韓国は慰安婦合意の何を覆したのか? 明言されていない「少女像撤去」に広がる亀裂

    釜山日本総領事館前の「少女像」問題で悪化している日韓関係。そもそも2016年12月の合意内容には何が書かれているのか。

    「少女像」が釜山の日本総領事館前に設置されたことをめぐり、日韓の亀裂が拡大している。

    日本政府が大使の一時帰国という強いカードを切ったのは、今回の韓国の動きが、2015年12月の「日韓合意」からみて、逆方向に進むものだったからだ。

    慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
    安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。

    「最終的かつ不可逆的な解決」に向けて、焦点の一つとなっていたのがソウルの日本大使館前にある「少女像」だった。日韓合意には、こう書いてある。

    「韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」

    少女像を「撤去」することまで言及はされていないものの、「適切に解決」することへの努力が明記されている。

    日本政府側は問題解決へ向けた取り組みとして、「元慰安婦の方々の心の傷を癒す措置」のための資金を提供すると明記。すでに韓国側に10億円を拠出していた。

    日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。

    10億円は2016年9月に「和解・癒やし財団」に拠出された。16年末には、合意の時点で生存していた46人中31人に対し、一人当たり約1千万円の支給が決まったと発表された。

    日本政府は、新たな「少女像」の設置がこうした日韓合意の「精神に反し」ていると指摘。さらに、領事関係に関するルールを定めたウィーン条約の規定に照らして「問題である」としている。

    政府が言うウィーン条約の規定とは、合意でも触れられている「公館の安寧・威厳」について書かれたものだ。

    接受国は,2の規定に従うことを条件として,領事機関の公館を侵入又は損壊から保護するため及び領事機関の安寧の妨害又は領事機関の威厳の侵害を防止するためすべての適当な措置をとる特別の責務を有する。

    大使館や領事館が設置されている政府は、その国の尊厳が損なわれたり、安全性が脅かされる事態を防ぐ責任があるということだ。

    韓国側ではこうした日本政府の主張に対し、批判の声があがっている。合意には少女像の「撤去」が明言されていないからだ。

    「中央日報」は1月10日に配信した記事で、「『10億円は少女像撤去の対価』は偽り」と報じた。

    その主張はこうだ。

    「『解決』が事実上撤去を意味するものではないかという指摘もある。しかし(韓国)政府はその後、『少女像は民間が設置したものであり、政府があれこれと言える問題でない。合意文のそれ以上でもそれ以下でもない』という立場を維持してきた」

    「合意の文面上、日本側がするべき明示的な義務は10億円の拠出がすべてだ。しかし日本の主張のように10億円を出したことで合意を忠実に履行したと見ることはできないというのが専門家らの指摘だ」

    さらに、「和解・癒やし財団」が安倍首相の「お詫びの手紙」を求めていることに対し、2016年10月、首相が「毛頭考えていない」と発言したことが「合意の否定」だとする意見も掲載されている。

    一方、「聯合ニュース」は「日本は事実上、撤去を約束したものと主張する一方、韓国は関連団体との協議などを通じて努力するとの意味だとしている」と指摘している。

    韓国側のこのような主張の一方、撤去は日韓合意の交渉の中で、「拠出は少女像移転が前提」と確認されていた、との報道もある。

    朝日新聞(2015年12月30日)は、「複数の日本政府関係者」の話として、「少女像を移転することが財団への拠出の前提になっていることは、韓国と内々に確認している」と報じている。

    ただ、弾劾された朴槿恵大統領は16年4月、「少女像の撤去と連携されているが、合意で言及もまったくされなかった問題」と述べ、こうした報道を否定している。

    韓国では日韓合意に対し、当初から批判の声があった。これが、1月8日にあった安倍首相の発言でさらに燃え上がった。

    安倍首相はNHKの番組(6日収録)で日韓合意に言及。「日本は10億円の拠出をすでに行った。次は韓国がしっかり誠意を示していただかなければならない」と発言し、韓国側から強い批判を受けた。

    聯合ニュースによると、最大野党の「共に民主党」の禹相虎院内代表はこの発言に触れ、拠出金について、「国民が屈辱と感じる資金」と指摘。「10億円を返そう」と呼びかけたという。

    「朝鮮日報」も「慰安婦:「10億円」論争再燃、少女像撤去と関連付ける日本」との記事で、「10億円について、韓国にある日本の公館前の慰安婦少女像の撤去・移転の見返りであるかのように話し、論争はさらに拡大している」と報じた。

    黄教安・大統領権限代行首相は1月10日の閣議で、「日韓関係を憂慮する声が出ている」と発言した。

    ただ、2016年12月末に公表された韓国の世論調査では、59%が合意の破棄を主張している。「維持すべきだ」は25.5%と、その半分に満たない。

    菅義偉官房長官は1月10日午前の会見でこう強調した。「慰安婦像の問題を含め、合意の着実の実施を求めたい」

    記者から「事態の収拾は非常に困難ではないか。打開への道筋はどう考えているのか」と問われた菅官房長官は次のように述べた。

    「国と国との合意であるので、合意に基づいて誠実に実行することが極めて大事なこと。政府としてはありとあらゆる機会を通じて、粘り強く求めていきたい」

    大使と領事が韓国に戻る時期については、まだ未定だ。菅官房長官は、「現時点で決まっているわけではない。諸状況を総合的に判断し、検討したい」としている。