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学術会議めぐり広がる大量の誤情報、まとめサイトが影響力。政治家やメディアも加担

自民・甘利明氏のブログを元に大きく広がった「学術会議が中国の千人計画に協力している」という情報。この拡散のきっかけはまとめサイトによるものだった。学術会議をめぐり広がった誤情報などは、これに限らない。いったい、何が起きているのか。

任命拒否問題で大きく注目された日本学術会議をめぐり、誤っていたり、不正確だったりする情報が多く広がっている。

政治家らが関わっているものもあり、ネット上の「まとめサイト」のみならずメディアでも取り上げられ、拡散。本来の問題点とは異なり、学術会議のあり方を批判するような世論形成にもつながった。

学術会議関係のネット上の記事で2番目に拡散していたのが、まとめサイトによる中国の「千人計画に協力」という情報だったことからもそれは明らかだ。いったい、何が起きているのか。改めて、情報の経路を振り返る。

そもそも学術会議の推薦者6人の任命拒否問題が発覚したのは、10月1日のことだ。これは「しんぶん赤旗」がスクープしたことがきっかけで、各社が後追いし、昼過ぎには多くのメディアが報じていた。

また、その翌日には、過去の政府答弁との矛盾点などを指摘する声も広がり、より大きな問題として取り上げられるようになった。

一方で、学術会議という組織そのものに対しても様々な目が向けられるようになり、批判も高まった。

ただ、その文脈では多くの誤情報や根拠不明、ミスリードの情報が飛び交っていた。BuzzFeed Newsがファクトチェックをした情報だけでも以下の通りになる。

  • 「学術会議で6年働けば、学士院で死ぬまで年金250万円」フジテレビ上席解説委員の平井文夫氏=誤り10月6日
  • 学術会議が「中国の軍事研究に参加」「千人計画に協力」自民・甘利議員やネット言説=根拠不明10月9日
  • 日本学術会議、答申が出ていないため「活動が見えていない」自民・下村幹事長=ミスリード10月9日
  • アメリカ、イギリスの「学者団体には税金は投入されていない」橋下徹氏=誤り10月12日
  • 日本学術会議幹部が「北大総長室に押しかけ研究を辞退させた」ネット言説=誤り10月13日
  • 学術会議が「レジ袋有料化を提言」東京新聞を機にしたネット言説=誤り10月13日


そのほかのメディアもファクトチェックを実施している。毎日新聞は「任命拒否された6人が『スコーパス』で低評価だから国際的に学者と言えない」とする言説や、学術団体に関して「欧米は全部民間。日本だけが税金でやっている」との言説を「誤り」とした。

また、ハフポストも「学術会議が科研費4兆円を再配分」とする言説を、InFactも関連する「防衛大学の卒業生が大学院に行きたくとも、東大を始め各大学は『防衛大学からきた、防衛省の人間など入れない』と断ってた」との言説を、それぞれ「誤り」としている。

拡散した「千人計画への協力」

こうした情報のなかでも一番広く拡散したのは、学術会議が中国の「千人計画」に協力している、という情報だった。これは、自民党・甘利明議員が「積極的に協力」と記していたブログをまとめサイト「アノニマスポスト」が引用し、広がったものだ。

計測ツールBuzzSumoによると、「アノニマスポスト」の当該記事はSNS上で4万7000以上シェアされている。これは、過去1年にアップされたネット上の学術会議に関する記事のなかで、2番目の拡散。大きな影響力を持っていたことがわかる。

そもそも、この「千人計画と学術会議」に関する言説は、5月4日に読売新聞が記事を掲載したときから少しずつ広がっている。

読売新聞の記事の論点は「日本では、千人計画への参加に関する規制はない」ということに対して警鐘を鳴らし、学術会議側に問題意識を持つように促す点にある。学術会議そのものが千人計画に「参加している」と明言されているわけでも、何かしらの関係性を記しているわけでもないことに、留意が必要だ。

