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「必ず、減らす、止めるが目標です」 ステロイドの塗り薬は、安全?危険? (前編)

アトピー性皮膚炎の治療で、親御さんが不安に感じてしまうのがステロイド外用薬。大事なお薬であることは間違いないのですが、アレルギー専門医の堀向健太先生も「好きではない」と言うのです。どういうことなのでしょうか? 青鹿ユウさんのわかりやすいイラストとともにお届けします。

春は、悪化したアトピー性皮膚炎を診る季節

秋から冬にかけて生まれたお子さんがアトピー性皮膚炎を発症しやすいことが知られています。

実際、冬にアトピー性皮膚炎を発症して重症になり、春先に受診されるお子さんを少なからず経験します。そしてアトピー性皮膚炎は「かゆみ」が特徴のひとつです。ですので、お子さんがよく眠れなくなり、そして家族の生活の質をも大きく下げます

重症になったお子さんが初めて病院に来られたとき、親御さんの顔色も悪く切羽詰った表情をされているとよく感じます。

そして、こんなことを心配しておられるかもしれません。

「アトピー性皮膚炎だったら、治らないんじゃないか」

「ステロイド軟膏を塗るようにいわれるんじゃないか」

「ステロイド軟膏をつかったら最後、やめられなくなるんじゃないか」

子どものアトピー性皮膚炎は、生後6か月までに45%、1歳までに60%に最初の症状がみられたという報告があり、乳児期に発症することが多いので、アトピーかもしれないと心配される親御さんも多いでしょう。

多くの保護者さんは親になってから1年もたっていないのに、この心配ごとに直面されることになります。驚き、不安になっておられるのも当然です。

アトピー性皮膚炎の治療で使われるステロイド外用薬は怖いのか、そうでないのか。世界中の最新情報を青鹿ユウさんのわかりやすいイラストと共に読み解いてみます。

乳児期のアトピー性皮膚炎が減ってきた?

近年、日本におけるアトピー性皮膚炎のお子さんはとても増えていました。

しかし、つい最近になって乳児期のアトピー性皮膚炎が減少し始めていると報告されました。それは、保湿剤を生まれたばかりの頃から始めるという方法が普及し始めてきたことも功を奏したのではないかと考えられています。

この方法が広まってきた理由のひとつは、生まれてから早めにスキンケアをすると、アトピー性皮膚炎の発症が減ることが2014年に日本から発表されたことも効果があったのではないかと考えられています。そしてこの研究を報告した論文の著者の最初に、私の名前が記されています。

私がこの研究を思いついたのは、2009年のことです。その頃、入院するほど重症になったアトピー性皮膚炎のお子さんをたくさん診ていて、ステロイドを使いたくない方への説明に、私は疲労困憊していました。

もしアトピー性皮膚炎のお子さんたちが、ここまで重症化しなければ。

できたらアトピー性皮膚炎を発症しなければ。

そんな気持ちを持っていました。

そして今、アトピー性皮膚炎のお子さんは現実に減ってきています。生まれた時からスキンケアをしています!という方も増えてきました。第一線の医師たちから、「最近、重症のアトピー性皮膚炎のお子さんが少なくなってきたなあ」というお話を聞くことも増えました。

そして最近、1日2回以上、たっぷりと保湿剤を使うとアレルギー体質も進みにくくなるかもしれないという結果も出始めています。

アトピーの発症が少なくなればもちろん、ステロイドを使用することもないでしょう。

そして保湿剤が重要なのは、発症した後も同様です。

ステロイドを使用して症状を改善させた後に保湿剤をしっかり塗ると、再び悪化する人は減りステロイドを塗る量も大きく減る、ということがはっきりしてきています。

保湿剤を毎日ぬれば、将来に良い影響

私の外来には、乳児期に発症したアトピー性皮膚炎のお子さんがたくさん来院されます。そして大多数が、保湿剤のみになって卒院されていきます。

病院を卒業する際、親御さんの中には「私が小さいときに、スキンケアを覚えていればもっと良かったのになあ。アトピー性皮膚炎を発症してスキンケアの方法を学ぶことができてよかったです」という冗談とも本気ともとれないことをおっしゃられる方もいます。

