予約の取りづらい店のはずなのに。空席を見たシェフの嘆き

    被害は売り上げだけではない。他にもある。

    忘年会シーズンの12月、飲食店は繁忙期で嬉しくもある一方、無断キャンセルによる被害が多発して悩ましい時期でもある。

    そんな中、被害は売り上げだけではない、と有名フレンチ店のオーナーシェフがBuzzFeed Newsに悩みを打ち明けた。

    無断キャンセル問題に対して「変えなければならない」と語るのは石井真介さん。

    『ミシュランガイド東京2019』で一つ星を獲得したフレンチレストラン「Sincere(シンシア)」(東京都渋谷区)のオーナーシェフだ。

    もともとフレンチの人気店「レストラン バカール」(現在は閉店)のシェフで、同店での無断キャンセルに頭を悩ませていた。

    「リコンファーム(予約の再確認)のために電話をかけてもつながらない。待ってても来なかったパターンが多かったです」

    それでも、なかなかキャンセル扱いにはできなかった。客が来店することがあり、揉めてしまうからだ。

    無断キャンセルによる被害額

    通常、予約が入った場合、店側は予約人数に合わせて席を確保し、必要なスタッフの人数を計算。コースの予約であれば、事前に食材を用意し、スムーズに料理を提供できるよう仕込みもする。

    そのように、入念な準備をして来店を信じていたものの無断キャンセルが起きれば、経営に打撃を与える。

    他に来店した客を席に案内しても、同じコース料理を注文するとは限らず、食品ロスなどの問題も生み出す。

    店に連絡をしたとしても直前のキャンセルも同様だ。また、「席だけ予約」でも、通せたはずの別の客を断るケースもあり、損害は大きい。

    経済産業省によると、無断キャンセルによる被害額は、推計で年間2000億円にものぼる。

    金銭面ではない損害が大きい

    シンシアではコースメニューのみ提供している。早めのキャンセル連絡があればなんとかできるが、当日キャンセルは打つ手がなくなる。

    客単価は2万〜3万円なだけに、無断キャンセルによる金銭的損害は大きいが、影響はそれだけではない。

    「違和感が生まれてしまう」と石井さんは言う。

    「『予約が取りづらい店』と口コミで聞いて来店してくださっているのに、キャンセルによって席がぽっかり空くんです」

    「そうなれば、全体的な満足度が半減するはずです。料理がおいしくても、また来店したいってならないと思っています」

    決めたのは「ITの活用」

    そこで石井さんは、バカールでの経験も踏まえ、無断キャンセルをできるだけ減らそうとITの導入を決めた。

    経産省や飲食業界団体、弁護士などによる有識者グループが対策として掲げるのも「ITの活用」だ。

    現在、予約・顧客台帳サービス大手「トレタ」など各社が飲食店向けのサービスを提供。

    その中で、シンシアはオープン当初から「テーブルチェック」と契約を結び、ネット上ではテーブルチェックのサイトで予約してもらうようにした。

    飲食業界にはない「当たり前」

    契約が可能にした最大の特徴は、予約時にクレジットカード情報の登録を必須にすることだった。

    客は明記されたキャンセルポリシーを理解したうえで予約する。

    カード情報を登録するのみで預かり金はなく、来店後に会計の支払いとなるが、責任を持つことになる。

    クレジットカード情報の事前入力は、キャンセルの防止策として、ホテルや航空会社では当たり前のように活用されている。

    しかし、飲食業界ではそうではない。

    「気軽に予約できなくなる」との客の懸念も容易に想像できるため、石井さんは「最初はあまり積極的にはなれなかった」と振り返る。

    「クレジットカード情報を入力するのは、お客さんにとってはめんどくさいし、悪く言えば脅しのようなものです」

    「『それでも、無断キャンセルは困るよね』と飲食業界の友人と話したのが、導入を決めた大きな理由でした」

    今年3月に利用をはじめ、無断キャンセルがなくなったわけではない。だが、一定の効果を見せているという。

    「業界のスタンダードを変えたい」

    石井さんは、無断キャンセルがなくなれば飲食店と消費者双方の利益になると信じ、「飲食業界のスタンダードを変えたい」と訴える。

    予約時のクレジットカード情報入力を当たり前にし、無断キャンセルを減らす。

    そうすれば、売り上げの確保はもちろん、スタッフの負担が減って働き方改革にもつながる。それが料理の質やサービスの向上にも寄与するからだ。

    先出の有識者グループは「事前決済や預かり金の導入を検討していく必要がある」としている。予約に対してより責任を持たせるようなシステムの導入を促す。

    一番大切にしていること

    石井さんは「誰かがやらないと変わるものも変わらない」と強調する。

    「僕が一番大切だと思うのは料理よりも空間で、他のお客さんがいてこそのレストラン。来店してくださったお客さん全員に楽しんでもらいたいんです」