愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」。
テロ予告などを理由に中止になった「表現の不自由展・その後」をめぐり、トリエンナーレに出展するアーティストたち35組(9月10日現在)が展示の再開を求め、「ReFreedom_Aichi」プロジェクトをはじめる。
閉鎖された不自由展会場の壁などを使った参加型のプロジェクトなどを実施するといい、資金はクラウドファウンディングで募っていく。
こうした動きが出るのは、一連の問題が起きてから初めてだ。いったい、彼ら彼女らはどういう思いを持っているのか。BuzzFeed News は、4人のメンバーを取材した。
まず、経緯を振り返る
そもそも、8月1日に開幕したあいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由 展・その後」は、全国各地で展示が中止になったり、展示に圧力を受けたりした 作品を集め、日本における表現の自由について問題提起するために企画されたもの。
なかでも第二次世界大戦中の慰安婦被害者を再現した「平和の少女像」や、昭和天皇の写真をコラージュした作品を燃やす映像に、抗議が殺到した。
展示内容については、大阪府知事の吉村洋文氏や大阪市長の松井一郎氏をはじめとする複数の政治家も、不快感を表明。
また、菅義偉官房長官が会見で文化庁の補助金について「精査したい」と言及し、共催している名古屋市の河村たかし市長が、愛知県の大村秀章知事に中止を要望した。
その後も抗議は拡大。8月2日朝には愛知県知事宛てに、「ガソリン携行缶をもってお邪魔します」というテロ予告のFAXが届いた。こうしたことから、「円滑・安全な運営の担保ができない」などの理由で、3日目で同展の中止が決定された。
「ReFreedom_Aichi」
その後、展示を中止に追いやった「テロ予告と脅迫」「政治家の介入」、そして中止の判断そのものに対し、参加する83のアーティストたちが抗議声明を発表。
海外アーティストらが中心となり、自らの作品の公開を一部中止したり、内容を改変したりする(たとえば、作品を不自由展をめぐる新聞記事で包み込むなど)という「展示ボイコット」の動きが広がった。
こうした流れを受け、日本人アーティストが中心となり始めたのが「ReFreedom_Aichi」だ。トリエンナーレに出展している計35組(9月10日現在)のアーティストが参加する。
現在閉鎖されている全ての展示の再開に向けアーティストが連携する目的があるが、それだけではない。ステートメントでは、観客と協働することで「知る権利と見る権利を取り戻す」と宣言した。
「クローズにされた展覧会の扉がもう一度開くということは、世界でも類を見ないこと。あいちトリエンナーレを検閲のシンボルから表現の自由のシンボルに置き換えることできる。アートシーンに残すインパクトは大きい」
そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、不自由展に参加しているアーティスト集団「Chim↑Pom」のメンバーで「ReFreedom_Aichi」メンバーの一人でもある卯城竜太さんだ。
「75年前の日本には言論の自由がありませんでした。当時は自分の考えや表現、自ら言葉で生きるということができず、ひとつの考え方を生き方として強要されていた。考えて、表現することの自由が、社会にとって一番必要なこと。だからこそ、その権利を取り戻さないといけないんです」
「また、今回の展示中止は我々アーティストではなく、観客の見る権利、知る権利が犯されていることが一番の問題だとも思っています。作品を見ない限りは、観客が自分でその作品について考えることもできない。ネット上に流れてくる表層的とも言えない、勘違いされた情報に左右されるだけになってしまいます」
プロジェクトの5つの柱とは
「Re Freedom Aichi」プロジェクトは、以下の3つの動きを柱にしている。
(1)ロードマップ
再開のための現実的なロードマップを作成し、県やトリエンナーレ、不自由展実行委員会と協議する。
現在はそれぞれのアーティストが多元的なアクションを起こしているが、これを再開を目指す現実的な取り組みへと集約する。
その「まとまり」を作ることによって、再開のための交渉の場にアーティストの窓口を設定し、アーティストと観客の声を交渉のテーブルに届ける。
(2)Y/Our Freedom プロジェクト
アーティスト、観客、SNSを通じた世界の人々の協働プロジェクト。展示を中止しているモニカ・メイヤーさんの作品「The Clothesline」を参照している。
「あなたは自由を奪われた/不自由を強いられたと感じたことはありますか?それはどのようなものでしたか」という問いに対する答えをそれぞれがポストイットに書き、トリエンナーレ会場で閉鎖されている展示の壁に貼ることで、「不自由を可視化」する。