甘利氏はここでもインタビューされ、学術会議の対応を批判しているが、この時点では、両者の関係性を直接指摘するようなコメントはしていない。

この報道はYouTubeの保守系チャンネルで「学術会議の構成員である学者が中国に協力している」(作家・門田隆将氏の発言、5月18日、13万回以上再生)などと取り上げられ、批判の対象に。なお、門田氏は6月11日の「WiLL」でもこの記事を紹介している。

また、6月2日には自民党の有村治子参議院議員が参議院財政金融委員会で、読売新聞と同じ論点の質問をしている。

政府はこの際に千人計画と日本人研究者の関わりについて、「個別具体に把握していない」と答弁している。これはYouTubeに「中国に国際秩序を牛耳られていいのか?!」とのタイトルでアップされ、21万回以上再生されている。

しかし、これらを踏まえても千人計画に直接協力しているとして学術会議を批判するような言説は当時、SNS上で大きくは広がらなかった。Twitter上で現在確認できる限りでは「学術会議 千人計画」のキーワードが含まれるツイートは、9月末までに77件だ。

このうち3件は読売新聞の記事への言及、うち1件は門田氏のもの、うち1件は有村氏の質疑への言及。そして、うち70件は有村氏の質問動画を同じ文言でツイートしているものだった。

「発見」された甘利氏のブログ

このような状況下、甘利氏は8月6日に「積極的に協力」とのブログを記した。しかし、そこには根拠は示されていない。なお、学術会議が大きく注目される前の9月末まで、このブログは一切、Twitter上で拡散していなかった。

「5ちゃんねる」でこのブログを引用するスレッドが立ったのは、学術会議問題の初報が出た翌日の10月2日午後6時半ごろのことだった。「アノニマスポスト」は午後8時ごろまでに、いち早くこの甘利氏の指摘を「記事化」。大きく拡散した。

さらに「ツイッター速報」(すでに記事は削除)や「もえるあじあ」など別のまとめサイトが5ちゃんねるをソースに、アノニマスポストを「後追い」。翌3日には、「千人計画」というキーワードは一時トレンド入りしている。

ツイート件数の推移などを調べることのできる「Yahoo!リアルタイム」を見ても、「アノニマスポスト」などの記事が出た10月2日までゼロだったツイートがその後、一気に増えていることから、世論醸成のきっかけになっていることは明白だ(上掲グラフ)。

また、マスメディアも10月に入り、この言説を取り上げている。たとえば、夕刊フジのサイト「zakzak」に評論家の八幡和郎氏が寄稿した記事(10月4日)で甘利氏の見解が引かれている。

同じ日の「デイリースポーツ」は経済学者の高橋洋一・嘉悦大教授(6日に内閣府参与に任命)の「(学術会議は)千人計画賛成」とするコメントを紹介した。高橋氏は5日の「現代ビジネス」や8日の「zakzak」への寄稿でも「積極的に協力している」と記している。

また、夕刊フジのサイト「zakzak」(10月7日)では、作家・門田隆将氏の「千人計画に協力」とするコメントが取り上げられた。このほか、TBS系列の情報番組「グッとラック」(10月5日)ではMCの立川志らく氏がこの情報に言及し、動画が単体でSNSで拡散する状況もみられた。

ブログを書き換えた甘利氏

ただ、これらの発端になった甘利氏のブログの「千人計画に積極的に協力」という情報について、学術会議の事務局は明確に否定。10月12日には加藤勝信官房長官も「承知していない」と否定的見解を示した。

一方の甘利氏は10月11日のフジテレビ「日曜報道 THE PRIME」でブログの件について「真意」を問われたが、「千人計画」に参加している日本人の研究者が複数いることを示しながら、「学術会議のメンバーかどうかは私確認していませんけど」などと回答。

学術会議と中国科学技術協会の覚書を批判しつつ、千人計画に関する何かしらの声明を出すべきとは述べたが、自らが記したように組織として学術会議がどう計画に「積極的に協力」しているか、根拠を示すことはなかった。

