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「自分に何が起きても…」ある日、突然ねらわれた。韓国籍の女性が語る恐怖、いま相模原で起きていること

ヘイトスピーチを規制する条例制定に向けた動きが進んでいる相模原市。在日コリアンなど外国籍市民に対する差別的な言動などを食い止めるのが大きな目的があるが、排外主義的な主張を繰り広げる政治団体が強く反発している。

相模原市で制定に向けた議論が進むヘイトスピーチの規制に関する条例をめぐり、市の審議会の委員になっている外国籍の女性が、差別的な誹謗中傷の対象となっている。

排外主義的な団体による街宣が市役所前などで繰り返されるなか、女性は何度となく名指しされた。事実とは異なる情報もたびたび流されており、日常生活が送れないほどに追い詰められている。

一方で、市側の情報発信や被害者の救済などの対応は鈍く、批判も寄せられている。いったい、何が起きているのか。

(注:問題の実相を伝えるため、この記事には差別的表現が含まれます)

「自分がヘイトスピーチの対象になるのは初めてでした。日常が変わってしまったようにも思います。人と会うのが大好きだったのに、待ち伏せでもされるのではないかと、外に出るのが怖くなってしまいました」

BuzzFeed Newsの取材にそう心情を吐露するのは、金愛蓮さん。相模原市に30年近く暮らす韓国籍の女性だ。

「いままで長く日本で暮らしているなかで、多くの理解者に囲まれて過ごしてきました。自分が個人攻撃の標的になるとは、思っていなかったんです」

金さんに何があったのか。まず状況を振り返る。

相模原市では今、「ヘイト禁止条例」(相模原市人権尊重のまちづくり条例)の制定に向けた動きが進んでいる。在日コリアンなど外国籍市民に対する差別的、排外的な言動を食い止めるのが大きな目的だ。

同様の条例制定の先駆けとなった川崎市に続こうと、本村賢太郎市長は就任直後の2019年、条例の必要性やその内容について、有識者や市民らでつくる「市人権施策審議会」に諮問をかけた。

審議会では、条例の必要性があるとの方向性で一致した。議論の焦点は、川崎市と同様に、刑事罰付きの罰則規定を設けるかどうかだ。

金さんは、この審議会で唯一の外国籍委員だ。

日本文学を「日本語で読んでみたい」と20代で来日した「ニューカマー」として、相模原の地に根を下ろして暮らしてきた。いまはボランティア組織「さがみはら国際交流ラウンジ運営機構」で外国人住民のサポートに尽力している。

いわば市に暮らす外国人住民の思いを代弁するような立場として、市から委嘱をうけ、議論に参加してきた。

政治団体の「ターゲット」に

この「ヘイト禁止条例」の制定をめぐっては、排外主義的な主張を繰り広げる政治団体「日本第一党」などが「言論思想統制」などと強く反発している。

条例案に反対する街宣活動をたびたび行い、市長の政治資金絡みの疑惑についても批判を繰り返している。こうした動きを受け、条例制定に向けた市長の動きは、当初よりもトーンダウンしているとも指摘されている。

そんな政治団体が、さらなる「ターゲット」としたのが、金さんだった。

2021年11月ごろから市役所や駅などで、条例案を否定するだけではなく、審議のあり方そのものを差別的な言葉を使って批判する街宣を繰り返した。

「日本語がたどたどしかった。(審議会に)外国人が参加しているのは問題」「外国籍がいるのはおかしい、本来だめ」……。「キンなんとかという女」と名指しにしたり、「ガイジン」という言葉を用いたりする場面もあった。

前述の通り、審議会は市の諮問を受け、意見をまとめて答申する立場だ。市側はその答申を受けたうえで条例案を作成し、市議会にはかる。議会での議論や採決を経て、条例が成立するーー。これが条例制定に向けた流れだ。

つまり、条例案を策定するのは市(自治体)で、条例案の修正の要否や、条例案そのものの可否を決めるのは、議会だ。審議会は条例を決める権限を持たない。

また、住民や有識者の意見を聞くために開かれる自治体の審議会に、外国籍の委員を委嘱してはならないという「国籍条項」も存在しない。市側も審議会側も「外国籍の人が委員になることに、何の問題もない」と一致している。

第一党が繰り返し発信している内容は、こうした前提を無視していると言える。

さらに街宣では、差別的な文言で個人を誹謗中傷をするだけではなく、審議会での発言を歪曲して伝えるような発言も出ている。

たとえば「外国人も税金を払っているんだから、日本国民と同じ権利をよこして」というような内容だ。金さんは以前の審議会で外国人の市民税の支払いについて触れているが、「同じ権利をよこせ」などという発言はしていない。

「変わってしまった」と感じることも

「じわじわと感覚が重くなっていくようだった」。金さんは報道などを通じて街宣内容を知った当時の心情を、そう振り返る。

「朝起きてカーテンを開けるときに、まず誰かいるかを見るようになってしまうんですね。視線を常に感じてしまい、以前のように自由に動けることが、できなくなってしまったんです」