また、「#Refreedom」のハッシュタグでも、「ジェンダーも国籍も年齢も」問わず、世界中から同じ体験を集める。
(3)アーティスト・コールセンター(仮)
不自由展が「電凸」(電話による大量の抗議)により中止となり、行政が主体となる展覧会の脆弱性が明らかになったことから、アーティスト自らが「コールセンター」を立ち上げる。
コールセンターや実際の「電凸」そのものを作品化することも視野に入れており、参加者を通じてセキュリティの課題を可視化し、クリエイティブなアイデアを出していくことで、今後のモデルケースを作り上げるねらいがある。
(4)オーディエンスとの対話
不自由展の中止後、一部のアーティストが名古屋市の円頓寺地区に自主的に設置した「サナトリウム」(療養所の意)を利用し、観客たちとの対話をはかる。
現場で何が起きているのかをオープンにするとともに、再開に向けたロードマップも公開し、議論をしていく。「検閲」や「ジェンダーバランス」をテーマにしたトークイベントも開催する。
(5)「あいち宣言」(プロトコル)
表現の自由を国内外にアピールすることを目的にした「あいち宣言(プロトコル、県が提案を予定)」について、アーティスト主導による草案を制作し、県へ提出する。
展示再開というショートタームの取り組みだけでなく、その後広く日本の美術館や行政、さまざまな機関で批准されるべきロングタームの理念と具体策を、外部からのアドバイザーや過去の「あいちトリエンナーレ」の関係者も招いて構築する。
「不自由の声」が扉を開ける
卯城さんは、なかでも一つ目の「Y/Our Freedom プロジェクト」に触れながら、こう語る。
「僕らが疑問を投げかけて、オーディエンスやSNSが『不自由』を書き出していく。美術館の扉や壁に貼り出されていくことで、その深刻さ、多さが可視化される。そして展示が再開し、その扉開くことができれば……それは、みなさんの『不自由』の声が、扉を開けたことになるんです」
一方、トリエンナーレに参加している現代アーティストの加藤翼さんは、自らが毒山凡太朗さんとともに設置した「サナトリウム」について、こう語る。
「サナトリウムは市民の人にとても近いところにあります。だからこそ、作家たちが理念的な問題と、現実的にクリアしない問題に取り組む内容を直接説明していくプラットフォームにもなる。そこで色々なことを明らかにしながら、オーディエンスの人たちにも、表現の自由や知る権利、見る権利について考えてもらいたい」
アーティストたちが集団をつくり、こうしたアクションを起こすことは、日本のアー トシーンでもあまり聞かれないことだ。いったい、彼ら彼女らをここまで動かすのは、どんな問題意識なのだろうか。
「表現の自由は民主主義の根源。言論の自由につながっていく概念です。いまの子どもたちが大人になったころの日本がどういう社会になっているかを左右する大きな分岐点だと我々は思っています」
自らも「表現の不自由展」に出展している映像作家の小泉明郎さんは、「ReFreedom_Aichi」プロジェクトについて、そう語る。
「30年後の日本」のために
5年前よりも今のほうが「公立美術館でできることが限られている。民間だってそれは同じ」と語る小泉さんは、「これはあいちトリエンナーレだけの問題ではない」と言葉に力を込める。
その理由には、特に「表現の自由」に制限をかけられてきた国からトリエンナーレに参加した、海外アーティストたちの思いがあるという。
「我々は肌感覚として表現の弾圧を知らない。しかし、投獄をされたり、展覧会の入り口にマシンガンで武装した警備を立たせないといけない国からアーティストたちは、身を以てそれを体験している」
「彼ら彼女らが展示をボイコットしたというのは、30年後の日本が自分たちが知っている弾圧のある国になってしまう可能性があるから。『いまここで戦っておかないと状況をひっくり返せないと、ズルズルと行ってしまいますよ』と、真剣に警告を出してくれているんです」
不自由展をめぐっては「政治的に偏っている」「プロパガンダだ」などという批判が、抗議する人たちから寄せられた。この点について、小泉さんはこう明確に否定する。
「アートはメッセージでも、プロパガンダでもありません。自分の中には右も左もある。国家主義的な自分もいれば、リベラルな自分がいるかもしれません。矛盾したものが混ざり合っているのが人間個人です。そうした混沌としたものに形を与えて表現した結晶こそが、作品です」
「作家が、政治性を抜いた無菌状態で中立的な普遍性を見せるのがアートではなく、個人が矛盾を表現し、シェアすることにアートの意味がある。なぜ作家がこの作品をつくったんだろうと考える一歩を踏み出すことで、政治立場を 超えた、より豊かで普遍的なコミュニケーションが可能になる。そのためにも、展示を再開す べきだと思っています」
