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放射性物質を含む水の処分は「安全。でもゼロリスクはない」。その言葉の真意

国民は、その安全性とリスクをどう捉えるべきなのか。

福島第一原発で発生し続ける、高濃度の放射性物質を含む「汚染水」。そこから放射性物質を取り除く処理を施した「処理水」をどう処分するかをめぐり、議論が続いている。

第一原発にある現在の浄化設備では、「トリチウム」という放射性物質を除去できない。ただし、国が定めた規制基準まで処理水を希釈すれば「科学的に安全」ということを前提に、処分方法が検討されている。

最有力案とされているのは、処理水を放出基準を満たすまで薄めた上で海に流す「海洋放出」だ。

今後、海洋放出を行うことが決まるとすれば、国民は、その安全性とリスクをどう捉えるべきなのか。想定される漁業面などでの影響を最小限に食い止めるために、政府はどんな説明やコミュニケーションを行うのが適切なのか。

行政や住民が、情報を共有してリスクの評価や管理をするため、対話などのコミュニケーションを行う「リスクコミュニケーション」の専門家に聞いた。

「汚染水」と「処理水」とは

Keiya Nakahara / BuzzFeed

2011年の東日本大震災によって事故が起きた福島第一原発の3つの原子炉には、溶けて固まった核燃料「燃料デブリ」が残っており、水をかけ続けて冷却状態を維持しなければならない。

冷却のため水をかけることに加え、水素爆発や地震などの影響で地下水や雨水が入ることで、放射性物質が混ざった「汚染水」が日々、生まれている。

東京電力は「多核種除去設備(ALPS)」などの浄化設備に汚染水を通して、放射性物質を取り除いている。このプロセスを経た水が、「処理水」と呼ばれている。

処理水はタンクで保管されている。11月21日現在、福島第一原発の敷地内に並ぶタンク989基のほとんどは、処理水が入ったものだ。

現在の計画通りに進めば、敷地との兼ね合いで2022年夏頃にタンクが満杯になる見込みだという。そのため、有識者を交え、タンク内での長期保管も一つの案として処理水の処分方法を検討している。

「ゼロリスクはない」

Keiya Nakahara / BuzzFeed

ALPSには62種類の放射性物質を取り除く能力があるものの、1種類取り除けないものがある。それが「トリチウム」だ。

東電は、処理水を環境に放出する場合、処理水にもう一度浄化処理(2次処理)を行い、トリチウム以外の放射性物質の量を可能な限り取り除く方針を示している。

ところが、トリチウムだけは残ってしまうため、トリチウムを含む処理水の処分方法に対して、国内外から懸念の声が出ている。

「処理水を海洋放出したとして、それによるリスクがあるか、ないかと言われたら、リスクはある。トリチウムが放射線(ベータ線)を出す限り、ゼロリスクではないんです」

BuzzFeed Newsにそう語るのは、リスクコミュニケーションを専門とする山崎毅さんだ。

東京大学に本部を置くNPO法人「食の安全と安心を科学する会(SFSS)」の理事長を務め、科学的なエビデンスに基づき、福島県産を含む食品の安全と安心に関する情報発信を続けている。加えて、食・健康・医療に関する報道のファクトチェック活動も行っている。

食品の安全とリスクに関する研究の専門家である山崎さんは、処理水はタンクに入っている状態のままでは健康や環境への懸念が残るので「安全とは言えない」と言う。しかし、海洋放出などをする際に、改めて2次処理したうえで、トリチウムに関する国の規制基準を満たすまで薄めれば問題ない、すなわち「安全と言ってよい」と考える立場だ。

基準を達成しても残る「リスク」

Kensuke Seya / BuzzFeed

しかし、規制基準を満たしてから、つまり「安全」にしてから処理水を海に放出しても「ゼロリスクではない」という。

山崎さんがまず指摘するのは、「科学的な安全性の達成」と「リスクをゼロにすること」は、イコールでは結べないという点だ。

リスクとは、将来に何か問題が起きるか起きないかわからない不確実性が伴う。それを考えれば「リスクは常に残る」という。

「今まで問題が起きたことがないんだから、起きるわけがないというのは、リスクの考え方ではありません」

「なので、処理水を希釈してから海に放出しても、リスクはあるにはある。しかし、そのリスクはごくごくわずかだから『安全と言える』ということなのです」

「安全」とは何か

Keiya Nakahara / BuzzFeed

国が処理水の処分を「科学的に安全」とすることに、前述の通り山崎さんも同意している。それでも「リスクがある」と評価する理由は、何か。

広辞苑(第六版)では、安全は“<1>安らかで危険のないこと。平穏無事。(中略)<2>物事が損傷したり、危害を受けたりするおそれのないこと”と定義されている。

一方、安全学では、「安全」というのは、人体へのリスクが許容可能な水準に抑えられている状態だと考える、と山崎さんは言う。

「つまり残留リスクがあっても、『トレラブル(許容可能な=我慢できる範囲の)リスク』ならば、『安全』と言っていいんです」

「基準以下であれば健康被害が出る可能性はほぼないから、みんなで受け入れましょうと社会で合意するのが『安全基準』です。だから、不確実性が伴うリスクは、あるにはある。『ゼロリスク』を意味するわけではないんです」

