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パラリンピック金メダル・成田緑夢がオリンピックも目指す理由

彼が乗り越えてきた苦難とは。

平昌パラリンピック、スノーボード男子バンクドスラロームで金メダル、スノーボードクロスで銅メダルに輝いた成田緑夢選手(24)。

時事通信

スノーボード3きょうだいの末っ子として知られていた彼は、どのような苦難を乗り越え、そして何を目指しているのか。

1. もともとスポーツ万能だった

1歳からスノーボードを始め、4歳のころには長野五輪のデモンストレーターとして滑るほどの才能を見せていた成田選手。

練習のために始めたトランポリンでは、2012年のロンドン五輪の最終選考に残るほどの実力を発揮。2013年には、フリースタイルスキー・ハーフパイプの世界ジュニア選手権で優勝している。

2. 「歩けるようになる確率は20%」だった

Matt Roberts / Getty Images

そんな成田選手を悪夢が襲ったのは、ソチ五輪を翌年に控えていた2013年4月のこと。トランポリンの練習中、左膝が反対方向に折れ曲がる事故に遭ったのだ。

切断はなんとか逃れたものの、左足の膝下が麻痺する障害が残った。医師からは「歩けるようになる確率は20%」と言われていた。

3. 競技開始1年でW杯優勝

けがしたのち、激痛を抱えながらも、スキーやウェイクボードに復帰

ウェイクの一般大会で優勝したことを機に、障害を持った人から「勇気をもらった」とのメッセージをもらい、「誰かにいいに影響を与えることができるんだ」と、パラリンピックを目指すようになる。

2015年冬からパラスノーボードを始め、「スノーボードクロス全国障がい者大会」で優勝。さらに2016年には、ワールドカップのスノーボードクロス、バンクドスラロームでも二冠を達成するなど、圧倒的な力を見せつけた。

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5. 「けがをした人、事故にあった人の光になりたい」

五輪前には「僕ががんばることによって、落ち込んでいる人が笑顔になる、可能性があるんだと思ってスポーツを始めてもらいたい」と語っていた成田選手。

「挑戦」をテーマに臨んだ平昌大会では、見事金メダルと銅メダルに輝いた。

「けがをした人、事故に遭った人の光になれたら、これほどうれしいことはない」(読売新聞、3月17日)と振り返っている。

6. 夢は、アジア人初のオリパラ両大会出場

時事通信

もともとの夢が夏・冬のオリンピック両大会出場だった成田選手は、いまも諦めていない。

平昌パラリンピックへで実力を残した彼が、次に見据えるのは東京だ。パラリンピックに限らず、競技の幅を広げ、オリンピックへの出場も目指している。

全ての人たちに「夢や感動、希望、勇気を与えられるアスリート」になるというを叶えるために。

Kota Hatachiに連絡する メールアドレス:Kota.Hatachi@buzzfeed.com.

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