「お肌がきれい」って、とても嬉しいことですよね。

私は、アトピー性皮膚炎の治療のゴールを、「保湿剤によるスキンケアを続けていれば、アトピー性皮膚炎のないお子さん以上に皮膚がきれいで、ステロイド外用薬を使うことはほとんどない」に設定しています。

保護者さんが今、保湿剤を毎日塗っていることは、きっとお子さんの将来に大きなプレゼントになります。

まずはお近くの病院に足を運んでいただければ嬉しく思います。

ステロイド外用薬は大事 でも説明に手間がかかる

一方、病院やクリニックの先生方には、特に最初受診された、まだお父さんお母さん歴の短い親御さんたちに、具体的な指導をお願いしたいと思っています。親御さんは、様々な情報にさらされて混乱しがちでもあるからです。

Amazonで「アトピー」と入力して検索すると、科学的根拠がない本が多数ヒットし、良質な書籍は一部に紛れ込んでしまうといった状況になっています。科学的な根拠に基づかない、出典も明らかにされないような本が大半を占めているのです。

SNSの世界はどうでしょう? Instagramをのぞいてみると、湿疹が悪化したお子さんの写真が多数でてきます。

医療情報があふれ、適切な医療が探しにくい状況がある以上、「ステロイド外用薬が怖い」という気持ちを持つことは仕方のないことなのです。

私も、最初ステロイド外用薬を使い始めたばかりことを思い出します。ステロイド外用薬は使い方を慎重に考え、長く使うのはなるべく避けるべき薬剤だと教わりました。そこで、弱いステロイド外用薬をおそるおそる処方していました。

実は、私は、今もステロイドが好きではありません。

それは、ステロイドそのものに問題があるからではありません。副作用が起こらないように十分な配慮をするべき薬であり、使い方を十分説明しなければならない、医師にとって「とても手間のかかる薬」だからです。

車の運転 どんな風に身につけた?

我々が、はじめて車の免許を取るために教習所に通いはじめたときのことを想像してみましょう。

車は、とても便利で多くの方が利用しています。しかし、免許を取るためには何度も教習所に通う必要があります。車は、交通ルールや車間距離、スピードを守って運転しなければなりません。そのため、教習所で勉強し、教習所内や公道で練習をしてから、免許を取得します。

そして免許を取り立ての時は特に、皆さんも慎重に運転されたのではないでしょうか?車は、便利なだけでなく、危険な道具であることを、皆さんもよくご存じだからです。

ステロイドは、症状を改善するための道具のひとつです。目的に達するためには、スピードや車間距離、交通規則を守る必要があります。そうすれば、歩くよりもより安全に早く目的地につくことでしょう。

しかし、そのためには様々な勉強や練習、経験が必要です。

現在の医療環境の中で、どこまで説明を尽くせるのか

若い医師に、「アトピー性皮膚炎の治療はどうすればいいと思う?」と聞くと、口をそろえて「ステロイド外用薬と保湿薬、スキンケアです」という答えが返ってきます。そして、「○○さんは、アトピーがひどいのにステロイドをつかってくれないし、ちゃんと塗ってくれない」という相談を受けることもあります。

私はさらに聞きます。

「ステロイドを使うのに、具体的な指示をしてる? 例えば、使用する量を小さじ1杯とか指2関節分とか、いつまで毎日塗るとか、1日おきにいつするとか、次にいつ受診するのかお話してる?そして毎回、皮膚を触って確認してる?」

すると、多くの場合、「そんなには具体的に話をしていません」という答えが返ってきます。

先程の、車の免許を取得するときのことを考えてみましょう。

ステロイドをお渡しして、「ずっと使い続けたらいけないからね。保湿薬もきちんと塗ってくださいね。ではお大事に」だけだと、

「車にはアクセルとブレーキとハンドルがあるよ。車は適当に運転したらいけませんよ。わかりましたね。じゃあ、表の車に乗って家までお帰り下さい」と言っているようなものです。

