんなことができるのでしょうか?

7月10日に投開票される参議院議員選挙。各メディアは、午後8時に投票箱が閉まった瞬間に、一定数の候補者の「当選確実」を報じます。なぜ、まだ票を数え始めていないのに、当選と分かるのでしょうか?

メディアが報じているのは、選管の公式発表ではありません。自らの責任で「当選は確実だ」と判断して、それを報じているのです。

さまざまなデータや取材を総合してだれがどのくらい得票するか推定するのを「票読み」、最終的に当選確実を判定することを「当打ち」といいます。

どんなデータをどう集め分析すれば「票読み」ができるのでしょうか……?選挙報道のプロ、朝日新聞社選挙事務局長の若松聡記者に、その裏側を聞きました。

(インタビューは2022年7月1日に実施しました)

ーー票読みにはどのような「データ」を使うのでしょうか?

「まず、選挙の前から情勢調査を実施しています。これは世論調査と同じように、支持政党や投票先などを聞く調査ですが、無作為の固定電話と携帯電話を対象にしたものに加え、より幅広い人のデータを得るため去年の衆院選からネット調査も入れるようになりました。数年前から試験を繰り返して本格導入したんです」

「それ以外に、記者が現場でそれぞれの候補者や政党、支援団体や地元の人たちを回り、どんな状況かを取材します。『風』とか雰囲気、温度を肌で感じ、それをデータに加味して、見立てをつくっていくんです」

ーー「データ」だけでは票読みができるわけじゃないんですね。

「日常的な取材は非常に重要です。さらに期日前投票が始まってからは、出口調査を始めます。投票した人たちが、どの候補と政党に投票したかを聞くものです。本当に投票した後のデータなので、かなり重視しています」

「調査は全国数千ヵ所の投票所に人を派遣し、実施しています。1ヵ所あたり数十のサンプルを得ているので、最終的に数十万規模のデータになりますね」

肝になるのは「秘伝」のスパイス

ーー(1)事前の情勢調査(2)記者による取材(3)出口調査のデータが揃えばいいということですね。

「実は、それだけでは判断できないんです。地域性の問題など、さまざまな要素が絡んで調整が必要になります。たとえば特定の政党が強い場所もあります。候補者の出身地の近くでは支持が強くなりますよね。調査をした時間帯、その日の天気によっても変わってきます。それらを加味しなければいけません」

「秘伝のスパイスではないですが、一部の人しか知らない修正法や計算式があるんです。1990年代から培ってきたもので、内容を知っている人は新聞社でもごく限られていて、選挙の事務局になれば知れるかと思っていましたが、そうではありませんでした(笑)」

ーーなるほど。データにスパイスを加味したもので大きな差が出ていることが明らかになれば、8時に当選確実をうつことができるんですね。

「そうですね。これらの調査結果を踏まえて、大きな差がついていれば、8時ちょうどに当打ちをすることができます。投票箱が開いた直後、開票作業も始まったばかりですから、これを『ゼロ票当打ち』といいます」

「この後は、実際の開票状況を、それまでのデータに加味していくことになるんです。自治体が発表したものよりも早く情報を得るために、開票所にスタッフを派遣することもあります。開披台調査といって、投票箱の中から出てきた票を実際に数えていく方法もあるんですよ」

双眼鏡を持った2人組が…

ーー体育館に「開披台」がたくさん並んでいて、投票箱から大量の用紙が出てくる様子は圧巻ですよね。僕も新聞記者時代に経験したことがありますが、その姿から「バードウォッチング」なんて言われますよね。

「そうですね。双眼鏡を持って開披台を眺めながら、2人ひと組ペアになって1人がひたすら票に書かれた名前を読み上げたり、手持ちの数取器を手元に並べて、ひとりでカウントしたりする作業です。票を機械でカウントする計数機を通る前の段階でデータを得ることができるので、接戦の選挙区などでは、いち早く当打ちをするための大きな要素になることがあります」

