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正しい万歳は「手のひらを内側に」即位礼正殿の儀で拡散、本当は…?

「即位礼正殿の儀」で安倍晋三首相の万歳の仕方を賞賛する形で「手のひらを内側に向けるのが正しい万歳」という言説がTwitterなどで拡散している。これは、1990年代後半に官公庁を騒がせた「万歳三唱令」という偽文書に端を発しているとみられる。

天皇陛下が国内外に即位を宣言した「即位礼正殿の儀」における安倍晋三首相の万歳の仕方を賞賛する形で、「手のひらを内側に向けるのが正しい万歳」という言説がTwitterなどで拡散している。

結論からすると、「正しい万歳」は存在しない。これは「万歳三唱令」という、かつて列島を騒がせた”偽文書”に端を発しているとみられる。いったい、どういうことなのか。

そもそも前提として、万歳三唱の所作について、「公式に定められたもの」は存在しないというのが日本政府の公式見解(2010年2月12日答弁第70号)だ。

これは民主党政権下で出されたものだが、内閣府によると、現在もこの閣議決定が変わらず政府認識であるという。

国旗・国歌を所管する内閣府官房総務課管理室の担当者は、BuzzFeed Newsの取材に対し、「個人的にも、そうしたものがあるとは承知していない」と答えた。

では、なぜ「手のひらを内側に向けるのが正しい」という言説が拡散しているのだろうか。

官公庁を騒がせた「万歳三唱令」

「正式な万歳を定めたもの」として広がる「万歳三唱令」は、1990年代後半、日本の官公庁を騒がせた偽文書だ。

明治時代の法令「太政官布告」を模したもので、全国的に出回り、国会図書館が公式に否定する事態にまで広がる社会問題となった。

Wikipediaには、当時出回っていた文書がまとめられている。それによると、要旨は以下の通りだ。

別紙のとおり明治12年4月1日よりこれを施行する。

右、勅旨を奉じ、布告する。

第一条:発声は、大日本帝国と帝国臣民の永遠の発展を祈って行うこと。

第二条:音頭を取る者は、気力充実・態度厳正を心掛けること。 唱和の際には、全員心を一つにして声高らかに行うこと。

第三条:細部については別に定める。(実施要領を参照)

実施要領

1.直立不動で両手は指をまっすぐ下方に伸ばし体の側面にしっかり付ける。

2.万歳の発声とともに右足を半歩踏み出し、同時に両腕を垂直に高々と挙げる。 その際、両手の指をまっすぐに伸ばし両掌を内側に向けておく

3.万歳の発声終了と同時に素早く元の直立不動の姿勢に戻す。

4.以上の動作を三度、節度を持ちかつ気迫を込めて行う。

ここに「両手のひらを内側に」という言葉があることがわかる。

この「万歳三唱令」の原文はカタカナ混じりで、一見すれば明治時代のものにも見えてしまうものだったという。内容には地域差があるほか、現代語訳されたものもあり、広く拡散したようだ。

当時の共同通信の報道(1999年12月11日)によると、国会図書館には「三年前から問い合わせが始まり、北海道から九州まで数十件の照会」があるほどに。

多くは自治体や警察、消防などの官公庁からで、「信じないように」とする対応に追われていたという。

国会にまで登場した「正式な万歳」

国会図書館がこうして火消しに終われた一方で、万歳三唱令は2000年代以降のネット上にも散見される。

一部の政治家や保守的なグループが媒介となり、実際の会合などで紹介することで、現在でも広がりを見せているようだ。

2010年の民主党政権下では、当時野党だった自民党の故・木村太郎議員が以下のように質問している。

手のひらを天皇陛下側に向け、両腕も真っ直ぐに伸ばしておらず、いわゆる降参を意味するようなジェスチャーのように見られ、正式な万歳の作法とは違うように見受けられた。日本国の総理大臣として、万歳の仕方をしっかりと身につけておくべきと考えるが、その作法をご存知なかったのか、伺いたい。

対する鳩山由紀夫内閣は、「万歳三唱の所作については、公式に定められたものがあるとは承知していない」とする答弁を閣議決定した。

またその2ヶ月後、木村議員は国会で改めてこの点を問うたが、平野博文官房長官(当時)は「改めて調べましたが、正式な作法というものはございません」と重ねて答弁している。

酔っ払った勢いで生まれた?

この「万歳三唱令」は、いったい、どういう経緯で出来上がったものなのか。

実は、2018年に「万歳三唱令」を創作したという匿名グループが熊本の地元紙・熊本日日新聞に経緯を証言している。

当時の記事(2018年2月27日)に掲載された証言によると、グループは公務員らが「遊びで作った」という「正しい萬歳三唱を普及する国民会議」(正萬会議)。

「万歳三唱令」の原型は1989年ごろに完成し、文書は飲み屋などを通じて拡散していった。

ちなみにこの「正式な作法」とされたものは、ゴルフコンペの打ち上げで、酔っ払った勢いでつくられたものだった、という。

右足を半歩踏み出し両の手のひらを内側に向けて掲げる独特の動作は、1985(昭和60)年前後の酒席で「出席者がたまたま酔いに任せてやったのがはしり」で、完全な創作。

文書は、国会図書館の呼びかけに関する報道を受け、「封印された」という。

降参に見える…との指摘も

「正式な万歳」が存在しないとはいえ、「手のひらを内側に」とする万歳の仕方は、あるのだろうかーー。

産経新聞(2000年6月2日)には、「内向きの万歳」は、「自民党などのベテラン議員の間で受け継がれていた万歳の仕方」という記載もある。

自民党などのベテラン議員の間には「先輩から教わった」と受け継がれている「万歳」の仕方があり、手のひらを前に向けるのでなく、向かい合う形であげる形がそれ。「手のひらが前では、『何も持ってない』『降参だ』を意味し、これから戦うのに意気があがらない」(閣僚経験者)のだそうだ。

また、北日本新聞(2012年12月12日)のコラム欄にも、こんな記載がある。

そんな万歳にも「作法」があるという。中締めに立った県内の首長や経済人から何度か聞いた。手のひらを正面に向けて挙げると「降参」の形になり、向き合うように挙げるのが正しいのだそうだ。真偽はともかく、締めの万歳に込められた思いを考えれば納得の説明である

これが「万歳三唱令」に端を発したものなのか、政治家の中で連綿と受け継がれていたものなのかーー。いまとなっては、わからない。が、「正しい」「正式な」とするのは表現が行きすぎていると言えるだろう。

陸上自衛隊第14旅団の広報紙(2017年8月号)では、「万歳の掌(てのひら)は前向きか内向きか?」というコラムを掲載している。

そこでは、「両掌は内向きに」とした「万歳三唱令」が存在しないものであることを指摘し、「昔からの習慣上では、どのような万歳が一般的なのであろうか」として、こんなことを記している。

掌は前に向ける人が多いようである。掌を前向きにするのは「降参」を意味するので、内向きが正しい、との意見がある。しかし、そもそも「万歳」には、転じてお手上げ・降参、の意味もあるので、「祝賀の万歳」と「降参の万歳」を区別したい人は内向き掌にこだわりがあるのかも知れない。

結論として、万歳の所作は発声と共に両手を勢いよく挙げる動作、という事でよいと思われる。