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伊藤詩織さんの「書類送検」は単なる手続き。山口敬之さんの投稿を弁護士が解説

「そもそも書類送検とは...」。名誉毀損事件に詳しい弁護士に聞きました。

ジャーナリストの伊藤詩織さんが、性行為を強要されたとして元TBS記者の山口敬之さんを相手取って起こした民事訴訟が続いている。

一審では伊藤さんが勝訴した。しかし、山口さん側は判決を不服として東京高等裁判所に控訴している。

この件に関連し、伊藤さんを虚偽告訴と名誉毀損の疑いで警視庁に刑事告訴している山口さんは、「伊藤さんが書類送検された」とネット上で報告した。これを目にして、伊藤さんが「有罪」という印象を持った人々のSNS発信や拡散が起きた。

この「書類送検」は、司法手続きのなかでどんな意味を持つのか。どう見るのが適切なのか。

名誉毀損事件に詳しい瀧口徹弁護士は、BuzzFeed Newsの取材に、伊藤さんの書類送検は、現時点では単なる手続きの一つに過ぎないとし、冷静に受け止めるように注意を促した。

この件が注目されたのは、山口さんが10月25日に自身のFacebook上で行った投稿がきっかけだった。

「伊藤詩織氏が書類送検されたのは事実です。 私は昨年6月、伊藤詩織氏に対する刑事告訴状を警視庁に提出しました」とつづり、「罪状は『虚偽告訴』と『名誉毀損』」と書いた。

告訴状を提出した理由については、伊藤さんが「虚偽の犯罪被害を捏造して警察や裁判所に訴え出た」うえ、「デートレイプドラッグを盛られた」などと繰り返し発信し、「名誉を著しく毀損し続けているから」と主張した。

「送付」が意味するもの

書類送検されたことについて、伊藤さん側はBuzzFeed Newsに「事実」と認めた。

「書類送検」はメディアでよく使われる言葉だ。それだけに、何か重大なことが起きたような印象を受ける人もいる。

これに対し、瀧口弁護士は、以下のように説明する。

よく報道で使われる「書類送検」という言葉は、法律用語としては存在しない。これは、被疑者の身柄や関係書類、証拠物を検察官に送る「送致」と、告訴、告発、または自首があった場合に主に書類を検察官に送る「送付」の両方の意味で使われる「マスコミ用語」だ。

今回のケースで言えば、法律上は「送付」となる。山口さんの「告訴」を警察が受け、その書類を検察に送ったからだ。

刑事訴訟法は、告訴を受けたら、警察は必ず書類を検察に送らねばならない、と定めている。

242条が「送付」の規定だ。

第二百四十二条 司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。

また、246条には、「送致」の規定がある。

第二百四十六条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

「『送付』は、警察が告訴か告発を受けた場合の手続きです。一定の例外が定められている『送致』とは異なり、送付では例外なく速やかに検察官に送らなければならないと決まっています」

「つまり、警察が告訴を受けたら、伊藤さんが書類送検されることは当然です。検察官に書類を送らないという選択を、警察はできず、100%送付(書類送検)になります」

告訴を受けた警察が「無実」と思っても、「分からないからさらなる捜査が必要」と思っても、「有罪」と思っても、書類は必ず検察に送らなけらばならない。つまり、「書類送検」という事実は、告訴の内容(有罪の可能性の大小)を裏付けたことにはならない。

「そもそも書類送検は、送致における例外をのぞいて、当たり前に行われるものなんです。だから、送付について単独で見れば、ニュース性がないとも言えるし、本来の法的な手続き上の意味としても、そんなに意味のあるものではないのです」

メディアが「送付」を報じるケースは多くない。瀧口弁護士も言う。

「ニュースになるような書類送検の案件というのは、『告訴を受けて警察が動きました』という送付の場合ではなく、重大事件において警察が自ら犯罪の捜査をしてある程度『犯罪の嫌疑がありそうだ』という形で送致した、というケースが多いのではないでしょうか」 

そのうえで、山口さんの告訴を警察が「受理した」点については、こう見解を示した。

「告訴については、犯罪捜査規範で『受理しなければならない』と規定されています(犯罪捜査規範63条1項)。また、裁判例も、記載事実が不明確なもの、記載事実が特定されないもの、記載内容から犯罪が成立しないことが明白なもの、事件に公訴時効が成立しているものなどでない限り、検察官・司法警察員は告訴・告発を受理する義務を負うとされています(東京高等裁判所昭和56年5月20日判決)」

「したがいまして、告訴が警察に受理されたという事実は、山口さんの告訴が形式面などの最低限の要素を満たしていると判断した、という以上の意味は持ちません」

これから注目すべきこと

今後は何に注目すればいいのか。

瀧口弁護士は検察の最終的な判断だという。

今回の件について検察は、裁判所に審理を求める「起訴」をするか、その必要はないと判断して「不起訴」とするかを、決めることになる。

不起訴となる場合には、それが

・嫌疑なし(証拠がないことが明らかで、犯罪の疑いがない)

・嫌疑不十分(証拠が十分ではないので、起訴したところで有罪の判決が出る可能性を見込めない)

・起訴猶予(嫌疑はあるけれども、示談が成立していたり、軽微な犯罪であったりし、処罰の必要がないと判断した場合)

のいずれなのかも、注目点だという。

「容疑者」「被疑者」の呼び方は事実だが...

