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Updated on 2020年8月19日. Posted on 2020年8月13日

なぜ周庭さんは「民主の女神」? 本人も「好きじゃない」日本メディアの呼び方に批判も

この「民主の女神」という呼び方については批判や「違和感を覚える」といった声も多くあがっていた。本人も過去のインタビューで香港デモにおける自らの立ち位置に触れながら、「日本のメディアで女神と呼ばれるのは好きじゃない」とも語っている。

香港の民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)さん(23)が国家安全維持法違反(国安法)の疑いで香港警察に逮捕された。

このことを受け、周さんを多くの日本のメディアが「民主の女神」と報じていることに対し、ジェンダーなどの側面から批判する声がSNS上で広がっている。

本人も過去のインタビューで香港デモにおける自らの立ち位置に触れながら、「日本のメディアで女神と呼ばれるのは好きじゃない」とも語っていた。

それにも関わらず、どういう経緯で彼女は「民主の女神」と呼ばれるようになったのか。報道を改めて振り返った。

Billy H.c. Kwok / Getty Images

《「民主の女神」周庭氏逮捕か/【速報】香港「民主の女神」周庭さん逮捕 「民主の女神」周庭氏を逮捕…》

8月10日夜、日本国内のメディアは一斉にこうしたデジタル速報を打った。

同時に、この「民主の女神」という呼び方については批判や「違和感を覚える」といった声も多くあがっていた。

そもそも「女神」という言葉が男性に用いられることのない「女性標示語」である、彼女が若い女性であることから安易なアイコン化につながっているのでは、といったジェンダー面からの指摘のほか、香港デモは個人の集まりであり、リーダーがいないのであるからひとりを「神格化」すべきではないのでは、という指摘がみられた。

実際、周さん自身も「女神」という呼び方について「好きじゃない」とも明言してきていた。このことに触れる声も少なくなかった。

たとえば雑誌「WiLL」の福島香織氏によるインタビュー(2019年12月号)で、周さんはこうはっきりと答えている(なお、この記事のウェブ見出しは「香港デモの女神」だ)。

今回の運動はリーダーのない運動、水のように変化する運動です。それに、私はもともとリーダーでもありません。普通の参加者の1人です。日本語ができるから、日本メディアに香港の状況を説明したりするだけ。女神と呼ばれるのは、好きじゃないですね。

また、野嶋剛氏による「Wedge」のインタビュー(2019年1月)でも「女神」という呼ばれ方についてこう言及している(なお、この記事の小見出しも「香港雨傘運動の「女神」が語った中国への抵抗の決意」だ)

日本のメディアではいつもその名前が大きく見出しに取られてしまいますね。そんな大した存在ではないと思いますが、見出しは私にもどうすることもできないので……。少し恥ずかしいです。

香港では「学民の女神」だった

Anthony Kwan / Getty Images

前提として、そもそも周さんは香港で「学民の女神」と呼ばれていた。

実際、香港で使われる広東語版のWikipediaにも周さんについて「学民の女神」と呼ばれている、と記されている。中国語版でも同様だ。

「学民」は、この当時周庭さんが所属していた、愛国主義教育に異議を唱える学生運動組織「学民思潮」をなぞえらえたもの。2012年の団体の公式Facebookでも「学民の女神」として紹介されており、香港メディアも用いている。

同団体が2016年に解散し、周さんが民主派政党「香港衆志(デモシスト)」の創設に携わって以降、この「学民の女神」は香港メディアでは多く使われなくなったが、台湾メディアではいまでも使われているようだ。

そのうえで、日本の新聞やテレビで周さんが初めて紹介された日をたどろう。国内報道に関するデータベース「G-seacrh」で調べる限り、2014年6月4日の北海道新聞が最初だ。

天安門事件から25年の節目の日、17歳の周さんがデモに「初参加した」として紹介されている。この記事には「女神」の言及はない。

しかし、その少しあとの一部のメディアでは、香港で使われている「学民の女神」を引いていた。たとえばフジテレビは《香港デモの“ジャンヌダルク”!? “学民の女神”は「嵐のファン」》(2014年9月30日)といった形だ。

また、同じ2014年10月12日の時事通信も「周さんは『学民の女神』と呼ばれている」と報じている。

「民主の女神」はいつから?

