ファイザー社製の新型コロナワクチンを接種したアメリカの56歳の男性産科医が「エボラの症状」「全身から血を吹き出して死亡」した、という情報が拡散している。
ただ、これは虚偽だ。男性産科医の死因は血小板が減少する難病「特発性血小板減少性紫斑病」(ITP)による脳出血で、エボラ出血熱のような症状とは異なる。
また、死因についても、現段階ではワクチンとの直接的な因果関係はわかっていない。

前提として、日本でも接種が予定されている新型コロナウイルスのワクチンの効果と安全性は臨床試験で確認されており、高いものでは発症予防効果が95%程度とされている。
動物実験の結果などを踏まえると感染予防効果もあると考えられており、また、感染した場合に重症化を防ぐ役割もある。
一方で、どのようなワクチンにも副反応がある。コロナワクチンの場合、多くは接種部位の痛みや、頭痛、倦怠感、筋肉痛、発熱など。
ごくまれに接種直後に重いアレルギー反応を示す「アナフィラキシー」も起きているが、適切な治療を受け回復している。死亡例は確認されていない。
こうした副反応の頻度や症状の重大性と比較し、ワクチンによって得られる効果が大きい場合、接種は推奨されることになる。
実際に、アメリカやイギリスをはじめ、各国で接種が始まっており、世界ではすでに計9389万回接種されている。
日本では早ければ2月末から医療従事者への接種が開始される予定だ。外国人を含め、全住民が無料で受けられるという。
拡散した「エボラ」の情報とは?

そのうえで、このワクチンについて拡散したのは、まとめサイト「あじあニュースちゃんねる」の記事。以下のようなタイトルで配信されている。
《【速報】ファイザー製コロナワクチンを打った人、エボラの症状!!!! 全身から血が吹き出して死亡・・・ コロナよりヤバいだろこれ・・・ : あじあニュースちゃんねる》
韓国紙・中央日報の報道を引用し、「エボラかよ」「若者はコロナ感染して免疫つけた方が安全」などという事実に基づかないコメントをまとめている。
過度な不安を煽るこの記事は、Twitter上で拡散。2000以上リツイート、3000いいねを集めているものもある。
記事は多くの不安の連鎖を招き、中にはワクチン担当となった河野太郎行革相に対して「こちら確認とれてますでしょうか?」などとリプライしているユーザーも見受けられる。
しかし、これは「虚偽」の情報だ。
まず、「あじあニュースチャンネル」が紹介した男性医師は、「エボラの症状」「全身から血が吹き出して」死亡したわけではない。その死因は「特発性血小板減少性紫斑病」(ITP)による脳出血だ。
そもそも、「エボラ」という言葉は引用元の中央日報の報道にも一切記載されていない。「全身から出血」という症状も同様だ。
「エボラ」は、掲示板「5ちゃんねる」に書き込まれたコメントであり、「あじあニュースチャンネル」がピックアップしたもの。さらに、「全身から出血」という症状についてはまとめられているコメントにも見当たらない。
また、現時点で、このITPによる男性医師の死亡と、ワクチン接種の因果関係は認められていない。
ファイザー社は米紙ニューヨークタイムズに対し、「積極的に調査」しているとしながら、「現時点でワクチンと因果関係があるとは考えられない」とする声明を発表。
「臨床試験やこれまでの調査では、こうした症状に関連する兆候は確認されていない」とも述べている。
ある男性医師の死とは
男性産科医はアメリカ・フロリダに暮らしていた56歳。妻がFacebookにその死を公開したことからメディアが取り上げ、全世界に広がった。
書き込みによると、「非常に健康」だったが、ファイザー社製の新型コロナウイルスワクチンの接種3日後に、「特発性血小板減少性紫斑病」(ITP)を発症。16日後、脳出血で死亡した。
難病情報センターなどによると、男性医師が発症したITPは血小板が少なくなり、出血しやすくなる病気。日本でも年間3000人ほどが発症する指定難病だ。
大前提として、このITPは、致死率が平均50%程度と極めて高いエボラ出血熱とはまったく異なる。治療法が確立されており、死亡することは非常にまれな病気だ。
手足のあざ、鼻血などがみられ、重症の場合は脳出血が起こることもある。
子どもの場合はほとんどが治療なしで半年以内に治るが、成人の場合は慢性化し、定期的な受診を必要とすることが多い。成人例は再発しやすいのも特徴で、難病指定されている理由のひとつだ。
専門家の見方は?

日本でITP患者の治療に当たり、患者コミュニティの代表なども務める埼玉医科大学の宮川義隆医師によると、大人の多くは原因が特定できないことが多いが、子どものITPの一部はウイルス感染症やワクチン接種後の発症が知られているという。
日本で現在接種されているインフルエンザや麻疹・風疹ワクチン、肺炎球菌ワクチンなどの添付文書には、まれな「副反応」としてITPが記されている。
一方で、ファイザーの副反応は「接種部位の痛みや、頭痛・倦怠感・筋肉痛」などとされ、ごく稀にアナフィラキシー症状が出ることもわかっているが、海外で緊急使用が認められている現状では、「ITP」については明記されていない(2月1日現在)。宮川医師はこう語る。
「フロリダの医師のケースはワクチン接種後に亡くなり、重大な『有害事象』にあたります。数百万回と打たれているファイザー社製のワクチンで起きた、世界でひとつの事例ですが、米国FDA(食品医薬品局)とファイザー社が調査中であり、データが公表されていないため、因果関係についてはっきりしたことは言えません」
有害事象とは、薬物を投与された後に患者に生じたあらゆる好ましくない症状のこと。ワクチン接種とそうした事象の因果関係が証明されている「副反応」も含まれるが、因果関係の明らかでないもの、不明なもの、別の原因によるものすべてが対象となる。
つまり、投与による体調不良や疾患だけではなく、別の原因による病気や、極端な例で言えば交通事故にあったり、雷に打たれたりしたケースも入りうる。宮川医師は続ける。
「ITPが今後FDAなどの調査により『副反応』と認められた場合は、添付文書に明記されることになります。ただし、ほかのワクチンの添付文書に記載されているように、ワクチン接種によるITP発症は非常にまれです。」
「たとえば、MMRワクチンでは、2003年の古い論文ですが、2万5000件中1件と報告されています。また、発症したとしても治療法が確立されていることから、ITPによって死亡する確率も1%以下と非常にまれだと言えます」
なお、ワクチン接種ではなく、新型コロナの感染後、ITPを発症した例もあるという。2020年の英国血液学会誌に報告された論文では、53~79歳の男女14人の事例が報告された。全員の治療が成功しており、死亡例はなかった。
コロナのリスク>ITPのリスク