それは無謀な指示なのです。

その説明では、患者さんはステロイド外用薬を使うのに不安がきっとでてくるでしょう。

アトピー性皮膚炎のような慢性の病気にステロイド外用薬を使用する場合は、十分な説明がなければならないのです。そして、それは具体的な指示をし、最初は短期間ごとに受診していただき、何度もお話しを繰り返すような大変な作業が必要なはずです。

こんな説明が面倒な薬より、もっと簡単な方法があるのならば、そうしたい。

でも、後編でお話いたしますが、私は、目の前のお子さんのアトピー性皮膚炎の炎症、かゆみを長引かせることが、お子さんのその後の人生に影を落とす可能性が高いこともまた、知っています。

そのため、ステロイド外用薬を使って治療を始めます。

スキンケアや薬の使い方を毎回、具体的にお話しなければならない、親御さんにとっても、そして私にとっても、大変なミッションが始まることになります。

日本の医療で最も不足しているのは時間とマンパワーです。バズフィードでも紹介されたことがある通り、厚労省は医師の残業時間を過労死ラインの倍、1860時間に設定しました。

そんな理不尽な医療環境の中で、時間と知識と経験を必要とするミッションなのです。

そして精一杯の診療の中で、毎回のようにお話します。

「ステロイド外用薬は、必ず、減らす、止めるが目標です」

アトピー性皮膚炎が悪化して受診した2歳の女の子

ある日私の外来に、2歳の重症化したアトピー性皮膚炎の女の子が来院されました。

もともとアトピー性皮膚炎に苦しんでいたのですが、受診の半年ほど前から、ステロイドを使わない治療をおこなう医院に通っており、ひどく悪化してあまりのかゆみで眠れなくなったのでどうすれば良いかわからなくなって受診されたのです。

アトピー性皮膚炎の治療で心配な点をお聞きすると、お母さんは、「ステロイド外用薬のことはよくわからない。けれど怖い」という不安をかかえていることがわかりました。

わたしは、エビデンス(科学的根拠)に基づいた説明をすることを考えました。データやエビデンスのみにこだわっている訳ではありませんが、根拠に基づく治療もまた、重要であるからです。

でも、エビデンスはそれぞれの保護者さんにいつも届くとは限りません。

お母さんの顔色は決して良くありませんでしたし、そのままご理解いただけるとも思えなかったのです。

そこで私は、エビデンスのお話も交えつつ、このようにお話しました。

「いままで大変でしたね。私も、ステロイド外用薬は使い方に気をつける薬だと思っています。でも、副作用を最小限にして、ステロイドの効果を引き出す方法は知っています。必ず、”減らす、止める”が目標です。その方法をお話することはできます」

「ただ、ステロイドをへらすためには、お母さんのご協力がどうしても必要です。スキンケアを少なくとも毎日朝晩、丁寧にしていく必要性があります。していただけますか? お母さんに出来ることが必ずあります。今決めなくても構いません。次回また相談しませんか?」

次の外来に、お母さんは来院されました (内心、私はほっとしました)。

お母さんの目には決意が宿っていました。

そこで、さらにスキンケアの仕方を具体的にお話しし、塗るべき薬の量や頻度を紙に書いてお渡ししました。最初は1~2週間毎に診察しました。そして健康な肌を取り戻し、ステロイドを減らすことを目指す治療がはじまったのです。

(続く)

【堀向健太(ほりむかい・けんた)】東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科助教

1998年、鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院および関連病院での勤務を経て、2007年、国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。

日本小児科学会専門医。日本アレルギー学会専門医・指導医。

2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初の保湿剤によるアトピー性皮膚炎発症予防に関する介入研究を発表。

2016年、ブログ「小児アレルギー科医の備忘録」を開設し出典の明らかな医学情報の発信を続けている。