AFP=時事

この「学民の女神」はほとんど日本国内では定着しなかった。代わって使われるようになったのが「民主の女神」というフレーズだ。

そもそも「民主の女神」とは、1989年の天安門事件で政府によって撤去された「自由の女神」を模した像のことを指す。

学生たちが抗議運動の最中に作成したもので、象徴的な存在だった。なお、香港デモでも2019年10月、同様の像が作成されている。

これを周さんを指すフレーズとして初めて使っているのは、2015年の共同通信記事が最初だ。戦後70年に絡んだ「デモと民主主義」に関する連載で、東奥日報に掲載された10月29日の記事には、周さんについては以下のように言及がある。

”民主の女神”と呼ばれ先導してきた周は「あきらめてしまうことが最大の失敗になる」と訴え「香港を香港人の手に取り戻す」闘いを続ける。

この記事はその後も、西日本新聞や沖縄タイムスなど、いくつかの地方紙に掲載されていた。

ネット上はどうか。Twitter上では、周さんを「民主の女神」とする言及が始まるのは、2017年6月になってからだ。すでに「学民思潮」が解散し、「香港衆志(デモシスト)」に活動が移っている時期でもある。

これは、テレビ東京で周さんを取り上げた《香港返還から20年"民主の女神"が再び対決...中国の巨大権力!》という番組が放送されたことがきっかけのようだ。

放送前から「民主の女神」に言及するツイートが散見されるようになり、さらに放送後はまとめサイトなどでも取り上げられている。

「逃亡犯条例」めぐる来日後…?

時事通信

2019年6月、来日時の会見

一方、データベース「G-search」では先出の共同通信の記事以降、「民主の女神」がヒットしたのは3年ほど後の2019年1月。

共同通信が周さんの来日時における東大講演の内容を紹介し、琉球新報に掲載された記事。「周氏は同運動(注*雨傘運動)を通じて“民主の女神”と呼ばれた」とされている。

さらに同じ年の6月になると、テレビ、新聞各社がこぞって「民主の女神」を使うようになっている。

きっかけは、「逃亡犯条例」に関する香港の窮状を訴えるため、周さんが来日したことにあった。見出しを一部紹介しよう。

  • 香港デモ:各国で連帯 「政府は民意を無視」 「民主の女神」抗議、来日し会見(毎日新聞、6月11日)
  • 緊迫の香港 “民主の女神”が来日して…(TBS、6月12日)
  • いま香港で何が!?“民主の女神”生出演(毎日放送、6月14日)
  • 香港“民主の女神”危機感語る(日本テレビ、6月17日)


テレビが中心にも見えるが、6月18日付の中国・東京新聞では社説《条例反対デモ「撤回」が香港の民意だ》でも「民主の女神」のフレーズを用いている。

このころには、テレビの生出演などを通じ、すでに広範に「民主の女神」という言葉の認知度が拡大していたことがわかる。

その後の逃亡犯条例をめぐる動きの盛り上がりとともに、日本国内で周さんのインタビューや言葉が報道されるたび、「民主の女神」は枕詞として使われるようになっていった。

今年8月12日までの1年2ヶ月でおよそ140件にのぼる。

これ以外に「雨傘の女神」「民主化の女神」という呼び名もあるが、「学民の女神」を含め、どれもあまり多くは使われていないようだ(それぞれ5件、12件、11件)。単に「女神」などとだけする記事も65件ほどあるが、「民主の女神」には及ばない。

そこに意図はあったのか?

Nurphoto / Getty Images

6月に香港中心部で開かれたデモに参加する大勢の若者たち

結果として、周庭さんに関する記事のうち「女神」が含まれている記事は2014年9月から今年8月12日までで、226件にのぼった。

うち今回の逮捕関連の記事が70件以上と、3分の1程度を占めている。徐々に広がってきた呼び名を、今回の逮捕をめぐって各社が一斉に使ったことにより氾濫したとも言える状況だ。その分、SNS上での批判などの反応も集まったのだろう。

反応は海外にも及んでいる。英BBCは8月12日、周さんが日本メディアに「民主の女神」(Goddess of Democracy)と呼ばれていることを紹介。

また、米紙Bloombergも同じ日の記事でこのことに触れ、「天安門事件の民主の女神像を引いている」とした。

しかし、日本のメディアにそうした明確な意図があるとは言えないだろう。実際、周さんと天安門事件の「民主の女神像」を結び付けている記事はデータベース上では、ひとつもヒットしない。

実際のところは、現地で用いられていた「学民の女神」をそのまま輸入したことがきっかけだろう。団体が解散後、ジェンダーやデモの背景が分析されることもなく、単に耳目を引きやすい、そして使いやすいという側面から「民主の女神」が代わって用いられてきたのではないだろうか。

彼女が日本語に堪能であったこともあり、各社は香港で動きがあるたび一斉にその発言を取り上げるようになった。そしてそのたび、キャッチーな「女神」というフレーズが前例踏襲という形で、大量に再生産されてきた。

香港をめぐる現状や彼女について、多くの人が認知していない状況であれば「まずは注目を集める」という目的を持って、こうしたフレーズを「あえて使う」こともあったかもしれない。

とはいえすでにそのフェーズはすぎており、認知は大きく広がっている。さらに本人も本意ではないと表明していることもあるのだから、メディア側は、表現を再考する必要がある段階にきている。


BuzzFeed Newsも一連の香港デモや周さんに関する記事の一部で《「学民の女神」「雨傘の女神」「民主の女神」などとも呼ばれ…》との表記をしていました。

周さんの記事に限らず、こうしたフレーズを用いらずとも記事を発信していくことができるよう、今後もより社内での議論を徹底していきます。


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