「まるで動物」

ある留学生から奪われた自由。彼女が見た、日本の現実

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「まるで動物」

ある留学生から奪われた自由。彼女が見た、日本の現実

28歳の彼女が「自由」を奪われてから、もう1年3ヶ月が経った。

大人4人が入れば一杯になってしまいそうな、小さな部屋で。いくつか傷のついた透明なアクリル板ごしに、彼女は呟いた。

「私、日本でがんばりたい。だから早く、出たい」

JR品川駅からバスで10分ほどのところにある、東京入国管理局。ここに収容されているミャンマー人の女性は、決して刑事罰を受けているわけではない。

しかし、その収容は「無期限」だ。

外部との連絡は公衆電話と手紙だけ。運動時間も制限されている。違う国籍の人たちと6人部屋での暮らしが続き、ストレスも限界だという。

彼女が収容されるまでの経緯を巡っては、関係者の言い分に食い違いもある。それでも、ひとりの女性が長い間、いつ出られるかも分からない状況で、塀の中にいることだけは間違いない。

なぜ、このようなことが起きたのか。

200万円をかけてやってきた、日本

「日本の教育はすごく良いと聞いて、来日しました」と流暢に話す彼女が来日したのは、2016年4月のことだった。

ミャンマーでは建築を学び、建築系の企業に就職。より専門的な知識を得ようと、日本に留学することを決めたという。

日本に来るには200万円近い費用が必要だった。親に頼り、足りない分は知人からも借金をした。

都内の日本語学校に通うようになったが、胸の持病があったことに加え、日本の気候にも慣れず、体調を崩しがちだった。

さらに借金や学費のため、コンビニやファーストフード店、寿司店などでアルバイトをしていたこともあり、欠席が増えてしまったという。

学校とのトラブルがあったのは、2年目になってからだった。

女性は、出席日数が足りないことを理由に学校側から「除籍する」と通告されたのだ。女性の話では、学校側にパスポートと在留カードを預かられていたうえで、こう言われたという。

「このままではビザは延長できない。帰国するならパスポートと在留カードを返す。帰国しないと、あなたは捕まることになる」

間に合わなかったビザの更新

なんとか学校側からパスポートを受け取り、日本に暮らすミャンマー人の伝手を頼って入管に交渉をしようとした。

入管関係の実務に詳しい行政書士の紹介を受け、学校側とも交渉することになったが、ビザの更新期限には手続きが間に合わなかった。

女性がこう説明する一方で、日本語学校側の見方は違う。BuzzFeed Newsの取材に応じた関係者は、こう語った。

「パスポートや在留カードを預かっていたのは事実です。学校で一括してビザを代行申請しているためです。他の生徒のパスポートも同様にお預かりしています。しかし彼女は、勝手にパスポートなどを盗んでいってしまった」

「しばらく連絡が取れないと思ったら、行政書士やミャンマー人と一緒にやってきた。こちら側はビザを更新できると言っているのに、彼女はそれを信じなかった。そのままビザが切れたはずですが、彼女がその後どうなったかは私たちには分かりません」

女性を除籍した理由は、出席率の低さだったという。この学校関係者は言った。

「反省文を一度書かせても、出席率は改善しなかった。お金がほしくてアルバイトをしていたんじゃないですか」

誰も知らなかった収容

女性はその後、なぜ入管に収容されたのか。

ビザが延長できないと言われ、そのまま申告書類にサインをした。「どうなるかわからず怖くなって」しまった彼女は、2ヶ月ほど友人のところに身を寄せていたという。

その後、入管から呼び出しがあり、出向いたところで収容された。2017年11月のことだった。

日本語学校には次期の学費70万円あまりを振り込んでいたが、返金はされていない。学校側の規定では「帰国」が返金の条件だからだ。

学校側はBuzzFeed Newsが取材するまで、女性が入管に収容されていることを把握していなかったという。そのうえで「お金の取り扱いにこちらも困っている。連絡がほしい」と語った。

BuzzFeed Newsは、学校側との交渉に同席した行政書士にも取材をした。

この行政書士は、当時は女性の手続きを手伝ったものの、その後は連絡が途絶え、女性はすでに帰国したと思っていたという。

そのうえで、「パスポートを盗んだというが、生徒が盗めるような場所に大事なパスポートを置いていたというのか。どういう保管をしていたのか」など、学校側の説明に疑義を示す一方、女性に対してもこう語った。

「彼女も、一度帰国するとサインしていたのに。何か嘘をついているのではないでしょうか。単純なオーバーステイでこんな長期収容されることはないのでは」

相次ぐ長期収容の現実

この女性のケースでは、本人と学校、そして行政書士など関係者の証言が交錯し、はっきりした事実はわからない。

ただ、彼女が27歳から1年以上にわたり収容されているということは、紛れもない事実だ。そして、この女性のように、長期に渡り収容され続ける事例は珍しくないという。

長期収容問題に取り組む指宿昭一弁護士は、こう説明する。

「退去強制令書が出されれば、これに基づく収容と強制送還が行われます。退去強制令書に基づく収容は、無期限です。強制送還には自費帰国と国費帰国がありますが、入管は、本人が自分の意思で自費帰国をするまで長期に収容することも多いのです」

強制送還ができない場合には、「仮放免」という制度がある。ただ、仮放免によって収容が解かれても、就労が禁止され、居住地の都道府県から外に出る場合には入管の許可が必要になる。

「さらに、難民申請をしていれば、手続きが終わるまで強制送還ができません。最近は、強制送還ができない場合にもなかなか仮放免がなされず、2年も3年も収容が続くことも少なくありません」

こうした一連の決定は、すべて裁判所の判断を経ることなく、入管が決めることができる。

無制限である以上、本人が帰国しようとしない場合、多くが長期収容を強いられる、ということだ。

法務省によると、彼女のように半年を超える「長期収容」は、2018年9月末現在で713人。自殺者や死者なども出ており、人道的観点から批判する声は少なくはない。

「とても、苦しいです」

女性は言う。「私は、騙されたと思っています」

どうにかして外に出たいという思いから、知人のミャンマー人らに相談し、「仮放免」の手続きを取った。しかし、進展はない。

武力衝突が激化したカチン州出身ということから、身を守る手段として難民申請も出した。しかし、国際的な状況や今の入管行政の実情を鑑みると、難民として認められる可能性は低い。

「捕まっているのは、とても苦しいです。外も出られない、何もできない。人間じゃないような、動物みたいな気分です」

いま感じているものは「怒りか、悲しみか」。そう聞くと、それまで気丈に質問に答えていた女性は、目を潤ませ、こうも答えた。

「なんの気持ちか、わからない。でも、泣いてしまいそうです……」

女性はいまも、塀の中で日本語の勉強に勤しんでいる。いつか、外に出られたときのために。