亡くなったフロリダの男性医師のようなITP発症による死亡という「有害事象」は、コロナワクチンの接種を控えるべきほどのリスクになりうるのか?
米国血液学会や、世界最大のITP患者コミュニティで宮川医師も日本支部の代表を務める団体「血小板疾患支援協会」(PDSA)はいずれも、「接種控え」に対しては否定的な見解を示している。
その理由は、新型コロナに感染するリスクの方が、ワクチン接種によるITPに関するリスクよりも大きいからだ。
たとえば、米国血液学会はサイト上で「ファイザー社製のワクチン接種から3日後に重度の急性ITPを発症した」とする、男性医師のものとみられるケースに言及。「非常にまれか無関係の偶然」として、接種を控えるべきではないとの以下のような見解を示している。
「ワクチン臨床試験のすべての段階および、これまでにワクチン接種を受けた個人から入手可能な最良の知見は、コロナワクチン接種後のITPが非常にまれであるか、無関係の偶然の出来事であることを示唆しています」
「ITPの発症または悪化は、ウイルス感染やほかのワクチン接種事例においても、ある程度の頻度で報告されています。現在の知見に基づいて、新型コロナ感染症に関連するリスクは、ITP患者のコロナワクチン接種に関連するリスクを上回っているようです」
また、ITPなどの患者を支援する米国「血小板疾患支援協会」(PDSA)も1月24日、男性医師の死亡について「悲劇的」としながら、「ワクチン接種との関係は不確か」として、以下のような声明を発表した。
「これは、500万回をはるかに超えるワクチン接種後に報告されたできごとです。予防接種を受けた個人の数が非常に多いことを考えると、予防接種直後に新たなITPの症例が偶然確認されるということは、驚くべきことではありません」
「入手可能なすべてのデータに基づくと、(同協会の)医療諮問委員会は現時点で、リスクに対する利益の大きさが、既存のITP患者を含むすべての成人のワクチン接種を強く支持するものになると考えています」
宮川医師も、こうした見解には同意見だ。
「今回の報道で不安に感じた患者さんから問い合わせをいただくケースもありますが、丁寧に説明して『接種を受けて良い』と伝えています」
では、ワクチンの効果は?

新型コロナワクチンをめぐっては、不安を煽ったり、その有効性を否定したり、副反応ばかりを強調したりする報道や、ネット上の陰謀論などが相次いで拡散されている。
しかし、前述の通り、新型コロナワクチンは発症予防効果があることが研究で示されている。ファイザー社、モデルナ社製のものでは95%程度の、アストラゼネカ社製のものでも70〜90%程度と確認されている。
動物実験の結果などを踏まえると感染予防効果があると考えられており、また、感染した場合に重症化を防ぐ役割もある。
副反応についてはどうか。身体に異物を入れる以上、副反応がないワクチンは存在しない。日本に供給予定のワクチンについても、厚生労働省は「接種部位の痛みや、頭痛・倦怠感・筋肉痛等」が報告されている、としている。
また、重篤なアレルギー反応「アナフィラキシー」についても、やはり起こりうる。しかしその確率は極めて低く、適切な治療を受け回復している。
米疾病対策予防センター(CDC)によると、ファイザー社製ワクチン189万3360回の接種でアナフィラキシーがあったのは21例。10万回に1回、確率にすると、0.0011%だ。
多くがアレルギー反応などの既往歴があった。アナフィラキシー治療の注射薬「エピぺン」の使用を受けた人もおり、その後の経過が追跡できた20人は、全員が回復した。エピペンは、日本でも接種会場に備えられる予定だ。
また、同じくCDCによると、モデルナ社製のワクチンでも、404万1396回の接種でアナフィラキシーがあったのは10例。100万回で2.5回、確率は0.0002%とさらに低くなる。9例にアレルギー反応などの既往歴があり、死亡例はやはり、確認されていない。
米国国立研究機関博士研究員でウイルス学、免疫学を専門とし、1月23日にモデルナのワクチンを接種した峰宗太郎医師はBuzzFeed Newsの取材にこう語っている。
「今回の新型コロナウイルスのワクチンにおいて、先行する2つのmRNAワクチン(ファイザー社、モデルナ社製)では、発症予防効果は明確に確認されています。重症化予防効果も臨床試験の結果を踏まえると『ある』といえるでしょう」
「どこからどこまでの範囲に収まれば『安全』と評価できるのか、その線引きは難しいところですが、ここまでに明らかになっていることを踏まえれば、このワクチンは安全であると言って問題ないと考えています」
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- 虚偽 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがあり、事実でないと知りながら伝えた疑いが濃厚である。
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- 検証対象外 意見や主観的な認識・評価に関することであり、真偽を証明・解明できる事柄ではない。