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妊娠中の医師、新型コロナ最前線からの訴え「責任感と罪悪感で葛藤している」

医師や看護師の多くが新型コロナウイルスの感染リスクに晒されるなか、妊娠している医療従事者に対する配慮を求める署名がはじまった。「Change.org」で呼びかけているのは、自らも妊娠中の女性医師。その思いを聞いた。

新型コロナウイルスの感染拡大で、その闘いの最前線となっている医療現場。

医師や看護師ら多くの医療従事者が感染リスクに晒されているなか、妊娠している医療従事者に対する配慮の方針策定を国に求める署名がはじまった。

呼びかけているのは、コロナ陽性患者の治療に携わる妊娠中の女性医師だ。その思いを聞いた。

「妊婦への新型コロナウイルスの影響が不確定だからこそ守るという姿勢が日本には欠けていると思います。特にリスクの高い医療従事者に対する指針を、国はしっかりと示してほしい」

東京都内の病院で救急医療に携わる高橋美由紀さん(仮名)は、BuzzFeed Newsの取材にそう語る。救急車で運ばれてきた患者の蘇生行為などの治療に日常的にあたる高橋さんは、常に感染リスクが高い状況で仕事をしている。

「たとえば、運ばれてきた心肺停止患者には心臓マッサージに加えて気管挿管などの処置を行います。万が一コロナ陽性であった場合は、暴露リスクはかなり高くなります」

「しかし現時点で心肺停止患者にPCR検査を行っていないのが現状ですし、個人防護具(PPE)も不足してきており、全ての患者にPPEを装着して診療に当たることは不可能です。コロナへの暴露機会、リスクはかなり高い状況になっています」

病院ではコロナ陽性患者も受け入れており、こうした急患対応以外にも、重症になった陽性患者の治療に当たることもある。

妊娠4ヶ月である高橋さんは、感染リスクの低い一般病棟への配置転換を求めた。しかし、病院側からは「日々コロナ対策の会議をしていて、内部の人間に配慮する病院全体としての方針を決定する余裕がない」と言われてしまった。

いまは、救急科の中で個人的にコロナウイルスへの暴露機会の少ない業務を継続できるように、上司と相談中だという。

「妊婦は多くの薬が使えないこと、コロナに感染した場合の分娩病院が限られてしまうこと、医療者のリスクを減らすために帝王切開になってしまうこと、さらに母子ともに隔離されてしまうこと……」

「妊婦自身や子どもへの直接的な影響以外にも、こうした様々なリスクが伴うことがあまり知られていないと感じています。だからこそ、当事者ではない人が真剣に考えていないし、理解も得られにくいのではないでしょうか」

無給で休職、解雇の言葉も

妊婦の重症化リスクや、お腹の中の赤ちゃんへの新型コロナウイルスのリスクは、まだはっきりしていない。

流産や早産、死産のリスクの増加、胎児の異常などの報告は現段階ではないが、子宮内での感染疑い例はある。日本産婦人科感染症学会は以下のように、注意を呼びかけている。

「一般的に、新型コロナウイルス以外の肺炎でも、妊婦さんが肺炎になった場合に は重症化する可能性があります。加えて、妊娠中はレントゲン撮影や使用できる薬剤に制限があります」

また、そのほかにも、高橋さんが指摘したような様々なリスクが伴う。たとえば治療薬候補として名前のあがるアビガンは、胎児の催奇形性があるため、妊婦には使用できない。

こうした背景がある一方で、病院側は、就労の判断を個人に押し付けているという。

同じように妊娠中の同僚医師は、自主的に休業を選ばざるを得なかった。休業中は無給で、復帰後のポジションやキャリアへの補償は一切ない。

また、別の病院に勤務する妊娠中の看護師からは「長期休業をすれば解雇せざるを得ないと言われた」という声も聞いた。高橋さんはこう語る。

「コロナ対応で人手不足だからと相談しづらい空気や、働かなくてはいけないと悩んでしまっているという現場の声は少なくありません。このままでは、働く個人が、自ら責任を負わざるを得ない。国としてのルールがまったくなく、病院ごとに裁量が委ねられている状況は危険だと感じています」

「使命感」を持つからこそ

「国に明確に指針を示してほしい」との思いから、署名活動をはじめた高橋さん。

妊娠中の医療従事者をCOVID-19から守ってください!」と題した署名サイト「Change.org」の呼びかけでは、自らの思いの丈をこうつづった。

私は現在妊娠中の医師ですが、コロナ陽性・疑い患者と直接接する環境で働いています。医師の使命として患者さんを助けたいという思いが強くある一方で、万が一コロナに罹患した場合には私だけでなく子供の命も危険にさらすことになると思うと、責任感と罪悪感の中で今後どの様に働けばいいのか葛藤しています

子供は国の未来です。コロナ診療第一線で働く妊娠中の医療従事者と赤ちゃんを守る制度構築を促すよう、厚生労働省に働きかけたいと思います。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けては、厚生労働省は「妊娠中の女性労働者等への配慮」を求める要請も出している。

テレワークや時差出勤などの活用の促進などを掲げているが、ただでさえ逼迫する医療体制のなか、医療従事者がそうした働き方を実践することはできない。

だからこそ、感染リスクの高い医療従事者に対する明示的なルールが必要だ。署名では、配置転換や休業補償など、妊娠中の医療者に対する具体的な方針を示すよう国に求めている。

  1. 妊娠中の医療従事者のコロナウイルス感染リスクの高い職務への従事を禁止
  2. それでも安全に働く環境を確保できずに休業となった場合の経済的な休業補償


休業補償だけではなく「配置転換」を含めたことには、こんな思いがある。

「こういう非常事態ゆえに、働き続けたいという使命感を持つ医療従事者は少なくありません。私自身も同様です。単に休みなさいというだけではなく、本来であればそれぞれに合わせて工夫をしてあげることが大切だと感じています」

背景にある本当の問題

そのうえで高橋さんは、そもそも平時から医療現場での妊婦に対する対応をしっかりしてこなかったしわ寄せがいま、顕在化しているとも指摘した。

「様々な要因はあると思いますが、医学界での女性教授の存在は圧倒的に男性より少ないですし、慢性的な医師不足や過重労働から妊娠、出産を契機に人手が減ると、残された医師へのしわ寄せがあるため、あまり好意的に受け入れられないことがあります」

「妊娠しても夜勤を続けるよう求められ、体力的に勤務が続けられなくなったり、他の同僚からの圧力が精神的重圧となり退職したケースもあります。病院によって様々でしょうが、そもそもコロナに関係なくとも妊娠したと言いにくい、業務を軽減してほしいとは言いにくい体質があると考えられます」

新型コロナウイルスの感染が広がるなかで、仕事を休むことができない妊婦はほかにも多くいる。中には医療従事者と同様、感染リスクが高いケースもある。高橋さんはこうも語った。

「妊娠中でもリスクある現場で働かないといけないというのは、もともと妊婦への配慮や労働環境の調整を普段からしてこなかった問題が明らかになってきただけだと思っています」

「もう少しだけ、当事者でない人にも意識を向けてみてほしい。普段から、子どもを育てやすい社会になるように。この署名がひとつのきっかけになれば、と感じています」

署名は数千人を目標にしている。5月中にも国に提出をしたいと考えているという。詳細は「Change.org」サイトより。