さらに甘利氏は10月12日午後3時ごろまでに、「積極的に協力」と記していたブログを「間接的に協力しているように映ります」と書き換えた。当初は一切の告知はされていなかった。

その後、甘利氏はブログを更新し「表現が適切でないとしたら改めさせて頂きます」と釈明したが、もともとの書き込みに対する根拠は示しておらず、謝罪もしていない。

BuzzFeed Newsは甘利議員の事務所に、学術会議側が否定しているとして情報の根拠についての取材を10月5日にFAXで申し込んでいた。甘利氏から回答があったのは、13日午後6時。FAXで「国会リポート第410号訂正と同日リリースした第413号記載の通りです」とだけ記されていた。

甘利氏は10月14日に報道陣に対してこの点を問われ、「私にはそう見えたが、それが適切でないというならば、そういう風に見えるという風に訂正した」と釈明(朝日新聞、同日)している。

一人歩きした情報

こうして事実関係が否定され、曖昧な形で訂正される一方で、この情報は一人歩きをし続け、「学術会議が中国に軍事協力している」という情報にまで発展。それもまた、多方面で拡散することになった。

「千人計画への協力」が否定されるようになると、今度は学術会議が中国科学技術協会と「協力覚書」を結んでいることを批判する内容の言説も広がっている。甘利氏もそういう主旨の発言をしている。

さらに「学術会議の会員で千人計画に参加している研究者がいる」との報道もされるようになった。自民党の山谷えり子参議院議員が10月8日の参議院内閣委員会でこれを引用しながら、学術会議の「覚書」を批判する質問をしている。

なお、山谷氏の事務所はBuzzFeed Newsの取材に対し、週刊新潮に掲載された櫻井よし子氏のコラムをもとにした発言、と回答した。

しかし、この覚書は、会議やセミナーなどを通じた「情報交換」や、研究者間の交流、共同ワークショップの開催などの取り組みを進めていくことに関するものであり、中国での研究計画に参加するような内容のものではない。

学術会議事務局によると、そもそも学術会議の予算面の問題から、国際的な研究プロジェクトなどを実施することは、中国だけではなく、そもそもそれ以外の国ともできていないとしている。

当時学術会議の会長だった大西隆・東京大名誉教授はBuzzFeed Newsの取材に対し、覚書の要請は中国側からあったことを明らかにし、「拒むほど強い理由もない」ことに加え、「善隣友好」の意味合いを持って結んだものの、結果として実効性を伴わないものになった、としている。

批判があがっていることについては、「日中友好条約があり、国同士も友好関係にある。そのなかで、様々な団体が先方と友好関係を結ぶのは、なんらおかしくないのではないでしょうか。財界や、たとえば自民党も中国側と交流しているように、学術会議も国の機関として覚書を結びました」と振り返る。

また、「内容も出版物の交換や会議、セミナーなどによる交流などで、これに関連して、日本の情報が流出するということもないでしょう。中国のために軍事的研究をしようというのなら問題だが、そもそも学術会議は研究機関ではありませんし、そういうことを奨励したこともありません」とも語った。

テレビ、新聞で広がった誤情報も

学術会議をめぐり、同じように情報が拡散したのは、「千人計画」の件に限らない。

たとえば、10月5日には、フジテレビ上席解説委員の平井文夫氏が10月5日の同局系列の情報番組「バイキングMORE」で「学術会議で6年働けば、学士院で死ぬまで年金250万円」と発言。双方は全くの別組織であるため、これは誤りであり、平井氏は後に訂正した。

これもまた、インターネット上で広く流布されていたものだった。慶応大教授・上山信一氏の「学術会議から学士院会員になり終身年金いただく」とする10月2日のツイートを引用する形で、やはり「アノニマスポスト」などのまとめサイトが記事化している。なお、上山氏はその後「ルールではない」と修正している。

