在日コリアンが集住する京都・ウトロ地区や、名古屋市の韓国学校などで連続放火事件を起こしたとして、非現住建造物等放火などの罪で問われている無職有本匠吾被告(22)の初公判が5月16日、京都地裁(増田啓祐裁判長)であった。
被告は起訴事実を認めた。放火したことは検察側の主張通り認め、裁判では争わないという意味だ。検察側は冒頭陳述で、被告が韓国に対して「悪感情」を覚えていたことには触れたが、「差別」という言葉には踏み込まなかった。
被告はBuzzFeed Newsなどの取材に、ネットに流れるデマなどの影響を受けて在日コリアンに嫌悪感を持つことを認めている。今回の事件は「ヘイトクライム」といえる。
その差別的動機がどう形成されたのか。背景がどこまで明らかになるかが、今後の裁判の注目点だ。

この日、京都地裁前には、傍聴を希望する人たちと報道陣が多く集まった。傍聴券は抽選となり、事件の注目の大きさを物語っていた。
被告は、黒いスーツ姿。髪が肩にかかるくらいの長髪で、入廷時には傍聴席、検察官、裁判官に一礼をしたが、傍聴人や報道陣と目を合わせることはなかった。
裁判長からの質問には淡々と答え、「事実として認めさせていただきます。間違いございません」と起訴事実を認めた。
検察側の冒頭陳述では、被告が韓国に「悪感情」を抱いていたとされ、失職などの「憂さ晴らし」のために社会に注目を集める犯行を思いついたと指摘。
愛知の民団や韓国学校、奈良の民団支部を狙った火災がどれも大きく報道で取り上げられず、「物足りなさ」を感じていたとした。
その後、甲子園で京都の代表校の韓国語の校歌が流れたというニュースを見たことに加え、ウトロ地区で「祈念館」の建設が進んでいたことも知っていたことから、倉庫にある展示物を狙って社会から注目を集めることができると考えた、としている。
証拠調べ手続きでは、被告の供述調書の抜粋も読み上げられた。
放火事件を起こした理由については、「孤独感や劣等感、焦燥感のもやもやがあり、スリルを味わえると思って放火を選んだ」「仕事も経済的にも不安定で、友人家族とも疎遠で守るべきもなく、自暴自棄になっていた」などという言葉があげられていた。
また、ウトロ地区での放火事件が報道が取り上げられたことを知った被告が、友人にネットニュースの記事を送ったり、SNSにアップしたことも明らかになった。
友人に対してはLINEで「ド派手なテロファイヤーが起きてはりますわ」と送信していたという。
地権者「不法占拠は間違った情報」
被告は動機面について、BuzzFeed Newsの接見取材などに対し、ネット情報などからウトロ地区が「不法占拠」され、住民たちが「在日特権」などの優遇を受けていると感じ、自らの境遇と比べて不平等感を覚えていたとも語っていた。
ウトロ地区はそもそも、は第二次世界大戦中、軍の飛行場建設に携わった朝鮮人労働者の「飯場」が元になって形成された場所だ。飛行場の建設は終戦を機に中断し、放棄された。
その後、土地問題が浮上したが、韓国政府や寄付を受けた住民側が買い取ることで決着していた。
犯行当時、市営住宅と、寄付による祈念館の建設が進んでいたが、被告はネット上に根深く拡散している「デマ」を信じていたことになる。初公判ではこの「不法占拠」という主張についても触れられていた。
検察側が明かした地権者である「西日本殖産」の供述調書では、「住民たちは了解のもと居住しており、不法占拠に当たらない。犯人は間違った情報を元にして事件を起こした」と明言。被告の主張は、当事者により真っ向から否定されたということになる。
また、このほか、地区関係者の「ただの放火事件ではない。差別的背景を認め、厳重に処罰してほしい」という声や、焼け出され、家を失った住民の「何もかも失った」「思い出が詰まった家が燃えてしまった。償ってほしい」などという供述も読み上げられた。
こうした被害の状況が読み上げられるさなかも、被告は検察官から目を離すことなく、終始淡々と言葉を聞いていた。退廷時は入廷時と同様、傍聴席に目を向けることはなかった。
「悪感情」という言葉への違和感

