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「オバマ大統領は、広島で変われなかった」 被爆者の怒りと願い

「死は落ちてきたんじゃない。みんな、地上で惨殺されたんです」

2016年5月27日は、広島にとって歴史的な1日だった。

アメリカの現役大統領が初めて、広島を訪問した日。被爆地は沸いた。大勢の人が通りに出て、オバマ大統領の車列を出迎えた。そのスピーチに、聞き入った。

それから、2ヶ月と少しが経った。今年もまた、8月6日がやってくる。オバマ大統領が演説した現場にいた被爆者は、BuzzFeed Newsにこう振り返った。

「広島に来れば人は変わる、でも、オバマ大統領は変わらなかった」

「所感を話したというけれど、あの人は何も感じていませんよ。予定されたことを言っただけだ」

BuzzFeed Newsの取材にそう答えたのは、被爆者唯一の全国組織である日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の事務局長・田中熙巳さん(84)。当日、会場にいた被爆者5人のうちの1人だ。

71年前、長崎で被爆した田中さんは演説の直後、記者会見で演説について問われ、「素晴らしい」と感激した面持ちで評価していた。

いま、そのことを後悔しているという。翌朝、帰りの新幹線で演説内容を読み直していたとき、それが間違いだったと気づいたからだ。

田中さんの後悔を誘ったのは、スピーチの冒頭部分だった。オバマ大統領は17分間に及んだ演説を、こう始めている。

71年前。雲のない晴れた朝。空から死が落ちてきて、世界は変わりました。閃光と炎の壁がこの都市を破壊しました。人類が自分自身を破壊する手段を手に入れたのです。

「死が落ちてきた、そして世界が変わったと。愕然としちゃったよ。だって、死が落ちてきたんじゃないもん。彼らが、アメリカという国が落とした爆弾で、見るに堪えないような死の状態ができたんですよ」

同時通訳で演説を聞いていた田中さんには、その内容のすべてが頭に入っていたわけではなかった。冒頭を、聞き逃していたという。

「死をつくったのは、彼らなんです。それも残忍な殺し方で、何万人もの死を」

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はじめは共感のできる部分が多い、良い演説だと感じていた。「道徳的な革命」「道義的な目覚め」など、使われていた言葉は、自分がこれまで核廃絶を目指して訴えてきたことと、似ていたからだ。

現代の戦争が私たちにこの真実を教えています。広島は、私たちにこの真実を伝えています。技術の進歩は、人間社会とともに発展しなければ破滅が待っています。原子を分裂させた科学的な革命は、より道徳的な革命も必要とします。

世界はこの場所で一変しました。しかし今日、この都市の子どもたちは平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。このことは守る価値があり、すべての子どもたちに広げていく価値があります。これは私たちが選べる未来です。広島と長崎が核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの始まりだったととして記憶される未来なのです。

「私が考える道義的な目覚めというのは、核兵器を認めないこと。一つの凶器で何人も殺すなんていうのは、世の中では大犯罪でしょ。核兵器というのは無差別に何万人も殺せるんですよ」

「それを使っていいと考えること、黙認すること自体がね、道徳的退廃だと私は昔から言っていたんです。人類がその廃退から脱却しないと、戦争も核兵器もなくならないだろうと」

田中さんはこの面において、オバマ大統領の演説に共感を覚えていた。

だが、冒頭部分の言葉は、原爆を落とした当事者としての責任を感じさせないものだった。

演説の翌日。新聞で全文を読んだ田中さんは、持っていたパソコンで、評価するコメントをしたことへの「反省の記」を書いた。自らを、律するために。

「私の発言は軽率だった。被爆者として、被爆者の代表として、オバマさんが言った中身の本質を理解しないまま、吟味しないまま評価した」

意識したのは、自分の後ろにいる、幾万人もの犠牲者たち、そして被爆者たちの想い、だった。

「この演説を聞いたら『なんてとんでもない言い方をしてるんだ』と怒る人がたくさんいる。だって、みんな、地上で惨殺されたんですから」

英文と和訳をじっくりと読み比べると、違和感はさらに膨らんだ。

「主語がWeなんですよ。私じゃない、私たちなんです。オバマさんの主観のはずなのに、誰のことを指すんだろうと。読み直してもわからない。あの所感のなかに、オバマ大統領はどこにも存在していない。大統領の姿を借りて、とある哲学者がしゃべっているだけ」

オバマ大統領がプラハ演説で「核兵器のない平和で安全な世界」の実現を目指すと宣言してから7年。核廃絶が、遅々として進んでいない。スピーチではそのことへの言及もなかった。

「謝罪はいらない。核をもう使わないというアメリカの方針転換を、広島で果たしてほしかった。核を世界からなくす。その先頭に立つと、示してほしかった」

そう語る田中さんは、「オバマさんには広島で、魂を揺り動かされるような経験をしてもらいたかった」とも言う。

あの日、オバマ大統領が平和記念公園にいたのは、1時間15分間。資料館を訪れたのは、メッセージの執筆を入れて、10分間だけ。

「資料館をちゃんと見て、何人かの被爆者の話を聞いて、そのうえで慰霊碑を囲んでいる空気を感じればね。誰だって変わると、私は信じて疑わないんですよ」

「オバマさんも本当に原爆のことを感じていたのなら、予定どおりじゃない、思うところを表現する方法あったんじゃないか」

もちろん、被爆者の思いもそれぞれだ。

あの日同じ場にいた被団協代表委員の坪井直さんは当日、BuzzFeed Newsの取材に「原爆はアメリカだけじゃなく、人類の過ち。未来に向かって頑張りましょうと伝えた」と答えていた。

その思いは変わっていないようだ。日経新聞のインタビュー記事(8月3日掲載)には「大統領の訪問を『核なき世界』への前向きな第一歩としたかった」とある。

被団協は、6月の定期総会で採択した決議文で、演説について「人の心を打つような言葉が盛り込まれていましたが、被爆地広島にふさわしい内容だったでしょうか」と疑問を投げかけた。

決議ではさらに、「アメリカの責任を回避する表現だった」「大統領としての責任を一切語らなかった」「具体的な課題の提起もなかった」などと批判した。今後は、オバマ大統領の広島再訪を求めていく方針だ。

原爆を落としたアメリカの現役大統領が広島を訪れたことは、間違いなく、歴史的だった。その意義について様々な思いが交錯するまま、広島と長崎は、被爆71年目の夏を迎える。

訂正

誤字を直しました。


Kota Hatachiに連絡する メールアドレス:Kota.Hatachi@buzzfeed.com.

バズフィード・ジャパン アダプテーション・リポーター

Saki Mizorokiに連絡する メールアドレス:saki.mizoroki@buzzfeed.com.

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