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"夢の国"だと信じた日本で見せた悔し涙。留学生の彼女に学校は「事実無根」

「以前は、日本から一刻も早く離れたかったです」

『日本で大きな夢を見よう!!!』『いますぐ飛び立て、支払いはあとで良い』...。

FaceBookで見つけた広告には、そんな言葉が並んでいた。

広告を見た彼女は、日本を「夢の国」だと信じ、息子を家族に託して留学生として来日した。

しかし、思った通りにことは進まなかったという。在学した日本語学校を運営する会社を相手取り、6月26日に裁判を東京地裁で起こした。学校側は、「全くの事実無根」として、全面的に争う姿勢だ。

いったい両者の間に何があったのか。彼女と日本語学校側の主張とは。

彼女は、30代のフィリピン人女性だ。

フィリピンで介護士と看護師の資格を持ち、化学工場内にある医務室で看護師として働いていた。

2017年、上述の広告を知人から紹介され、フィリピン現地の企業(ブローカー)から勧誘を受けたという。

そして、留学生として来日後、訴訟を起こすに至った。

訴状に書かれる経緯と労働実態

訴状に記載された経緯はこうだ。

彼女は2017年7月頃、フィリピン現地のブローカーから「日本円にして約3.2万円払えば、日本に留学できる。食費、寮費はタダ。ホテルのような環境に住める。今後の生活をよくできる」と勧誘されたという。

その勧誘を信じた彼女は、日本への留学を決意した。

しかし、実際には約3.2万円ではなく、ブローカーから追加費用として「21万円」の支払いを求められたという。

彼女はすでに来日の準備をしており、途中で辞めても返金されないため、やむを得ずこれを支払った。訴状はこう続く。

その後、さらに追加費用を求められ、貯金から支払えなくなったため、(ブローカーから)11万円を借り入れた。結局、原告は来日時の航空券6.5万円を含めた総額30万円弱を貯金から捻出し、その上約11万円の借金を負って来日することになった。

彼女は2018年4月に来日後、神奈川県内の介護施設で就業し、施設の運営会社の寮で寝泊まりした。同時平行で日本語学校にも通った。

そんな中、働いた介護施設で「無休労働等、数々の違法行為をされたため」、2018年12月頃、施設を運営する企業に抗議したという。

訴状で、こんな労働実態だったと訴えている。

(1)法律上、来日する留学生に許可されているのは、週28時間までの就業であるにもかかわらず、施設側は「週28時間を超えて原告を稼働させていた」「超えた分を『ボランティア』として扱い、給与を支給しなかった」。そして、「寮費は無料であると言われていた」が、「毎月37時間分を会社の寮費3万5000円に充当する」などし、無料ではなかった。

(2)施設側は、日本語学校の最初の6カ月間の授業料として、「来日時に、原告に対し、強制的に33万円を貸し付けたことにした」。そして、借金の返済として、給料から「毎月約12000円が一方的に天引きされ、支給されなかった」

(3)夜勤の場合、稼働時間は午後5時から翌午前9時まであり、12時間労働プラス4時間の休憩時間であったが、介護施設の各フロアには1人しか従業員がいないため、「休憩は全く取れなかった」。そのため、「休憩時間とされた毎日4時間分が未払いとなっていた」

退職、退学処分。そして「帰国命令」

抗議した後となる2019年1月、施設の退職と日本語学校の退学を命じられ、その日のうちに帰国するよう「強要を受けた」と訴状にある。

彼女は危険に思い、その日の夜に寮を抜け出した。

その後、若者の労働問題に取り組むNPO法人『POSSE』や外国人の人権問題に詳しい弁護士の支援を得るようになり、法的に行動をとることを決めたという。

介護施設側とは、同じ日本語学校と介護施設に所属したフィリピン人留学生らとともに団体交渉した。その結果、和解し、未払い賃金などを得た。

一方で、日本語学校側は退学の責任を認めていない。

そのため、6月26日、学校側を相手取り、「違法な退学処分」や「帰国強要」などを受けたとして、計165万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたという。

