町のケーキ屋さんから送られた誹謗中傷。ネット上で「サンドバッグ」にされた女性が“匿名“で戦う理由【2022年上半期回顧】

    「SEALDs」元メンバーの女性2人が、ネット上で受けた大量の誹謗中傷。裁判では、東京高裁が投稿者のに慰謝料など約240万円の支払いを命じたが、裁判は続いている。匿名で戦う原告のひとりに、その心境を聞いた。【2022年上半期回顧】

    2022年上半期にBuzzFeed Newsで反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:5月5日)


    女性はなぜ、ネット上の誹謗中傷を相手に「匿名」で戦い続けているのかーー。

    学生ら若者が中心に市民運動を展開した「SEALDs」の元メンバーの女性2人が、Twitterなどで誹謗中傷されたとして投稿者の女性に起こした裁判。東京高裁は慰謝料など約240万円の支払いを命じる判決を下した。

    この投稿者は、膨大な攻撃の氷山の一角にすぎない。送り付けられた大量の暴力的、性的なメッセージ。「顔のない」人々からのものが大半だったが、なかには「実名」のものもあった。

    受けた傷の大きさ、そして「デジタルタトゥー」への恐怖……。原告の1人は、いま匿名を貫いている。誹謗中傷をめぐる法改正などの議論が進むなか、その思いを聞いた。

    (注:問題の実相を伝えるため、この記事には実際の誹謗中傷の文言が含まれます。閲覧にご注意ください)

    「インターネット上で誹謗中傷をする人は、あなたの身近にいる人かもしれない。あなたかもしれない。『普通の人』が加害者になってしまうことがあるんだということを、本当に知っていてほしい」

    そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、原告のひとりの女性だ。

    2015年に国会で成立した安全保障関連法に反対する「SEALDs」に参加し、国会前デモで名前と顔を出してスピーチをしたことをきっかけに、ネット上で大量の誹謗中傷を受けることになった。

    掲示板やブログなどに書き込みする人。さまざまなSNSでリプライやDMを送ってくる人。誹謗中傷の手段は多岐にわたった。朝起きると数十件、数百件と、大量に送り付けられることもあった。

    「声をあげた内容に対する批判ではなくて、声をあげたこと、目立っているから叩いてやろうという人がほとんどだった。いじめの構図そのものですよね。私が女性だったからやられたことも少なくなかったと思います」

    「死ねブス」「工作員」などという中傷や、事実無根の内容。「何も分かってないくせに」「お花畑」などと、嘲笑、冷笑を混ぜながら質問攻めにしてくるような人も多かった。「グロ画像」を大量に送りつける人もいた。

    さらに、「やらせろ」「レイプしたい」などという性的、暴力的なメッセージもあったという。顔写真を勝手に使われて、裸の写真と合成されたコラージュなどを流されたこともある。画像は、ネット上に消えずに残されている。

    当時は、笑って流していた部分もあった。スクショを晒して、反撃を試みることもあった。正面からダメージを受け止めないようにするための術でもあったのかもしれないと、いまは思う。

    「投稿を見るたびに、体の芯が冷たくなるような感覚がありました。自覚をしていなかったけれど、相当なストレスを感じていたんじゃないかな。じわじわと、心を削られていたのかなって……」

    普通の顔をした人たちが…

    ほとんどが匿名だったが、誹謗中傷のなかには「実名」のものもあった(写真上)。

    「お前かわいくねえから」「頭悪い癖に」。罵詈雑言を送りつけてくる男性のプロフィールを見てみると、いわゆる「町のケーキ屋さん」のパティシエだった。背筋が凍った。

    「表のタイムラインではケーキの写真なんかを投稿しているのに、その裏で私にこんなメッセージを送ってくるんだ、と……。普段は普通の顔をして社会生活を送っている人が、見えないところで『こいつは懲らしめていい』と思った相手には容赦なく誹謗中傷をぶつけるという豹変ぶりが、本当に怖かった」

    「『凡庸の悪』ではないですけれど、誹謗中傷している人は特別な異常者ではなく、普通の人で、でも会ったことがない人なんだと。いま隣に座ってる人かもしれない。そばに立っている人かもしれない……。いつからか、そんな恐怖感がずっと続くようになって、電車に乗っているのも怖くなって、動悸を覚えてしまうようにもなりました」

