世界三大映画祭のひとつであるカンヌ国際映画祭で、『万引き家族』で最高賞のパルムドールを受賞した是枝裕和監督。
その受賞への祝賀を巡り、ネット上で起きているある議論に対し、ブログで自らの思いを綴った。
巻き起こっていた議論とは、安倍晋三首相の「祝福」をめぐる問題だ。
受賞後、安倍首相が是枝監督の受賞に対してコメントを出したり、祝賀を送ったりしていないのは、「安倍政治を強く批判していることが原因」などといった議論が巻き起こり、Twitterなどで拡散したのだ。
「カンヌ受賞の是枝裕和監督を祝福しない安倍首相を、フランスの保守系有力紙が痛烈に批判」(ハーバー・ビジネス・オンライン)という記事も配信され、計測ツールBuzzSumoによると、2万近くシェアされている。
この記事内容を立憲民主党の神本美恵子議員が国会で取り上げ、林芳正文科大臣が「文部科学省に招いて祝福したい」との意向を示すまでに事態は発展した。
批判的に取り上げるまとめサイトも
一方、こうした言説に対抗するかのように、是枝氏への批判も巻き起こった。
万引き家族のタイトルを引き、「日本人のイメージを作られるのは嫌です」(高須克弥氏)というような言説が多く拡散。
さらに、韓国・中央日報が報じた是枝氏の発言を引用し、以下のような見出しで拡散するようなサイトも現れたのだ。
「【万引き家族】カンヌ国際映画祭パルムドール受賞の是枝監督が、安倍政権を批判「アジア近隣諸国に申し訳ない気持ちだ。同じ政権がずっと執権することによって私たちは多くの希望を失っている」韓国・中央日報で語る」(保守速報)
映画『万引き家族』 是枝裕和監督インタビュー「日本が歴史を認めない根っこには家族崩壊がある。アジア近隣諸国に申し訳ない。日本もドイツのように謝らなければならない」~ネットの反応「ドイツのように? コイツ無知なの?」「何でそんな嘘つくの?」(アノニマスポスト)
なお、中央日報の報道内容について、本人は「謝罪」については「明らかにその翻訳のプロセスで後から加わったもの」と指摘し、政権批判についても「やけに単純化されたもの」と言及している。
是枝監督の「宣言」とは
こうした状況に対して、是枝氏は6月7日に【『祝意』に関して】とのタイトルでブログを更新。
「受賞直後からいくつかの団体や自治体から今回の受賞を顕彰したい」との問い合わせがあるとしながら、「有り難いのですが現在まで全てお断り」していることを明らかにし、こう綴ったのだ。
このことを巡る左右両派!のバトルは終わりにして頂きたい。映画そのものについての賛否は是非継続して下さい。
その理由として是枝氏があげたのが、カンヌ受賞を受けて記した6月5日のブログ【「invisible」という言葉を巡って】におけるこの「宣言」だった。
僕は人々が「国家」とか「国益」という「大きな物語」に回収されていく状況の中で映画監督ができるのは、その「大きな物語」(右であれ左であれ)に対峙し、その物語を相対化する多様な「小さな物語」を発信し続けることであり、それが結果的にその国の文化を豊かにするのだと考えて来たし、そのスタンスはこれからも変わらないだろうことはここに改めて宣言しておこうと思う。
国家のイデオロギーなどによって社会全体で共有され、ひとつの集合体にされていく「大きな物語」ではなく。
そうした社会で生きる多くの人たち、さらにはこぼれ落ちそうになってしまっている人たちによる「小さな物語」を伝え続けることこそが、自身のできることであり、スタンスであるという宣言だ。
平時においても「距離を保つ」
是枝氏は7日のブログで改めてこの「宣言」に触れながら、「意味や価値を否定するものでは全くありません」としつつ、祝意を断る理由をこう説明した。
映画がかつて、「国益」や「国策」と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような「平時」においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています。
そのうえで、「今回の『万引き家族』は文化庁の助成金を頂いております」として謝意を示し、こうも指摘している。
映画製作の「現場を鼓舞する」方法はこのような「祝意」以外の形で野党のみなさんも一緒にご検討頂ければ幸いです
この国を覆っている「何か」
是枝監督はこれまでも、家族のあり方や、社会と人のつながりを浮かび上がらせる「小さな物語」を繊細なタッチで描いてきた。
今回の『万引き家族』は、東京の下町に暮らしながら万引きで生計を立てる5人の生きようから、「つながり」や「絆」の意味を問いかけた。
そうした内容そのものではなく巻き起こった、ネット上の議論。是枝氏は5日のブログで、こんなことも述べている。
この作品と監督である僕を現政権(とそれを支持している人々)の提示している価値観との距離で否定しようとしたり、逆に擁護しようとしたりする状況というのは、映画だけでなく、この国を覆っている「何か」を可視化するのには多少なりとも役立ったのではないかと皮肉ではなく思っている。
映画は6月8日から公開される。この国を覆う「何か」をさらに深化させる議論は、果たして広がっていくのだろうか。
BuzzFeed Newsでは【「対立している人、隔てられている世界を映画が繋ぐ」是枝監督がカンヌで伝えたこと】という記事も掲載しています。