10月3日には、自民党の長島昭久衆院議員も「(学術会議の)OBが所属する日本学士院へ年間6億円も支出されその2/3を財源に終身年金が給付されている」などとツイート。細野豪志議員もそれを引用する形で、「日本学術会議OBの年金のことは知らなかった」などとツイートしていた。なお、両議員はその後、事実誤認があったとして謝罪している。

そしてその2日後、平井氏の発言があった。番組放送後に今度は「年金250万円」という情報が「Share News Japan」などのまとめサイトが取り上げ、大きく拡散することになった。

このほか、日本学術会議幹部が「北大総長室に押しかけ研究を辞退させた」という情報も広がった。この出どころはシンクタンク・国家基本問題研究所(国基研)理事の奈良林直・北海道大名誉教授の10月5日の記事だった。

やはりこれも「もえるあじあ」などのまとめサイトで拡散し、さらに「現代ビジネス」でジャーナリストの長谷川幸洋氏が引用し、「デイリースポーツ」もこの記事を孫引きするかたちで紹介したほか、産経新聞も、阿比留瑠比・政治部編集委員の署名記事で引用した。

国基研は10月12日、「学術会議幹部が北大総長室に押しかけた事実はなかった」として、記事を訂正。「事実上の圧力で、北大は2018年に研究を辞退した」と改め、産経新聞もこれを受けて15日に記事を訂正、お詫びした。

なお、北大側はBuzzFeed Newsの取材に「北大としては学術会議の声明を尊重し、研究の更新を行わなかった」と回答しており、「圧力」との見方に否定的見解を示している。

本来の論点はどこに?

学術会議を巡る情報の拡がり方には、特徴がある。その多くが、任命拒否の問題が注目されてから数日後、まとめサイトを通じて一気に拡散しているのだ。

多くのまとめサイトには、記者による関係者への取材ではなく、ネット上の情報やコメント、伝聞などをまとめて記事を作成するという共通点がある。また、広告収入を目的として運営されているものが多いと見られている。

読者がある問題を考える基盤とするために取材し、メディアとして「事実関係」を提示するよりも、「意見」を紹介し、それに同調した人に広めてもらうことに焦点が当てられている。

そして、今回の学術会議をめぐる問題では、一部のマスメディアでも、情報の取材や検証を行わず、伝聞のまま報じたり、引用していたりしたことも、特徴と言えるだろう。

さらに、一部の政治家やインフルエンサーの発信も、拡散に影響を及ぼしている。YouTubeでは学術会議に関するネット上の言説を紹介する動画が多くアップされ、中には50万回再生されているようなチャンネルもある。

日本学術会議の大西元会長は、こうした情報の広がりについて、「中国の軍事研究に協力しているなどという荒唐無稽とも言えるようなものも含め、根拠のないデマが飛び交っていて、学術会議を不当に貶めたり、反発を煽ったりしているような状況」と指摘。

甘利氏ら政治家が間違った情報の発信に関わっていることについても批判し、本来問題であった任命拒否の問題について「きちんと説明責任を果たしてもらいたい」と語った。

そのうえで、「学術会議がどんなことをしているのか何をしているのかということを、きちんと説明しないといけない。改革論が起きているが、きちんと正当に評価を求める発言や発信も必要だと思っています」とも述べた。


BuzzFeed JapanはNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーとして、2019年7月からそのガイドラインに基づき、対象言説のレーティング(以下の通り)を実施しています。

これまでBuzzFeed Japanが実施したファクトチェックや、関連記事はこちらからご覧ください。

UPDATE

「山谷氏の事務所はBuzzFeed Newsの取材に対し、週刊新潮に掲載された櫻井よし子氏のコラムと、夕刊フジに掲載されたをもとにした発言、と回答」と記していましたが、10月9日時点の「夕刊フジ」の記事について改めて15日に事務所に確認したところ、夕刊フジは言い間違いであった、との回答がありました。一部、修正します。