「それ以外に、開票所では束読みや山読みという作業もあります。計数機を通ったあとにまとめられた票の束を記者が直接数えるというものです。これまで説明してきた情勢調査などとは違って、間違いなくその人が取った数字を生データとして得ることができる手段です」

「こうした作業をするために、事前に開票所のレイアウトを自治体から入手して、人員配置の計画を立てることもあります。そもそも物理的に開披台調査や束読み、山読みが可能なのか。組織票が多い傾向にある期日前投票の箱はどこで開かれるのか、などを調べておくんですね」

ーーこれも経験があります。計数機の目の前にいって、表の束を数えて報告するんですよね。とても緊張しました。とはいえ、最近は開披台調査も少なくなっている傾向にあると聞きます。

「市町村選管が開票所で発表する数字をアナウンスする前に県選管に報告することが多いのですが、その数字を県選管に取材して教えてもらうケースが増えています。ここでキャッチしたら一番早いでしょう。正確性も高いですから」

「とはいえ、人を開票所に直接派遣した調査は、いまでも有力な手段です。選挙の性質、その地区の状況や情勢、出口調査の結果にあわせて、手法や人員規模を変えていっています」

勝負やギャンブルではなく

ーー若松さんは何度も「当打ち」をしたことがあるそうですが、最後はどのように判断するんですか?

「全国の現場で当打ちを担当する記者に対して、本社にいる当打ちに詳しい記者が研修し、各種データの積み重ねをもとに『これくらいの状況になれば打てる』とアドバイスをしてくれます。ただ、データの積み重ねがあるとはいえ、やはり打つ瞬間は緊張します。あとから他社が打ってきて初めて安心できる、なんてこともありました」

「また、より複雑な票読みが必要になる比例区では本社に判定班を設置し、一定期間専従して、研修やシミュレーションを繰り返してもらいます。比例区の作業は開票日の未明や翌朝まで仕事が続くことが多いですね」

「いずれの場合も何よりも大事にしていることは、無理をしないこと。機材トラブルや操作ミスも含め、当外し(誤って当選確実と報じること)は絶対に避けなければなりません。これは勝負やギャンブルではなく、より早く、正確な情報を伝えるためにやっていることですから」

ーー現場で取材した内容も「当打ち」判断では重要だと感じましたか?

「最後の演説の『風』を感じることは、やはり大事でしたね。すごく人が集まってるように見えるんだけど盛り上がってる感じがしないとか、逆にすごく熱量が高いとか。数値化できない感覚の話なんですが、選挙には、そういうものが確実にあるんですよね」

「それまで数週間、地域の取材を続けてくるなかで、自分の中でいろいろ話聞いて積み重なって見えてくる。そして、その内容を票読みや当打ちだけに使うのでなく、しっかりと記事にすることで、選挙の裏側で何が起きていたかを有権者に伝え、残すことにもつながります」

「国の形がどう変わるのか」

ーー最後に、少しいじわるな質問になってしまうかもしれませんが、なぜ翌日には明らかになる選挙の結果を早く報じるため、ここまで力を入れているんですか?

「個々の当選者の当落だけではなく、最終的な選挙全体の大きな流れを伝えることが何よりも最重要課題です。与党が圧勝したのか、野党が善戦したのか、あるいは野党が勝ったのか……。それによって日本の政治状況や、国の形がどう変わっていくのかを、いち早く読者に伝えるのは、我々報道機関の責務です」

「全体を知るためには北海道から沖縄までの全てのデータを積み上げが必要になりますよね。そのために、各地で記者が一生懸命取材をして、億単位のお金をかけて、会社を挙げて調査をしているんです。こうして伝えられた選挙結果が、読者のみなさんの何かのきっかけや考える材料になればいいと、本気で思っています」

ーーありがとうございました。本日午後8時の結果をしっかり見ていきたいと思います。


7月10日に投開票日を迎える参議院議員選挙。

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