誰かに狙われているのではないか、待ち伏せをされているのではないかーー。そんな恐怖が拭えなくなった。駅のホームでは後ろを気にするようになり、人目をひかないよう、変装も余儀なくされているという。

「駅のホームでも周りもいつも見るようになって……。怖くて、ネットも見ないようにしています。自分の身に何が起きてもおかしくないと思って、行動をしています」

これまでは多くの人と出会い、そして直接コミュニケーションをすることが大好きだった。そうした日々は奪われ、自分自身すらも変わってしまったと感じている。「攻撃を受ける前の生活に戻ることは、もうできないのかもしれません」

こうした状況について、金さんは市側にすぐ助けを求めた。しかし、反応は鈍かった。

市民団体も非難声明を求める要望書を提出したりし、審議会でも取り上げられたことで、市長が声明を発表したのは、年も明けた今年2月のことだ。市長は当時、新型コロナウイルス感染で療養中だったため、隠田展一副市長が以下の内容を市長定例会見で代読した。

市では、市政に関して様々なご意見をいただくため、審議会などの多くの附属機関を設置しており、その委員には、それぞれの知見を踏まえた活発なご議論をいただきたいと考えております。

そのため、委員がそれぞれ、自分の意見を述べるとともに、諮問内容についてしっかりと審議していただける環境を作ることが私の役目と考えております。

とりわけ、委員個人が責められることが決してあってはならないと考えております。

どう攻撃されたのか具体的な言及も、こうした発言を行う団体を直接、批判することも、差別を明確に否定することもなかった。市民への啓発と周知のメッセージも含まれていなかった。経緯を知らなければ、なぜこの時期に市長がこの声明を出したのかを理解するのも難しい。

ようやく出た声明の内容は、金さんにとって「残念」なものだったという。

金さんは「国籍の違う私がターゲットになったことを重く受け止め、何かが起こる前に、きちんと声明を出してほしい」と市側の担当者にメールを送った。「市長に伝えます」との言葉はあったが、その後も対応に変化はなかった。

変わらない市側の対応 

3月に開かれた審議会で、この問題が再び議論にあがった。金さんは、ここで市側が提出した資料に違和感を抱いたという。

第一党の発言と自分の元々の発言を比較する資料が作られ、配布されたからだ。自分の発言に問題があると責められているようにも感じた。

「性暴力の被害者に対して、『あなたがそんな服を着たからだよ』というのと同じであるように思いました。必要なのは、被害者の発言を確認することではなく、ヘイトスピーチをしている加害者を、きちんと非難することなのではないでしょうか」

審議会の参加者の多くからは市の対応を批判する意見も出ており、市長により強い対応やメッセージの発信を求めるようにまとまった。事務方はこの際も、「伝える」と答えている。

しかし、一般論に終始する市長の態度は、その後も変わっていない。3月末の会見でも先の声明の内容を繰り返しながら、「差別的言動は許されない」などと述べるにとどまっている。

もちろん、市側も第一党の発言をすべて容認しているわけではない。

同党は市側に「公権力の行使は日本国籍者が行うべき」などとする公開質問上を送付。市側は「審議会の委員は公権力の行使にあたる行為を行う職務にない」「国籍要件は設けていない」と明確に否定している。

しかし街宣と、金さんをターゲットにした団体側の言動は続いている。

こうした内容は動画としてネット上にアップロードされ、誰でも閲覧、拡散できる状態のままとなっており、支援者からは、より踏み込んだ対応を市側に求める声があがっている。

それでも「隠れない」理由

次回の審議会は、4月27日に予定されている。こうした事態に巻き込まれながらも、金さんは議論への参加と発言を続けるつもりだ。

なぜなのか。言葉に力を込め、その思いを教えてくれた。

「ヘイトスピーチを野放しに、放置してしまった先には、誰かの命を奪いかねない『ヘイトクライム』があると思っています。被害が出てから注目されるのでは遅いんです。その前の対策についての枠組みが大切であると、自分が当事者になることで、改めて感じました」

相模原市で条例が制定されることを機に、同様の取り組みが全国に広がっていくことを、金さんは願っている。

多くの人々が関心を持つことで国が重い腰をあげ、差別に関する法規制や被害者支援の枠組み、制度づくりに動いてほしいと考えているからだ。

「子どもたちの世代に、このようなヘイトスピーチの土壌は絶対に受け継いではいけない。少しずつ日本がひらけた、多様な社会に変わりつつあるいまだからこそ、そうした流れを止めるための力になりたいんです」

そんな金さんを後押しするよう、市長に対して対応を求める声をあげる団体も増えている。この問題を継続して伝える地元紙・神奈川新聞によると、すでに10にのぼっているという。

「1人は、とても怖いです。それでも、一緒に声をあげ、涙を流してくださる方達がたくさんいることに、この社会の希望を感じています。私は隠れることなく、逃げることなく、事実を伝えることで、こうした問題があることを広めていきたいと思っています」