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【高校野球】豪雨と震災。2つの災害を乗り越えた彼は、マウンドで笑った

始球式を務めたのは、熊本・阿蘇の球児。

投げられたボールは、130キロ台のストレート。思わず「ナイスピッチング」と声をあげたくなる投球に、球場から大歓声と惜しみない拍手が送られた。

4月の熊本地震で、大きく傷ついた阿蘇。倉岡主将は、避難所生活を強いられた。ほかのチームメートも同じだ。

時事通信

部員7人の自宅が全半壊。橋は落ち、道路は寸断。近隣の南阿蘇村では大学生の学生アパートが崩れ、別荘地は土砂崩れに飲み込まれた。

いまも1人が、行方不明のままだ。

夏の大会に向け、練習を積んでいる時期の被災だった。「野球じゃない。できることをしよう」。そんな合言葉のもと、選手たちはボランティアに繰り出した。

崩壊した阿蘇神社=時事通信

避難所の掃除、人手不足の農家の手伝い、がれきの撤去。できることは、なんでもした。チームの目標はひとつに定まっていた。

「阿蘇に、元気を」

倉岡主将が被災したのは、これが初めてではない。2012年7月、「九州北部豪雨」ではがけ崩れに巻き込まれ、自宅が半壊。引越しを余儀なくされた。

福岡市消防局提供 / 時事通信

阿蘇市内での死者・行方不明者は22人。阿蘇中央高のグラウンドも冠水し、避難所暮らしをしながら練習する選手も多かった。

当時も、選手たちは被災家屋の泥かきなどを手伝った。地域のために、との思いを胸に。

その頃のチームには、倉岡主将の兄と姉もいた。そんな先輩たちの背中が、心に刻まれていたからこそ、今回も、立ち上がることができたという。

笑みをこぼして、マウンドを後にした倉岡主将は言った。 自身が受けた拍手と歓声は「被災した人たちに送られたんだと思います」と。

今年は熊本で大きな地震があり、さまざまな苦しみや悲しみの中におられる方も大勢見てくださっていると思います。

私たちのプレーに共感と新たな希望、そして生きる力を感じてくだされば、本当に幸せです

「共感と新たな希望、そして生きる力」を感じさせる戦いが始まった。

Kota Hatachiに連絡する メールアドレス:Kota.Hatachi@buzzfeed.com.

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