「分断」を乗り越えるため
「作品を見ないで攻撃する、レッテルを貼る、すぐキャッチーなイメージを植えつけ、またそれに踊らされて攻撃する。これは『あいちトリエンナーレ』だけではなく、どこでも蔓延している 事態。SNS が、現代で起きている分断の原因のひとつではないでしょうか。ア ートはそういうのをある意味ストップさせるために、色々な見方を促す作用があると信じています」
加藤さんは、そう語る。一方で「Chim↑Pom」の卯城さんも同様だ。
「そうして作品を見て考えることができないまま、事実を履き違えた抗議を受け 展示がストップしているということは、社会として危機でもある。作品が嫌いだ、 という方たちがいるのは自由です」
「しかし、 それでその展示を止めても良いのかというと、話は違います。これは立場によって違う話ではない。それがまかり通ってしまったら、逆に今回展示を中止に追い込んだ方々の表現の自由だって、奪われても仕方がないという社会になってしまう......ということを考えてみてもらいたい」
「自分の中にですらある違いや矛盾を否定せず、受け入れながら、違いがある ことが、アートとして提示できること。『分断を生まない』ってポジティブすぎるキ ーワードかもしれないですが、アーティストはそれをやっているんです。自分の中にある真逆な要素をお互いに否定せず、同居させ、そうやって分断を生まないよう葛藤し、その矛盾をかたちにすることで、作品をつくっている。今回のプロジェクトでは、 それをちゃんと社会化させた形でやっていきたい」
そのためには、アーティストの中でも分断が生まれないようにしないといけない。だからこそ、今回のプロジェクトが必要なのだという。
そして、一番不可欠なのは観る側である市民たちの「ReFreedom_Aichi」への参加だ。卯城さんは取材の後半、改めてこう強調した。
「戦後に憲法で表現の自由が明記されて以来の、最大の表現の自由を巡るムーブメント、戦いにならないといけないと考えています。そうでなければ、言論の自由、ひいては他人の考えに強要されない、自分らしく生きる自由がジェットコースターのようになくなっていく。だから皆さんと一緒にやりたい」
クラウドファウンディングは1000 万円を目標に、9月10日から 「GoodMorning」でスタートする。
また、美術館やSNS上での「Y/Our Freedom」プロジェクトも順次開始されるといい、会期が残り1ヶ月となる9月14日には一斉行動として多くの参加を募る方針だ。詳細は「ReFreedom_Aichi」のサイトで。
「Re Freedom Aichi」ステートメント(抜粋)は以下の通り。全文はこちらから。
Re Freedom Aichiは、一時的な展示中止によって現在閉鎖されている、あいちトリエンナーレ出品作家の全ての 展示の再開を目指すプロジェクトです。展示の中止から始まった一連の騒動に対する、アーティストたちの多元 的なリアクションーーボイコットや展示替え、新しいスペースの設立やステイトメントの表明、ワークショップ など。それらに取り組むアーティスト同士の連帯を可視化し、共通のゴールへと集約させ、ひとつのムーブメン トとしてトリエンナーレの全ての展示の再開を目指します。
また私たちは、あいちトリエンナーレの当事者以外にも、幅広く芸術に関わる人々、表現の自由が保障されるべき市民たち、そしていまもあらゆる不自由にあえぐ世界中の人々に、立場、世代、国境の垣根を越えた共闘を呼びかけます。この一連の「全ての展示の再開」という共通の目的に向けた幅広い運動は、戦後日本のアートにおける最大の「表現の自由」をめぐる戦いのひとつになるでしょう。
私たちの自由を自ら勝ち取るために、私たちは奇跡を起こさなければなりません。「表現の自由」は、長い歴史のなかで、そして今も、世界のあらゆる場所で自由が侵されることにより命を落としてきた、すべての人間の勇気の上に成り立っています。これは私たち全員で背負っている、過去および未来に対する責任だと考えます。私たち全ての個人が、自分で考え、表現し、表明する。この大前提や自由な討論が保障されなければ、私たちは、他人に強要されることのない「自分の人生」や民主主義社会を、いったいどう安心して実現していけると言うのでしょうか?
・私たちは、現在多くの展示を観ることが出来なくなっている観客の皆さんとの協働によって、観客の「見る権利」と「知る権利」を取り戻します。
・私たちは、脅迫によって文化事業を閉鎖へと追い込む犯罪的手法に強く抗議し、その対応を県警に求めます。安全対策の見直しと、強化を運営側に求めます。
・私たちは、政治家による文化事業内容への介入と、ヘイトによる歴史の否定を強く非難します。
全ての展示の再開をもって、あいちトリエンナーレを「検閲」のシンボルから「表現の自由」のシンボルに書き換えましょう!