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逮捕されないのは「上級国民だから」なのか? 池袋と神戸の暴走事故、違いがネットで物議。その背景は

池袋の暴走では、事故を起こした87歳の男性は逮捕されずに「さん付け」で報道され、神戸の暴走では、バス運転手(64)が自動車運転処罰法違反(過失致死)容疑で現行犯逮捕されて「容疑者」と呼ばれている。一体、その違いは何なのか。

池袋や神戸で立て続けに暴走事故が相次いでいるなか、運転手にまつわる報道の「違い」が物議をかもしている。

東京・池袋では4月19日、87歳の男性の運転する乗用車が暴走し、30代の女性と3歳の娘がはねられ死亡。21日には神戸で市営バスが暴走し、巻き込まれた20代の男女2人が死亡した。

ともに歩行者が青信号の横断歩道で起きた事故だったが、前者の男性は逮捕されず、発生当日の報道では「さん」という敬称や肩書付きで報じられた。

一方、後者のバス運転手(64)は、自動車運転処罰法違反(過失致死)容疑で現行犯逮捕され、「容疑者」という呼称付きで報道された。

ネット上では、この違いに批判が集まった。

特に、前者の男性が元通産省官僚で元大手機械メーカーの副社長、さらには勲章を受けていることから、「『上級国民』だから逮捕されないのか」「さん付けなのか」「無罪なのか」などという指摘も上がった。

「上級国民」とは、ネットスラング。政治家や官僚、大企業の役員などある一定の社会的地位にいる人たちに対し、批判的な文脈で使われることが多い。

なぜ「さん付け」だったのか?

池袋の事故での運転者の報じ方を4月20日付の朝刊各紙で比べると、以下のようになっていた。

  • 朝日新聞:実名+さん
  • 産経新聞:男(87)
  • 毎日新聞:実名+さん
  • 読売新聞:実名+肩書(元院長)

なぜ、こうなるのか。

大前提として、メディアが逮捕されていない人物に「容疑者」という呼称を付けることはない。

報道各社はいずれも、事件・事故報道での原則をハンドブックなどにまとめ、それに従って記事を書いている。

共同通信社が発行し、書店で市販もされている「記者ハンドブック」(第13版)は、国内で最も広く参照されている報道用語・用例集の一つだ。このハンドブックでは事件・事故報道での呼称について、以下のように記している。

実名を出す場合の任意調べ、書類送検、略式起訴、起訴猶予、不起訴処分の場合は「肩書」または「敬称」(さん・氏)を原則とする。

また、朝日新聞出版が発行する「事件の取材と報道 2012」 でも、交通死亡事故では、運転者が逮捕された時点で「容疑者」の呼称で報じることを原則とする、としている。

池袋の事故での運転者は4月22日午後現在、警視庁に逮捕されたわけではなく「任意での調べ」を受けている段階だ。このため「さん」という敬称、あるいは肩書付きで報道されている。

一方、神戸のバス運転手は、事故の起きたその場で兵庫県警に逮捕されたため、「容疑者」呼称という原則が適用されることになる。

なぜ「逮捕」されないのか?

では、なぜ男性は逮捕されていないのか。

裁判所が逮捕状を発行する際には、「逃亡又は証拠隠滅のおそれを考慮」(警察庁サイトより)という要件がある。

今回の池袋のケースでは、運転者が87歳と高齢であり、入院をしていることが報じられている。

つまり「逃亡又は証拠隠滅のおそれ」がないと判断され、任意捜査が継続されていると考えることができるだろう。

実際、共同通信は「警視庁は証拠隠滅の恐れがないと判断、男性を逮捕せず任意で捜査を進める」としている。

逮捕後の手続きも、こうした判断に影響を及ぼすことがある。

逮捕した場合、警察は48時間以内に、身柄を検察に送らなければならない、と刑事訴訟法と定められている。これをメディアは「送検する」と呼ぶ。

送検を受けた検察は、その後24時間以内に裁判所に勾留請求をし、それが認められれば特別な場合をのぞき、最大20日勾留されることになる。

一般論として、入院をするような状態であったり、高齢者であったりすると、こうした長期の勾留に耐えることができないと判断され、裁判所に、逮捕状や勾留の請求が却下される可能性もある。

神戸のバス事故に関しては、通報で現場に急行した兵庫県警の捜査員が、現行犯として逮捕した。現行犯逮捕の場合、裁判所から令状を受ける必要はない。

事故直後に現場で撮影された動画からは、運転手の男性がその場で警察官の聞き取りに応じている様子が報じられている。

「逮捕された=有罪」「逮捕されず=無罪」ではない

また、重要なのは「逮捕されない=無罪」というわけでも、「逮捕された=有罪」というわけではない、ということだ。

逮捕するかどうかを決めるのも、有罪かどうかを判断するのも、裁判所の裁判官だ。警察や検察による取り調べは、裁判に向けた証拠集めの段階に過ぎない。

勾留後は、検察が起訴(刑事裁判にかける)もしくは不起訴(かけない)の判断をする。

起訴された場合は、「略式手続き」という手順を踏む比較的軽微な罪状のものを除き、裁判が始まることになる。

一方で、逮捕なしに任意で調べが進んでいっても、必要に応じて警察が捜査書類を検察に送る「書類送検」が行われる。検察側が精査の結果、事件を起訴すれば、裁判がはじまることになる。

ここまで来て、ようやく「有罪」「無罪」を裁判官が判断する手続きに入るのだ。

今後はどうなるのか?

今回の池袋のケースは、今後どう進展していくのか。

甚大な被害が起きていることや、過去の同様の事例を鑑みると、男性の体調が回復すれば、少なくとも書類送検される可能性は高いだろう。

今後は「責任能力」や「故意・過失」の有無が慎重に判断されることになるだろう。

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