日本で初めて、差別的言動に刑事罰を科す「ヘイト禁止条例」が川崎市にできてから、1年。
市内で続いた在日コリアンなど外国籍市民に対する差別的、排外的な言動を食い止めるのが狙いだったが、条例には「実効性が低い」との批判もつきまとう。
一方で、川崎市の条例を全国に広げようとする動きも生まれている。連載の「下」では、相模原における市民団体の動きと、右派団体による反発をお伝えする。
連載(上):大量の警察官、旭日旗、「帰れ」と叫ぶ人たち。騒然とする日曜日の駅前、いま川崎で起きていること
連載(中):「戦時中ではありませんので…」全国初の模索と限界。ヘイト禁止条例、市の見解は
(*この記事にはヘイトスピーチが含まれます。閲覧にご注意ください)

川崎市が様々な課題を抱えながら「ヘイト禁止条例」の運用に乗り出そうとするなか、同様の条例をほかの自治体にも広げていこう、という動きも始まっている。なかでも活発な動きを見せているのが、相模原市だ。
「川崎のように集住地区があるわけでないが、被害者が見えないだけ。ここにも、ヘイトスピーチの恐怖を感じている人がいるんです」
条例制定を後押しする反差別相模原市民ネットワークの田中俊策・事務局長は、BuzzFeed Newsの取材にそう語る。
相模原には川崎のような在日コリアンの集住地区は存在しない。しかし、ヘイトスピーチをめぐる問題は起きている。
たとえば、2016年に起きた障害者施設「津久井やまゆり園」での殺傷事件でも、「犯人は○○人」などとする差別的な書き込みがネット上に広がったこと。
また、2018年には「日本第一党」が相模原市内の公共施設で党首の桜井誠氏が「(ヘイトスピーチ禁止)条例と法律を作った人間を必ず木の上からぶら下げる」などと発言。翌年の統一地方選でも同党による選挙演説内でヘイトスピーチが繰り返された。
こうした動きを受け、相模原の本村賢太郎市長は就任直後の2019年6月の会見でこう語った。
「ヘイトスピーチは、人としての尊厳を傷付けるだけでなく、差別意識を助長し、人々に不安感や嫌悪感を与えることにつながりかねない。決して許してはいけない」
そのうえで、罰則規定のある川崎市の条例に触れ、「引けを取らないような厳しいものにしたい」とも述べた。ネットワークはこうした発言を受け、市長を「応援」しようと駅前での署名活動などを行っている。
「おびえて暮らしている人がいる」

前述の通り、相模原市に集住地区はない。しかし、この街には1万5000人以上の外国籍市民がいる。
ネットワークが市長に署名を一次提出した12月8日の会合には、市内に暮らす30代の在日コリアンの女性が同席。自らの被害をこう訴えた。
「いつも使っている駅前で、演説と銘打ったヘイトスピーチ、差別の言葉の羅列を聞いたことがありますが、多くの人たちが足を止め、時折拍手をしていたことにショックを受けました」
「そういう人たちが隣に住んでいたら怖いですし、育てている3人の子どもたちがそのような言葉を投げかけられて傷を負ってほしくないとも思います。直接浴びされた差別は心に深く刺さりますし、身体の傷と違って治りません」
女性は普段から差別をおそれ、3人の子どもたちに、町中で朝鮮語の「オンマ」ではなく「お母さん」と呼ぶように、できる限り日本語を使うようにと伝えているという。
「心苦しいことですが、そうやっておびえて暮らしている人がいる。本当であれば、もっと隠さないで、一緒に暮らしていきたいと思っています。ヘイトスピーチが日常的に繰り返されているわけでなかったとしても、予防的な側面を踏まえて、条例を制定していただきたい」
右派団体は「相模原阻止」を掲げ…

しかし、市長は最近になって条例制定に対し、後ろ向きとも捉えられる発言を繰り返している。
署名を受け取った日も、「ヘイトは決して許してはならないもの。皆さんと同じ思い。審議会の答申を受けてしっかり考えていきたい」などと語ったが、川崎と同様の「罰則規定」については、報道陣の質問にこう答えるのみだった。
「昨年には、ヘイトスピーチが町中で多く聞かれたが、今は日常的に起こっていない。原点に立ち返って考える必要がある」
こうした姿勢の裏側には、右派団体による強い反発があるとみられる。たとえば、「日本第一党」は市長の政治資金絡みの疑惑について、街頭演説で批判を繰り返している。
また、反対住民による団体も結成され、「日本人のみを差別する不公平なヘイトスピーチ条例に反対します」などと記されたビラ配りなどを行っている。
さらに11月末には、「決戦 相模原市!」「相模原市の阻止が条例の日本蔓延を防ぐ」「ヘイトスピーチ法案・条例が日本を分断させる」などと掲げた右派団体による講演会も東京都内で開かれた。
ネットワークの田中さんは「条例制定ができなければ、ヘイトスピーチを認めたことになってしまうのでは」と不安をこぼす。そのうえで、こうも語った。
「日本中どこでも、在日コリアンや外国人は暮らしていて、同じような被害がある。本当は国に動いてもらいたいけれど、いまはまだ、こうして自治体から声をあげていくしかない」
署名は来年1月20日まで続け、改めて市長に提出する方針だという。詳細は「Change.org」から。