保育園で失われる幼い命、10年で146人 再発を防ぐために遺族は立ち上がった

    無垢な表情で笑う子どもたちが、私たちに訴えかける

    こちらを見つめ、無邪気に笑う。ここに写る幼い子どもたち全員が、預けられていた保育施設で亡くなった。

    ほとんどのケースが、認可外の施設だ。亡くなった状況や死因など、わからないことばかりだという。

    内閣府のデータによると、保育施設で命を落とした子どもたちは、この10年で146人(報告件数)。7割以上が、認可外保育施設だった。

    「もう、同じ思いをする人たちを増やしたくない」

    愛娘を亡くした母親は、BuzzFeed Newsの取材にそうつぶやいた。

    突然奪われた、1歳7ヶ月の命

    5年前の2月10日。夕方、さいたま市の勤め先にいた阿部一美さん(37)の携帯が鳴った。長女・美月ちゃんを預けていた保育園からだった。

    「昼寝から起こしたら、唇が真っ青で意識がない。救急車を呼びました」

    タクシーに飛び乗った。美月ちゃんが運ばれた病院についたのは1時間後。夫と合流するとすぐに、美月ちゃんが亡くなったことを告げられた。

    まだ、たったの1歳7カ月。突然のできごとを、飲み込むことができなかった。

    「どうしてこうなってしまったのか、わからなかった。パニックでした」

    何がなんだかわからないまま、夫とともに警察の事情聴取を受けた。翌日には、司法解剖。「死因は不明だ」と言われた。

    自分たちで始めた聞き取り調査

    「大切な、一人しかいない娘が亡くなった気持ちの整理はつかなかった。それなのに、保育園はそのままほかの子ども達の預かりを続けていて……。それって、おかしいじゃないですか」

    初めて授かった子どもだった。共働きだからと保育園を探していたが、認可保育所は見つからなかった。かろうじてキャンセルが出たのが、市が独自に認定する「ナーサリールーム」(認可外保育施設)。事故の数ヶ月前に、預け始めた。

    「亡くなって、告別式も済んで、施設から連絡があると思っていたんです。でも、何もなかった。子どもがきちんと安心して過ごせると思っていた場で突然亡くなり、しかも説明がないなんて、なんで、という気持ちでした」

    娘がどうして死んでしまったのか。「知らないといけないと思った」

    夫と2人で園に赴き、保育士たちからヒアリングを始めることにした。

    最初は全員にまとめて話を聞き、さらに一人ひとりを家に呼んで話を聞いた。証言には、食い違いもあった。口裏を合わせていたのかな、と感じた。

    食事もまともに食べられない精神状態のまま、夫と2人きりで調査を続けた。

    「いちばん辛い時に、自分たちでこうして動かなきゃいけないの、本当にしんどかった」と振り返る。

    被せられていた布団

    そうやって調査を続けて、ようやくわかったことがある。

    お昼寝のとき、泣き始めてしまった美月ちゃんの声を止めさせようと、保育士がバスタオル、毛布、そして綿布団を頭の上からかぶせ、2時間半、放置していた。

    それも、死亡事故が多いと言われるうつぶせ寝のまま。ほかの子どもたちを起こさないよう、泣き声を消すためだった。

    「どうしてそこまでして、寝させる必要があったのかな。普通だったら、そんなことしないですよね」

    阿部さん夫婦は、その事実がわかってすぐに、保育士や副園長を業務上過失致死容疑で告訴した。捜査は延々と続き、4年越しに出た結果は、不起訴処分だった。

    いまだに、園や関係者からの正式な謝罪や賠償はない。

    無くならない死亡事故

    こうした保育施設での死亡事故は、あとを絶たない。死因や当時の状況が分からないまま、「乳幼児突然死症候群」(SIDS)とされてしまうこともある。

    認可外保育施設に通う子どもは認可保育所に通う子どもの約10分の1にすぎないが、事故の件数は圧倒的に多い。たとえば2015年、認可保育所での死亡事故は2件だったが、認可外施設では10件だ。

    特に認可外施設では、事故の事実を隠すケースが多いという。

    同じような事故で子を亡くした遺族を支援する寺町東子弁護士は、BuzzFeed Newsの取材に「遺族は何があったか知りたくても知れない。一方で、何もなかったかのように保育所の運営は続き、二重三重に苦しんでいる」と語る。

    認可保育所は、過失の有無を問わない公的な保険に加入できる。しかし、認可外施設はこれに入れないため、過失の有無が重要な意味を持つ任意保険を利用するケースが多い。

    さらに、重大事故の報告義務もない。結果、責任を回避するために事実を隠し、保護者には何も伝えられない。これでは再発を防ぐことができない、と寺町弁護士は言う。

    「裁判を起こして事実を知るという方法もあります。でも、そうすると数年経ってしまい、再発防止のためにきちんとした検証ができない」

    こうした現状を受け、政府は4月、事故防止策や対応を定めたガイドラインを作り、重大事故が起きたときの検証を自治体に義務付けた。遺族たちの強い働きかけの成果だ。

    ただ、認可外施設での重大事故の報告義務はないままだ。公的保険にも加入できない。寺町弁護士は「ガイドラインは、まだまだ不十分だ」と指摘する。

    そして、署名運動が始まった

    阿部さんたち、保育事故の遺族や支援者でつくる「赤ちゃんの急死を考える会」は6月、対応策のさらなる充実を求めて、インターネット署名を始めた。

    「こんなに子どもたちが亡くなっているんだよ。でも、ほんの一部なんだよ」

    そんなメッセージを伝えようと、子どもたちの笑顔をひとつにまとめることにした。それが、冒頭の写真。署名を呼びかける文言も、自分たちで考えた。

    亡くなった子どもの状況も、説明した。

    左上に写る笑顔の女の子、山口愛美利ちゃんは2014年7月26日に亡くなりました。保育施設側にSIDS(乳幼児突然死症候群)と主張されていましたが、そこでは毛布などでグルグル巻きにし紐で縛って放置する「保育」が常態化し、愛美利ちゃんは、猛暑の中、エアコンもつけず、十分な水分も与えられず、必要な保護を受けることなく熱中症で死亡したことが明らかになりました

    この春、「保育園落ちた日本死ね」のブログを機に、ネット署名で3万人の賛同者が集まり、政治が動いた。この一件が、遺族たちを後押しした。

    「ネット署名は広がりもあるし、世の中を喚起する有効な手段。一気に問題を知ってもらう良い機会だと思ったんです」

    こう語る阿部さんは、保育士の集まりなど、各地で自らの経験を発信している。

    なぜ、辛い記憶を語り続けるのか。それは「同じ思いをする人を増やしたくない」からだ。

    「うちの子が亡くなったあと、役所で『どこでもいいから入りたい』と言うお母さんを見かけたんです。そうじゃないんだよ、と教えてあげたかった。本当に、安全なところじゃないといけないんだよ、と」

    阿部さんは、静かに語る。

    「待機児童の問題は解決しないといけない。でも、そこばかりクローズアップして、安全性を置き去りにしないで。保育施設を増やすだけでは、命は守れません。こうして亡くなっている子ども達がいることを多くの人に知って、考えてほしいんです」

    ネット署名の賛同者は1万3千人を超えた。阿部さんたちは、街頭でも署名を呼びかける予定だ。突然、子を失うという堪え難い悲劇を繰り返さないために。



    CORRECTION

    「2015年、認可外施設での死亡事故は2件だったが、認可保育所では10件だ」とありましたが、「認可保育所での死亡事故は2件だったが、認可外施設では10件」の誤りでした。訂正します。