    自分の名前で予約したレストランに、ネットで書き込んでいる誰かがいるのではないか。顔を知っている人が、この電車にいるのではないかーー。

    誹謗中傷をしている人が「普通」であるという恐怖を覚えてからは、「常に誰かと見られている」感覚が、日常生活で抜けなくなった。

    気づかないうちに、心は疲弊していた。女性はその後、パニック障害との診断を受けた。

    重すぎる被害者への負担

    弁護士からの助力もあり、ともに活動を続け、やはり同様の被害に遭ってきた福田和香子さんと2人で訴訟を起こすことを決めた。

    書き込みから6年を経て起こした裁判では、「報酬をもらっている」「売春婦と自称している」などとツイートした女性の姿を目にした。その目をじっと見つめたが、相手がこちらを見ることは、なかった。

    「あんなに書き込みを続けて、多くの人を誤解させたのはどんな人だろうと思っていたら、拍子抜けするくらい普通の女性で。裁判長の問いかけにも、丁寧に答えているんです。でも、私の目は絶対に見ず、うつむいていましたね」

    一審判決では、投稿者に慰謝料など約100万円の支払いを命じたが、双方ともに不服として控訴。

    投稿者に慰謝料など約240万円の支払いを命じる東京高裁の判決が出たが、被告側が最高裁に上告したため、裁判は続いている。

    裁判を通じて気がついたこともある。それは、誹謗中傷の被害者に大きな負担を強いる仕組みになっている、という実態だ。

    ただでさえ被害で疲弊しているなかで、自分に対する投稿をスクショしたり、見直したりする作業もある。

    書き込み元の開示や、訴訟のための費用、さらに時間も多くを要する。そして何より、加害者に自分を晒さなくてはいけない。

    「やってる最中、具合が悪くなるくらいにきつい作業でした。ダメージを受けているから裁判を起こしているのに、なんで被害を受けて、さらにこんなことしなきゃいけないんだろうって……」

    「デジタルタトゥー」の恐ろしさ

    女性は今回、匿名で裁判に臨んでいる。もうひとりの福田さんとは異なり、会見などでも前に立つことはない。いったい、なぜなのか。

    「オフラインの知り合いに書き込みを見たと言われたことがあったんです。いまってみんな、名前を検索するじゃないですか。もうそういうふうになるのは嫌で。ようやく過去の誹謗中傷や書き込みの検索順位が下がっているのに、また名前を出してそれがあがってきたらどうしようかって不安で……」

    「裁判では投稿がデマだったことが認められたので、実名で打ち消せるかもしれない。でも、そんな都合良くはなってくれないですよね。また拡散され始めたら、付随する情報も芋づる式に掘り起こされて、もう風化されつつあったものが、新しく知り合った人とかにも見られたりするかもしれない」

    インターネット上に情報が残り続ける「デジタルタトゥー」。その不安に苛まれる状態は、投稿者から損害賠償を払ってもらって消えるものではない。叶うのならば、すべての関連する書き込みをなくしたいが、それが難しいことは、わかっている。

    「本当なら、全部の書き込みに開示請求をかけて裁判を起こしたいですよ。でも、お金的にも、時間的にも、そして精神的にも不可能。やっぱり、悔しいですね。被害者にとってはハードルが本当に、高すぎます」

    誰かが石を投げつけているから、一緒になって石を投げつける人はたくさんいる。誹謗中傷の恐ろしさは、そこにもある。

    そして何より、自分が、そして親しい誰かが被害者だけではなく、気軽に「加害者」になってしまう恐ろしさを、女性は痛感している。

    同じような被害が生まれてほしくないからこそ、制度や法整備が進むことを願うとともに、多くの人にその「恐ろしさ」を伝えたいと感じている。だからこそ、今回も匿名で取材に応じてくれたという。女性はこう、言葉に力をこめた。

    「加害者から見ると適当に流れに乗っかって書いたひとつの書き込みかもしれないし、みんなもう忘れていると思うんです。でも、被害者にとってはそれが大量で、サンドバッグみたいになるんです。私たちはずっとそれを心に背負って生きていかなきゃいけない」

    「言葉は人を殺すかもしれない。リアルな知り合いに対しては優しくても、遠くの人間に刃を向けられる人がいる。遠くで起きていることじゃなくて、SNSにアカウントを持って投稿することができる時点で、全員加害者になる可能性があるということを、心に置いておいてほしいと思っています」