山口さんは、警察が伊藤さんを書類送検したいま、伊藤さんについて「マスコミのルールに従えば、『容疑者』『被疑者』と呼ぶのが正しい」とつづった。

法律上、検察官に起訴される前の人たちは「被疑者」、起訴された後の人は「被告人」になる。メディアは、この被疑者に「容疑者」という呼称を使う場合もあれば、「議員」「メンバー」といった肩書き、「氏」や「さん」などの敬称を使って報じることもある。

こうした呼称について、朝日新聞社の事件報道マニュアル「事件の取材と報道 2012」 は、こう規定している。

書類送検されても起訴されないケースは多く、書類送検の時点では原則、実名・肩書き呼称とするのが望ましい。

ただ、朝日新聞の場合は警察が証拠や供述に基づいて起訴を求めた場合などについて、こう定めている。

社会的影響が大きな事件などでは、特にこうした見通しを十分に取材したうえで、実名・容疑者呼称を検討する。

また、共同通信社が発行し、地方紙など多くの報道機関で使われている「記者ハンドブック」は、被疑者の呼称についてこう記す。

実名を出す場合の任意調べ、書類送検、略式起訴、起訴猶予、不起訴処分の場合は『肩書』または『敬称』(さん・氏)を原則とする。

告訴された人は、告訴した人を「逆告訴」することもできる。

警察はそれを受けると、告訴された人を必ず「書類送検」するのだから、いずれも「容疑者」「被疑者」と呼ぶことができるようになる。

「伊藤さんは、この時点で『被疑者』『容疑者』なのは間違いありません。ただ、一般の人が、書類送検されたという情報を目にすると、『捜査機関から何らかの犯罪の疑いをかけられている人なんだろう』とか『悪いことをした人の可能性がある』と見られることもあります」

「ですが、刑事訴訟の原則は、有罪判決が確定するまでは無罪が推定される、というものです。そのため、被疑者(容疑者)や被告人であるからといって、その人が悪い人とはならないはずなんです」

「そのため、仮に伊藤さんが山口さんを逆告訴した時であっても、法的な最終判断が出ていない件についての評価や発信は、慎重になるべきだと言えます」

SNSを使うユーザーが、法的に気をつけなければいけないことは何か。

「事実でないことを書いたり、真偽がよくわからない、情報ソースがよくわからない情報の拡散に加担したりすると、法的な責任を負う可能性があります。なので、扱う情報が事実かどうかを慎重に判断することが必要です。そして、『書類送検された』などの事実を前提にしていても、行きすぎたもの、侮辱や人格攻撃に該当するような内容を投稿、拡散すれば、法的な責任を負う可能性があります」

「SNS上での他者に対する名誉毀損や侮辱に関しては、どちらも刑事罰になる可能性もあれば、民事上の損害賠償請求の対象にもなり得ます」


これまでの流れをどう見る必要があるか

2人の間では、伊藤さんが準強姦容疑で警視庁に被害届を提出。いったんは山口さんの逮捕状が出たが、逮捕の直前で取りやめとなり、2016年7月に嫌疑不十分で不起訴となった。

不起訴を受け、伊藤さんが検察審査会に不服を申し立てたが、検察審査会も2017年9月21日、「不起訴相当」と判断した。つまり、山口さんは刑事上、罪に問われることはなかった。

そして、伊藤さんは同月28日に民事訴訟を起こした。山口さんに慰謝料など1100万円の損害賠償を求めた。

一方、山口さんは2019年2月、記者会見などで伊藤さんに名誉を毀損され、社会的信用を失ったとして、慰謝料1億3000万円や、謝罪広告の掲載を求めて反訴した。

そのため、この裁判では両訴訟を合わせて審理されていた。

東京地裁での判決が12月18日にあり、裁判所は山口さんに330万円の支払いを命じた。一方、山口さん側の請求は棄却した。

この判決を山口さん側は不服として、東京高裁に控訴した。裁判は今も継続中で、結論は出ていない。

この訴訟は、刑事上の責任を問うものではない。また、刑事と民事で裁判の結論が異なることは、決して珍しくはない。争う観点が違うからだ。仮に伊藤さんの勝訴が確定しても、それは山口さんが刑事上でも「有罪」となったことを意味しない。

さらに、今回の記事のテーマである山口さんによる告訴は、上記の訴訟ともまた別の話になる。

これらそれぞれを別々に見て評価する必要があり、SNSの発信や情報の拡散には、事実を踏まえた上での慎重さと冷静さが必要だ。