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大江戸線の集団感染「洗面所の蛇口が原因か」はミスリード。専門家も「考えづらい」と指摘

都営大江戸線では運転手ら39人の新型コロナウイルス感染者が判明。早朝勤務に備え宿直し、浴室や洗面所、飲食スペースなどを共有していた。歯磨き時の唾液が蛇口についていたとする見方を伝える報道が相次いだが、これはミスリードだ。

都営大江戸線の運転手ら39人が新型コロナウイルスに集団感染したことをめぐり、「洗面所の蛇口が感染源か」という報道が広がった。

歯磨き時の唾液が蛇口についていたとする見方を伝えるものだが、この報道はミスリードだ。そもそも保健所は感染経路を特定しておらず、マスクなしの会話などと同様、蛇口もいくつかある可能性のひとつと例示されたもの。

感染症対策の専門家も「蛇口が集団感染の経路になったとは考えづらい」とみている。冷静な対応が必要だ。

都営大江戸線では12月25日から1月3日にかけ、清澄常務区で39人の新型コロナウイルス感染者が判明した。

都交通局によると、いずれも庁舎で宿直をしていた運転手ら職員。早朝勤務に備え、毎日7人程度が宿直していたといい、浴室や洗面所、飲食スペースなどを共有していたという。寝室は個室で、リネンなどは毎日交換していた。

この集団感染の原因について、「共用洗面所の蛇口」の可能性が高い、とする報道が相次いだ。

報道はいずれも「歯磨き時の唾液が蛇口につき、感染が広がった可能性が高いと保健所が指摘した」といった内容を伝えており、都交通局が手回し式の蛇口を「センサー式」に置き換えるよう検討する、とも伝えている。

この件を先駆けて報じたのは読売新聞。「独自」として、1月14日朝に「盲点」だった共用洗面所の蛇口との記事を配信。Yahoo! ニュースはこれを【運転士の集団感染 蛇口原因かという見出しでトップに掲載した。

その後、共同通信が感染源、洗面所の蛇口かと、NHKも蛇口で拡大かと伝え、民放各局も同様に報道し、注目を集めた。

いずれの記事も「〜か」「推定された」「可能性が高い」「とみられる」などと断定調を避けているが、読者には原因が「蛇口」であるという印象を強く与える書き振りとなっている。

「センサー式」にはすぐ変えない?

これらの報道は前述の通り、ミスリードだ。そもそも、今回の集団感染における感染経路は特定されていない。

あくまで保健所からいくつかの可能性についての指摘があり、できるだけの対応をした、ということだ。

BuzzFeed Newsの取材に応じた都交通局によると、保健所の担当職員が庁舎を訪れたのは12月24日のこと。聞き取りなどを経て、以下の3点について、対策を講じるようアドバイスがあったという。

  • 洗面所の蛇口は素手で触らない方が良い
  • 飲食時にマスクを外す際は、会話は控えた方が良い
  • 脱衣所や入浴中の会話は控えた方が良い


交通局ではこれまでも飲食・休憩スペースにおけるアクリル板の設置や消毒の徹底、マスク着用などの対策は行ってきたが、「蛇口については初めて聞いた話だったため、さっそく対応することにしました」(広報担当者)。

そのうえで、(1)ペーパータオルなどの紙を介して蛇口を触る(2)手洗い後も手指の消毒を徹底するーーことにしたという。一方、報じられていた「センサー式への置き換えの検討」については、以下のように説明する。

「今後、大規模改修で水回りの設備を更新する際にはそういったことを含め最新設備に変えるとは思いますが、今回のアドバイスを受け、設備を一斉に変えるという状況ではありません」

つまり、蛇口についた唾液を通じた感染に関しては、あくまで保健所から「可能性のひとつ」として指摘されたもの。何かの調査や科学的なエビデンスに基づいて「可能性が高い」と、「推定」されているわけでもないということだ。

なお、都交通局は、取材があった報道機関には同様の説明をしてきた、としている。

学会も「報道に振り回されず」と呼びかけ

蛇口が集団感染の原因とするような報道については、専門家からも疑義があがっていた。

たとえば日本口腔衛生学会の山下喜久理事長は自ら都交通局に確認をとり、1月15日に学会会員に向け以下のようなメッセージを配信している。

「保健所は単に聞き取り調査を行っただけで、感染源についての具体的検査等は何も行っていないことが分かりました」

「あたかも『歯磨きの際に唾液に汚染された蛇口』が感染源であったと断定されたかのような記事が飛び交っています」

「記事をよく読めば可能性と書いているので、間違った記述ではありませんが、他の可能性を敢えて言及していない点に問題がありそうです。また、この手の記事では見出しに惑わされることが多いようです」

メッセージではそのうえで「マスコミ報道に振り回されず、事実を見極める目が大切です」とも述べている。

山下理事長はBuzzFeed Newsの取材に対し、「現在の科学的手法で蛇口を感染源と断定する方法は難しいのではないかと疑問に思い、確認した。日頃歯磨き指導などに携わっている会員が現場でいろいろな質問を受けて大変ではないかと、お知らせした次第です」と話す。

専門家も「拡大の原因とは考えづらい」

また、Twitter上で報道内容に疑問を投げかけていた聖路加国際大学QIセンター感染管理室マネジャーで感染症対策の専門家の坂本史衣さんも、BuzzFeed Newsの取材に「蛇口が感染拡大に寄与したとは考えづらい」と指摘する。

「理屈上は起こりうる経路だと思いますが、新型コロナウイルスの疫学的特徴やこれまでの事例からしても、数十人単位の感染拡大が蛇口を介して起きるとは考えにくい。接触感染がメインのノロウイルスであっても、そうした感染事例の報告はほとんどありません」

「また、多くの職場内のクラスターを見ていても、仕事を終えた休憩中のマスクを外した会話や、食事の場面の会話が経路になっています。今回のケースもおそらく同様なのではないかというのが、多くの感染症対策の専門家のイメージでした」

そのうえで、歯磨きについても、「お互いに近い距離で歯磨きをしながら会話をしたり、誰かに顔を向けたりしないことは大切ですが、1人で鏡に向かってする歯磨きが大きなリスクとは言えません」と指摘。そのうえで、こうも語った。

「蛇口を気にするよりも、マスクなしの会話や換気の悪い場所に止まることのほうがリスクがあります。そうした場所を避けることや、手をきれいにしっかり洗うことのほうが、自分の身を守ることにつながるのではないでしょうか」

今回の件は、一部の報道が「蛇口」というこれまであまり注目されていなかった部分が感染経路となった可能性だけを大きく取り上げたことから、これが集団感染の原因だと断定されたという印象を読者に与えたケースだったと言える。

前述の通り、保健所は今回、都交通局に対し、いくつもある感染対策の一つとして、蛇口の対策も勧めたというのが、取材で確認できた事実関係だ。

感染拡大を防ぐためにはまず、坂本さんをはじめとする専門家が繰り返し訴える、マスクの着用や丁寧な手洗い、様々な局面で「三密」を避けるといった基本を大事にしていくことが、最も重要になる。


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