私たちの身の回りはリスクで溢れている。例えば、どんな飲食物にも、ベネフィット(利益)があると同時にリスクもある。

酒類は、その代表格だろう。

広く「健康的」と受け止められる食材にもリスクがある。「無農薬野菜」には、寄生虫などのリスクがある。葉菜類には、発がん性が疑われる硝酸態窒素を比較的高い濃度で含むものがある。いわゆる「健康食品」や「無添加食品」も同様に、ベネフィットとリスクがある。食品添加物のように、必要とされるものに対しては安全基準が設けられる。

トリチウムによる放射線の影響

Keiya Nakahara / BuzzFeed

そもそも、トリチウムとは何か。国の説明を見ていく。

経済産業省によると、トリチウムは自然界でも常に生成され、酸素と結びついて水とほぼ同じ性質の「トリチウム水」となる。それが海や川、雨水、水道水、大気中の水蒸気に含まれ、人間は普段から自然と摂取しているという。

そんなトリチウムが放出する放射線(ベータ線)のエネルギーは弱く、処理水を十分に希釈すれば、外部被ばく・内部被ばくともに「科学的に安全」だとする。

自然と生まれるほか、世界中であった核実験や原発の稼働でも発生してきた。日本は、全国各地の原子力施設でトリチウムを含む水を40年以上にわたって排出し続けている。だが、周辺の海水のトリチウム濃度は、WHO(世界保健機関)による「飲料水水質ガイドライン」の基準を大幅に下回っており、健康への影響は確認されていないという。

例えば、関西電力の大飯原発や美浜原発などが集中し、「原発銀座」と呼ばれる福井県の若狭湾は、今でもフグなどの名産地の一つとして知られる。

Keiya Nakahara / BuzzFeed

トリチウムを自然界に処分しているのは、日本だけではない。韓国や中国、イギリス、フランスなど世界各国も、それぞれの国の規制基準に基づいて大量のトリチウムを海や大気に排出している事実がある。

突出して排出量が多いフランスのラ・アーグ再処理施設では2015年、計約1京4000兆ベクレルのトリチウムを海や大気中に処分した。これは10月31日現在、福島第一原発のタンク内のトリチウム総量(実測値と推定値の合計)の約16倍にのぼる。

それでは、福島第一原発の処理水を処分すると、どれほどの危険性があるのか。

処理水の処分をめぐる議論を重ねる、経産省・資源エネルギー庁の有識者が入る小委員会で11月18日、政府側は処理水を放出した場合の放射線の影響の試算結果を公表した。

試算は、国連科学委員会の評価モデルに基づき、海洋放出と大気放出を行ったケースで行われた。仮にタンクに貯蔵している処理水全てを1年間で処分した場合、いずれの方法でも、内部被ばくと外部被ばくを合わせた自然被ばく量(年間2.1ミリシーベルト)の1000分の1以下という結果となり、「影響は小さい」と報告した。また、海洋放出の場合、大気放出よりも影響が半分以下になるという。

大切なのは、リスクを隠さないこと

Keiya Nakahara / BuzzFeed

処理水は、希釈してトリチウム濃度が薄くなったとしても、リスクがないとは言えない。だからこそ、国民とのリスクコミュニケーションにあたり、情報発信者側はリスク評価をしっかりと行い、そして「そのリスクを隠してはいけない」と、山崎さんは指摘する。

福島第一原発の事故以降、放射性物質に関連した情報は、日本人一般にとって少しは身近になった。しかし、科学者や専門家のような知識を持ち合わせている人は少なく、まだまだ理解が難しく、遠い存在だと言える。

まして、「トリチウム」のような耳慣れない放射性物質の名前が出て、科学的なデータを示されながら「管理すれば安全」などという解説を受けたところで、「数十年後にはわからない」「あれほどの事故を起こして安全とはなんだ」「見えないものなんだから怖いに決まっている」「結論ありきだ」と受け止める人がいても当然だ。

説明を聞いても、すぐに安全かどうか、許容できる範囲内のリスクかどうかを判断できる人は少ないのだ。

山崎さんは、消費者庁が以前行った、食品の安全性に関する消費者への説明を引き合いに出し、「専門性だけではだめだ」と語る。

「ベクレル、シーベルトの話から始まって、最終的には『つまり安全です』というやり方になってしまいがちなんです。安全ありきで始めるのではなく、リスクがどの程度か理解してもらうコミュニケーションが大切だと、私は考えます」

「リスクコミュニケーションの基本は『相手がどう捉えるか』を意識することです。伝える側には、専門性だけでなく、誠実性も必要だと考えています」

誠実さとは「情報を隠さず議論する姿勢」

Kensuke Seya / BuzzFeed

誠実性が必要なのは、信ぴょう性につながるからだという。

人は情報のみならず、「情報を伝えてくれる相手が信頼できる人物か」を基準に安全・危険を見極める。さらに、安全だと理解することに加え、信頼があって初めて「安心」が成り立つというのが、山崎さんの見解だ。

