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沖縄2紙を「日本人として恥」と批判した産経新聞の記事削除 問題がはらむ危険性とは

改めて経緯を振り返る。

産経新聞が2月8日、「沖縄の交通事故で米兵が日本人を救出し、後続車にはねられた」という自社の報道ついて、「日本人を救助した」事実が確認できなかったとして、お詫びしたうえで記事を削除した。

当初、産経新聞はこの「事実」を報じていない沖縄の地元2紙が「日本人として恥だ」と批判。一方、地元紙の琉球新報は独自の検証記事で、米軍も沖縄県警も「救助」を否定しており、産経新聞が県警に取材をしていなかったと反論していた。

日本ではまだ普及が進んでいない「ファクトチェック」の一例となった今回の問題。専門家は「フェイクニュース」が人々の分断を産むとを懸念する。

まず、経緯を振り返る

そもそも事の発端は、産経新聞が12月9日に配信した以下のような記事だ。

《【沖縄2紙が報じないニュース】 危険顧みず日本人救出し意識不明の米海兵隊員 元米軍属判決の陰で勇敢な行動スルー》

2017年12月1日に沖縄市で起きた多重事故で、在沖縄米海兵隊の男性曹長が、「クラッシュした車から日本人を救助した在沖縄の米海兵隊曹長が不運にも後続車にはねられ、意識不明の重体となった」との内容だ。

記事では、沖縄の地元紙をこう批判している。

「米軍=悪」なる思想に凝り固まる沖縄メディアは冷淡を決め込み、その真実に触れようとはしないようだ。

この記事はネット上で拡散。様々な「まとめサイト」なども相次いで引用した。

さらに、地元では回復を祈った寄せ書きイベントが開かれ、佐喜真淳・宜野湾市長も参加している。

産経新聞はこのイベントを報じた記事「あきらめないで…」沖縄・佐喜真淳宜野湾市長も日本人救助後重体となった米海兵隊員に感謝のメッセージで沖縄県の翁長雄志知事を以下のように批判的に報じている。

トルヒーヨさんの勇敢な行動に対して全県民を代表する翁長雄志知事が沈黙に徹するなか、沖縄県内の首長でこうした形でメッセージを贈るのは佐喜真市長が初めて。

なお、2月8日午後4時半現在、この記事は削除されていない。

自衛隊も「救助」に言及

この問題は自衛隊にも波及した。

陸上自衛隊第15旅団も12月21日、Facebookで「自分の事を犠牲にしてでも、日本国民を助け出すという勇敢な行動に、私達は心から敬意を表します」と言及。

米海兵隊に折り鶴を贈呈している様子の写真がアップされている(記事は2月2日に修正)。

そのほか、八重山日報(石垣市の地元紙)や防衛ホーム新聞(防衛省、自衛隊員向けの新聞)などもこの件を引用するなど、情報は拡散した。

一方、批判された琉球新報は1月独自に検証記事産経報道「米兵が救助」米軍が否定 昨年12月沖縄自動車道多重事故を掲載。

米海兵隊と県警が救助を否定しているとして、産経新聞が沖縄県警に取材しないまま、「誤った情報に基づいて沖縄メディアを批判した可能性が高い」と批判した。

産経新聞が自社内で記事を再検証をしたのは、この記事を受けてからだった。

そして2月8日、「記事は取材が不十分」だったとして、以下のようにお詫びし、該当記事を削除したのだった。

記事中、琉球新報、沖縄タイムスの報道姿勢に対する批判に行き過ぎた表現がありました。両社と読者の皆さまにおわびします。

批判する側にも「フェイク」が

政治家や著名人、メディア報道などのファクトチェックを推進するNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」事務局長で弁護士の楊井人文さんは、2月8日に都内で開かれた会見で、一連の問題についてこう言及した。

「産経新聞が十分な取材をせず、不確実な情報のまま沖縄の新聞を『日本の恥だ』と強く批判したことは、非難に値することです」

「産経新聞の沖縄をめぐる報道はネット上で批判されました。当然といえば当然です。しかしこの時、産経新聞に対する事実に基づかない批判が横行していたのです」

どういうことなのか。

「根拠に基づかず、産経新聞が全く何も取材せずに報道したという情報が流されていたのです。多くは、『米軍にも取材も何もせずにデタラメを書いた』『何も取材せずに捏造していた』というものでした」

「しかし実際は、産経新聞は海兵隊に取材をしている。海兵隊も当初は『日本人を救助した』というツイートを流していて、米メディアも報道していたのです」

懸念される分断

実際、産経新聞の検証でも楊井さんの指摘と同様のことが記されている。

本紙那覇支局長は「トルヒーヨ氏の勇敢な行動がネット上で称賛されている」との情報を入手。救助を伝えるトルヒーヨ夫人のフェイスブックや米NBCテレビの報道を確認した上で米海兵隊に取材した。この際、沖縄県警には取材しなかった。

米海兵隊第3海兵遠征軍からは12月6日に「別の運転手が助けを必要としているときに救ったトルヒーヨ曹長の行動は、われわれ海兵隊の価値を体現したものだ」との回答を得た。

産経新聞を「フェイクニュース」と批判する側も、「フェイク」を流してしまった、ということだ。

楊井さんは、この一連の現象が「フェイクニュースについて話す人たちが、ファクトチェックをしようとしていない」例だったと指摘。こう憂いた。

「私が危惧を覚えるのは、事実に基づかない発言や報道で、今回のように異なる立場の人たち同士が分断を広げていくことにあります。これが、いわゆるフェイクニュースの根本的な問題です」

「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)は、きちんと事実に基づいて議論できる社会を目指している。非常に難しい取り組みになるが、そういうことのできる仕組み作りをしていきたいと考えています」