被告は取材に対し、在日コリアンに嫌悪感を抱いていたことを認め、「(在日コリアンが)日本にいることに恐怖を感じるほどの事件を起こすのが効果的だった」などと述べている。
今回の事件は、特定の民族・ルーツを持つ人に対する嫌悪・憎悪感情をもとに、その排除を促そうとした「ヘイトクライム」であることは明白だ。
欧米では、こうした動機に基づく犯罪は通常よりも重い罪が科せられる国が増えているが、日本ではそうした法律が整備されていないため、裁判で「差別」を動機にした事件であるかが認定されるかが大きな焦点となる。
初公判では検察が冒頭陳述で動機の背景として「韓国に対する悪感情」という言葉を用いた一方、「差別」とは表現しなかった。これについてウトロ民間基金財団の郭辰雄理事長は、初公判後の記者会見で、こう語った。
「差別感情は、『悪感情』という言葉で表現できるものではありません。それに基づく犯罪は、特定の属性を持っている人を狙い、時間場所を問わずいつ起きても、何度繰り返されてもおかしくないんです」
「在日コリアンであるという属性を持って、いつ理不尽な被害を受けるかもわからないという現実を司法の場でどのように明らかにし、問い質し、きちんと向き合っていくのかが問われています。2度と差別を理由に人を傷つけるようなことが起きないように、きちんと向き合っていかなければならない」
弁護団長の豊福誠二弁護士は、検察側の姿勢を一定程度評価をしながら、動機としてしっかり差別が認められ、論告などに用いられることへの期待感を示した。
「人種差別に起因している犯罪は量刑を重くするのが国際的なスタンダードですが、人種差別撤廃条約に加盟しているにもかかわらず、日本では対応する事例がきちんと見当たらない」
「今回の連続放火では、何を狙っているかは一目瞭然。本人も動機を語っているので、きちんと事実認定をするとともに、人種差別という前提事実が認められた場合、量刑を重くする情状にしてもらいたい」
可視化された「ヘイトの増幅回路」

「ヘイトクライム」の側面とともに、この事件でもうひとつ注目されているのが、ネット上の差別的書き込みなどが被告に及ぼした影響だ。
被告はBuzzFeed Newsの接見取材などに対し、情報源がYahoo!ニュースのコメント欄(ヤフコメ)であると語っている。「ある意味、偏りのない日本人の反応を知ることができる場」であると捉えているからだとしている。
さらに、犯行については「日本のヤフコメ民にヒートアップした言動を取らせることで、問題をより深く浮き彫りにさせる目的もありました」とも述べていた。
弁護団によると、被告は犯行後にも、火災を報じるニュースの「ヤフコメ」に書き込みが多くあったことを確認し、注目を集めたと満足感を覚えていたという趣旨の供述をしていたという。
実際、事件をめぐるコメント欄には、事件を賛美したり、擁護したり、憎悪を煽ったりするものがついたことで批判の対象となった。被告が望んでいた通りの状況になり、さらにそれによって目的を達成したと感じていた、ということだ。
かねて問題視されていた「ヤフコメ」における差別的書き込みや誤情報が被告に大きな影響を及ぼした。その被告の起こした事件を報じる記事にコメントがつき、ネット上で差別意識が再生産されるーー。
この事件が可視化したのは、こうした「ヘイトの増幅回路」だと言えるだろう。
この点について、会見に同席した龍谷大の金尚均教授(刑法)が「今回の事件は、フェイクニュースがヘイトスピーチにつながり、ヘイトクライムにつながった事案」と指摘。
弁護団の上瀧浩子弁護士は「悪感情という表現で包摂されない差別的動機がどのような背景で形成されていたのか、ネットで情報を得たということも含め、明らかになればいいと思っています」と話した。
第2回公判は6月7日。被告人質問などが行われる予定だ。
放火事件に関する動画はこちらから。
22歳の男はなぜ、火を放ったのかーー。 在日コリアンが暮らす京都・ウトロ地区で起きた放火事件の裁判が、きょう始まります。 差別や憎悪感情をもとにした「ヘイトクライム」と非難されている、この事件。 「ヤフコメ」の反応を期待して犯行に及んだという被告は、法廷で何を語るのでしょうか。