「私は相手の立場になって、まず何を不安に感じているのかを傾聴し、共感することから始めます。そのあと、『これくらいのリスクなので、どうですか?』とアプローチしていきます」

ただ、コミュニケーションの担い手によっては、それが失敗する恐れもある。というのも、情報発信者によって、受け手の捉え方が変わるからだ。

国や東電が原発問題に関して失った信頼を取り戻すのは、現状では困難を極めると言っていいだろう。たとえいま、情報を包み隠さず全て伝えていたとしても、過去の隠ぺい問題などで信頼を失っていれば、市民に聞く耳をなかなか持ってもらえない。

山崎毅

発がんリスクを大小で示したイメージ

山崎さんは「だから、科学者や市民団体など第三者が、専門性と誠実性を持って国民とリスクコミュニケーションする、対話の場を設けるべきだ」と考えている。

「処理水の海洋放出に伴うリスク評価のデータを使って、どれほどリスクが十分に低く抑えられているかをつまびらかに発信する。リスクは相対的なものなので、どれくらい大きいか小さいかを適切なイメージで比較しつつ、ゼロリスクなんてないということも、きちんと伝えないといけないと思います」

「そして、参加者全員でリスクの大きさを議論するうちに、『どうも大丈夫そうだ。その程度のリスクならば受け入れよう』と思うのか。それとも『いや、そのリスクは許容できないから、回避できるような選択肢を与えるべきだ』と考えるのか。それは市民が主役となって議論して決めるべきです。それがリスクコミュニケーションの基本理念なのです」

福島産を選んでもらうには

Kensuke Seya / BuzzFeed

国は、処理水について「メディアの力も借りながら、国民に丁寧な説明を行っていく」としている。一方で、現状では正確な情報が国民に広く行き渡り、理解され、「安心」してもらえているとは言い難い。

それもあって、先述の有識者による経産省の小委員会では、処理水をどの方法で処分しても、風評被害のような社会的影響は「避けられない」という見方が強い。

山崎さんは言う。

「目の前に福島産と、たとえば九州産の海産物があり、消費者が『どちらを食べますか』と言われたらどうするか。どちらも科学的に安全であっても、やっぱり九州産の方がより安全そうに思えるので、こっちを食べたいなとなる」

「複数の選択肢がある状況では、福島産の海産物を選ぶことにベネフィット(利益)を感じないわけですから、選ばないんです。ベネフィットがないのに、どうしてリスクを受け入れなきゃならないのかと考えるのは、自然なことです」

「どちらを選ぶかは、その人の価値観で変わる。なので、処理水を海洋放出しても福島産の海産物を選んでもらうには、ベネフィットが必要になる」

Keiya Nakahara / BuzzFeed

前述の通り、処理水を希釈すれば問題ないという立場の山崎さんが考えるベネフィットとは、「福島の復興支援」だ。

福島産の安全性に問題がないと確認することを前提に、福島産を選べば、震災と原発事故からの復興に苦しむ地元の人々を支え、福島の人々が未来への希望をつかむことにつながる。そういった「物語」を押し立て、福島産の売り上げを盛り上げていく、という考え方だ。

山崎さん自身もそれは「簡単ではない」と感じているが、政治のリーダーシップに期待しているという。処理水の処分に伴う風評被害を抑制するにも、政治の果たす役割は大きいと語る。

評価するのは、松井一郎・大阪市長が2019年9月に行った発言だという。科学的に安全性が証明されれば、大阪湾での処理水の放出を受け入れることもあり得ると語ったのだ。

似たような事例がある。東日本大震災で大量に発生した「震災がれき」だ。当時、東北沿岸の被災地ではがれきが復旧・復興の妨げとなり、その処理が問題となっていた。

もちろん放射性物質に対して不安を募らせる声はあったが、最終的には東京都や大阪府、福岡県など全国の自治体が、科学的に安全だと確認されたがれきを受け入れた。

「大阪に限らず、全国の自治体が『こちらも福島の復興のために受け入れますよ』と言える雰囲気にしてもらいたい。福島だけに押し付けず、全国で処理水を海に放出すれば、風評被害は生まれないはずですから」

Kensuke Seya / BuzzFeed

リスクとベネフィットを天秤にかけ、許容範囲(トレラブル)かどうかを判断するのは、あくまで個々の市民だ。そして、社会としての許容範囲=安全基準を決めるのは、政治と行政の仕事だ。

「ゼロリスク信仰はいけない。どんなものにもリスクはあります。それを知ってもらうため、正しいリスクと安全性を伝え続けたいと思っています」

処理水を処分するとすれば、その先にあるリスクと安全性をどう伝えるか。国や地方自治体、そして東電のコミュニケーションとの向き合い方が問われている。

<この記事は、Yahoo!JAPANとの共同企画で制作しています。汚染水と処理水をめぐる問題を考える上での一助となるべく、様々な角度から報じた記事をこちらのページから読めます>

バズフィード・ジャパン ニュース記者

Contact Kensuke Seya at kensuke.seya@buzzfeed.com.

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