「事実無根」。学校側は争う姿勢

日本語学校を運営する企業は、BuzzFeed Newsの取材に対し、「労働条件の改善を求めたところ、学校から退学、帰国を命じられた」とする彼女の主張は「全くの事実無根」だとFAXで回答。裁判で争う姿勢を見せている。

当該学生のアルバイト先の介護施設での行為が違法行為と判断されたこと等の事情に鑑み、当校の学則に基づき退学処分としたと言うのが実態です。

その具体的な内容は、彼女の「名誉、プライバシーに配慮し、対外的に説明は控える」とした。

そして、退学処分後、その日のうちに帰国するように取った対応は、「帰国を促した」というのが正しい表現であり、「留学生を管理する立場として帰国までの責任を追うため、その責任において空港へ送り届けようとした」と主張し、こう締めた。

弊社としましては、今後、この訴訟において、弊社の対応の正当性を詳細に主張していく所存です。

そのため、今後、個別の取材には応じかねますので、ご理解のほど、お願い申し上げます。

POSSEによると、留学生が日本語学校を相手に「強制帰国」について訴える裁判を起こしたのは日本で初めてだという。

BuzzFeed Newsは7月2日、この女性にインタビューした。女性はこの2日後、ビザの期限が切れるため帰国した。

フィリピンでも裁判の進捗状況の報告を受けながら、引き続き日本語学校と争う方針だという。また、同様の経験をしたフィリピン人を集め、フィリピンのブローカーに対しても、何かしらのアクションを起こしたいという。

「問題は氷山の一角」

この女性とPOSSEは、女性の日本での体験は「氷山の一角に過ぎない」と口をそろえる。また、「日本での留学生の苦難は可視化されていない」と述べた。

彼女は、留学生の置かれる状況をこう話す。

「留学生の多くが、日本に来るために、家を売ったり、借金をしたりしているので、何としても働かなくちゃいけない。そして、強制帰国させられるのが怖くて、不満を言うことを恐れているんです」

「お金がないがために、帰国するわけにはいかず、仕方なく逃げる人も出てしまっています」

訴状では、来日する留学生に週28時間までの就業を認める「制度を利用し、介護や小売、飲食業界が、日本語学校と連携して、外国人留学生を受け入れ、稼働させている。使用者側としては安価な労働力が確保できるし、日本語学校としては、授業料と送り出し国のブローカーや日本における使用者からのキックバックがあるため、儲かるのである」と指摘。こう結ぶ。

外国人留学生を利用して不当に利益を上げる構造が本件の背景に存在する。

留学生に乏しい支援

これまで食料や住居などあらゆる支援をしてきたPOSSEの事務局長、渡辺寛人さんは、こう指摘する。

「留学生は、日本語が堪能ではない人が多く、どこに相談すれば良いのか、誰に頼れば良いのかわからない状況にあります。そもそも留学生向けの支援団体がまだまだ少ないんです」

「これを機に、日本語学校が集中する地域の街頭で、相談するよう呼びかけるチラシを配るなど、アウトリーチ活動にも力を入れています。声を上げられずに諦めてしまい、帰国を余儀なくされる人といかにつながり、サポートするのかが大事。努力を続けたいです」

POSSEは、彼女の訴訟費用や留学生向けの支援を拡充するためにクラウドファンディングで資金を募りながら、支援活動を続けていくという。

取材中、日本に来て良かったと思うのか彼女に尋ねた。

「以前は日本を憎んでいて、フィリピンに帰りたくてたまらなかった。日本から一刻も早く離れたかったです。ものすごく苦しく、自由もなかったからです。でも、いまはPOSSEという安心できる場所、家族ができました」

「日本に来て良かったですよ。苦しい経験を含めて人生において、とても意味のあるものになったと思うんです。始まりは辛かったけど、終わりは良かったです」

日本で働き続け、息子を迎え入れるといった夢は叶わなかった。だが、諦めてはいないとし、笑顔も見せた。

「今回、思い通りにはいきませんでした。だけど、もし何か機会があれば、またいつか日本で働きたいと思っています」