2度にわたって震度7の地震に襲われた、熊本。震災から2年が経ち、中心部の街並みは元どおりになったようにも見える。
それでも、熊本城の天守閣は痛々しい姿をしているし、線路や道路が不通の場所もある。仮設住宅に身を寄せる人たちも、3万8千人いる。
そして、あの揺れを経験した人たちの心だって、元どおりにはなっていない。傷は深いままなのだ。
「あの揺れの感覚を、はっきりと体感してしまったんです。ダメだ、家が崩れる、死ぬんだって……」
熊本市に住む40代の女性は、この3月になってはじめて、地震の夢を見た。
「3度目を食らってしまったような感じ。それほど、リアリティがありました。目が覚めても、夢だったのか、本当に揺れたのか境界線があいまい過ぎて、戸惑ったほどです」
2年前のあの日は、両親とともに暮らす実家にいた。一番揺れが激しかった益城町に隣接するエリアだ。
1度目の前震も、2度目の本震も、ちょうどベッドにいたときに起きている。夢はまったく同じシチュエーションだった。
「これまでも公園に避難したときのこととか、直後の喧騒みたいなものを断片的に見ることはあったんですけれど、地震そのものの夢を、あれほど鮮明に見たことはなかった」
「この季節がくると、あのときの肌感覚みたいなものを、すごく思い出すんです。まちの中でも、復興という言葉が、流れ始めてきている。そういうので、あのときに引き戻されてしまったのかな」
叫び声をあげて、パッと目が覚めた。
「もう忘れている、と思ったのに。まだこんな風に震災に囚われないといけないんですよね」
もう、震災前には戻れない
女性には、心的外傷後ストレス障害(PTSD)とみられる症状も出ている。
そもそもPTSDとは、生命の危険や死の恐怖を体験した人たちが発症する精神障害だ。フラッシュバックや不眠、過敏症状などの症状がある。
事件や事故、災害に直面した人に出やすいものだ。PTSDの発症率は、自然災害が約4~60%なのに対して、人為災害では15~75%と比較的高いという先行研究があるが、その発症は、震災直後に限らない。
女性は言う。
「震災後、物音やテレビの速報音に以前より敏感になったんです。動悸と一緒に、あの瞬間の光景や感覚が蘇る。体にもぎゅっと、力が入ってしまうようになりました」
風が吹き荒れたときに窓が揺れる「ガタガタ」という音でも、一瞬にして当時の恐怖に引き戻されるという。
震災にあった自分の部屋に、ひとりでいるのが怖くもなった。テレビをつけっぱなしにしないと、寝られなくなってしまった。
「もう昔の自分は取り戻せないんですよね。震災前に戻ることはできない、忘れるということはできないんだなと思っています。受け入れるしか、進む方法はないのかな」
仮設住宅の10人に1人がPTSD
被害の大きかった益城町に暮らしていたり、いまも仮設住宅などに住んだりしている「被災者」1万2千人の心の状況を調べた調査がある。
被災者向けの電話相談に応じる「熊本こころのケアセンター」が2017年3〜4月に実施し、2018年2月に公表した。
PTSDの症状があるとされたのは、建設型仮設住宅入居者の11.3%、借り上げ型仮設(みなし仮設)住宅入居者の8.7%、自宅生活者の6.8%にのぼった。
震災後に作られた仮設住宅に暮らす人は、10人に1人以上の割合だ。一方で自宅に暮らす人も約7%と、少ないとは言えない数字だろう。
また、「眠れない」と回答した人の割合は、建設型仮設入居者の24.4%、みなし仮設入居者の19.2%、 自宅生活者の12.7%だった。
一方で、子どもたちの心の状況を示したデータもある。
熊本県教委と熊本市教委が2017年9〜11月に実施した調査では、地震の影響で心のケアが必要と判断された県内の児童生徒は計2086人だったという。
ただ、こうしたデータでは、先出の女性のような立場にいる多くの「普通の人たち」の心の状況は可視化できない。
吐き出す場所が、あればいい
女性は、自身の夢やフラッシュバックの話を周囲の人たちと共有したり、病院や窓口などに相談したりすることもないという。
「自分は被災者じゃない」という、引け目を感じているからだ。
「家の中はぐちゃぐちゃになったけれど、建物自体は大丈夫だったし、家族もみんな無事だった。もっと辛い人も、ひどい目にあった人もいる。だから自分が被災者であるとも言えないし、怖かったとか、悲しいとか語っちゃダメな気がしているんです」
自分の症状はもしかしてPTSDかな、と思ったこともある。しかし同じ理由で、それも認めてこなかった。
「何度もネットでPTSDのことを検索しています。でもそのたびに、『私なんかがPTSDって言ったりしたらダメだよね』って思ってしまうんですよね」
そうした感情を吐き出す場所がほしい、と女性は言う。人に言いづらい、我慢をしてしまう「痛み」の受け皿のような場所を。
「きっと同じような人たちは多いと思う。救われる場所があれば良いですよね」
2年前、熊本で朝日新聞の記者だった私も、震災を経験した。やはり、いまだに揺れや物音、速報音で動悸が走り、息苦しさとともにしばらく動けなくなってしまう。フラッシュバックも、だ。そのように話す、ほかの知人もいる。
都市で起きた直下型地震ゆえ、多くの人たちがあの地震によって傷ついた。「被災者」かどうかに関わらず、そこに暮らす人々の心の復興は、まだ遠いのだ。
熊本こころのケアセンターでは、震災による心の悩みの相談を受け付けています。相談専用ダイヤルは096-385-3222まで。