2016年末、沖縄で一つの「噂」が流れた。商業施設が集中するエリアで、ISIS支持者がテロを計画している、というものだ。
情報は、1人の男性の顔写真とともにSNS上で広がった。クリスマスを迎えようとする人たちが、自分の知り合いに注意を呼びかけようとシェアしたことにより、拡散したのだ。
しかし、その情報はデマだった。男性は戦火から逃れ、日本で暮らすアフガニスタン出身者だった。被害にあった男性は、悲しみ、怒り、そして深く傷ついた。
いったい、何があったのか。BuzzFeed Newsでは、本人への取材などから一連の流れをまとめた。
経緯を振り返る
2016年12月23日夜、突如としてSNS上にあふれたテロ情報。その多くの内容は漠然としているが、大方はこう言った内容だ。
「沖縄本島の北谷町美浜でクリスマスにテロが計画されている。アフガニスタン出身のISIS支持者が関わっている」

この地区には「美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジ」という商業施設がある。ショッピングモールやシネコン、観覧車などが集まる場所だ。
三連休の初日だったこともあり、情報は「怖い」「死にたくない」などの文言とともに広がった。他人の安全を思って、注意喚起をする人たちもいた。
悪意はない、善意の拡散だった。
多くの書き込みには、画像が添付されていた。英文メールを印刷したものに、こんな日本語が鉛筆書きされているものだ。
「Ahmad Milad Ghulam Faroogというイスラム国支持者がHoliday Seasonに米軍関係者などを狙いアメリカンビレッジ辺りでテロ行為を示唆しているという事です。注意してください」
この英文メールには「aafes.com」というドメインが出ている。AAFESとは、「米陸軍・空軍エクスチェンジサービス」のこと。米軍基地内の食堂や売店などを運営する厚生組織で、在日米軍基地では日本人も多く働いている。

米軍の公式Facebookも
さらに、沖縄にある米海兵隊・第7通信大隊のFacebookも、これらの情報を拡散した。2枚の顔写真とともにシェアされていたようだ。
LINE上でシェアされているスクリーンショットと思われる画像を見ると、男性の顔写真がこんな文言とともに添付されていることがわかる。
「NCIS(米海軍犯罪捜査班)と日本の警察は、この写真の男がクリスマス休暇中、米軍関係者を攻撃する計画を立てていると注意を呼びかけています。添付の資料を読み、沖縄にいるご家族や友人にシェアしてください」

なぜ、私が?
これらの顔写真は、ツイッター上でも同様に拡散されていた。しかし、その男性はテロリストでも、なんでもない。1人の在沖アフガニスタン人のFacebookから転載されたものだ。
「私についてのデマを知ったとき、本当にショックを受けました」
そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、被害にあったアフマド・ミラドさんだ。
アフガニスタン紛争から逃れてパキスタンに移住したアフマドさんは、7年前に来日。2年ほど前から沖縄で暮らし、いまは自動車関係の仕事に就いている。
アフマドさんは自分にまつわるデマを 米軍捜査官から聞いた。12月23日夜、捜査官2人が突然訪ねてきて、事情聴取してきたという。
「基地前でほかの5人の男とともに米兵を待ち伏せしていなかったか」など、何一つ自分のこととは思えない質問をたくさん受け、ひどく傷ついたという。
「何も覚えがありませんでした。なぜ私がそんな大物テロリストのようなことを考えなければいけないのか。憤りを感じ、混乱もしました」
そもそも、件の英文メールに書かれている「Ahmad Milad Ghulam Farooq」という名前とアフマドさんの表記は一部異なっている。
「私は日本に一人も敵はいませんし、平和とともに生きてきた人間であることを伝えました。常に暴力から距離を取ってきた私が、なぜ無垢な人々を殺そうと計画するのでしょうか」
アフマドさんはその場で、なんとか誤解を解いたという。
「オフライン」でも広がったデマ

しかし、翌朝。アフマドさんはさらに、傷つくことになる。
「友人から電話がかかってきて、私に関するデマが、基地の外でも拡散していることを知ったんです」
情報や顔写真はTwitter、Facebook、さらにはLINEを介して広がり、飲み屋など「オフライン」でも共有されていたのだ。
「本当に悲しかった。米軍基地とは直接のやり取りを普段していません。しかし、沖縄の多くの人たちとは常に関わりがあり、このデマが私の会社やビジネスに大きな被害をもたらすと思ったんです」
友人たちとともに、すぐに県警に相談。さらに友人がFacebookなどでデマ潰しに奔走した結果、幸いにして、画像の多くが削除されることになった。
一時は米軍側の刑事告訴も検討したが、「大きな問題にしたくはない」ということで止めたという。
「米軍の人たちは謝罪し、投稿も削除し、2度とそういう間違ったデマを流さないと約束してくれましたから」
それでも、いまだにネット上に残るものがある。自分や家族に危害が加わるのではないかという不安はなくならない。
見た目や出自で判断しないで

アフマドさんは言う。
「本の内容を表紙で判断できないように、誰かの故郷や宗教や文化で、その人自身を判断することはできません。その人について知らない限り」
「その人が何の宗教を信じているかではなく、その人の日々の振る舞いこそが、誰かを判断するときに必要なものなのです」
自身の出自によってこうしたことに巻き込まれたことに、動揺し、傷ついた。それでも、「イスラム教は、平和と非暴力を説く宗教なんです」と強く訴える。
「コーランを読んでも、テロなんて言葉を見つけることはできません。書かれていることはすべて、平和についてのことなんです。テロリストを名乗る人たちは、ムスリムではありません。イスラムを学んでいれば、そんなことをするはずがない」
ISISの台頭や各地で頻発するテロにより、アメリカ同時多発テロ以後から根付いてしまった「イスラム教」への悪いイメージは、拭いきれていない。欧米では「イスラモフォビア」(嫌悪)が蔓延し、社会の分断も進む。
日本においてもそれは例外ではない。中東出身者やイスラム教徒というアイデンティティーにネガティブな感情が包含されていることが、今回の件で図らずも明らかになってしまった。
どうすれば良いのか。アフマドさんは、何かを願うように、こう語った。
「イスラムという言葉を聞いてテロを連想してしまう人、恐怖を覚えてしまう人は、ぜひ一度、イスラムについて学んだり、コーランを読んだりしてみてほしい。そうすれば、私たちの信じている神様アッラーが、私たちに何を望んでいるのかが、わかってもらえるはずですから」