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アメリカ統治下の沖縄を伝える30枚の写真 終戦から20年間の歩み

1965年8月19日、現役の首相として戦後初めて沖縄の地を踏んだ佐藤栄作首相。その日まで沖縄はどう歩んできたのか。写真が物語る。

いまから52年前の1965年8月19日。当時の佐藤栄作首相が現役の首相として戦後初めて沖縄の地を踏んだ。「終戦の日」からその日まで、アメリカの統治下におかれた沖縄はどう歩んできたのか。

当時の写真で振り返る。

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12. ボクシングのコツを教えてもらう子どもたち(1951年7月26日)

沖縄県公文書館所蔵

翌年、サンフランシスコ講和条約によって、日本は独立を果たした。しかし、沖縄は、奄美や小笠原とともに日本から切り離された。日本にもアメリカにも属さないという曖昧な地位となり、復帰運動は強まっていった。

14. 現在の宜野湾市の伊佐浜で「金は一年土地は万年」の幟を立てる地元の人たち(1955年7月)

沖縄県公文書館所蔵

伊佐浜の住民たちは、黙認耕作地として戦争によって荒れ果てていた土地を耕した。しかし、米国民政府は一帯を強制収用しようと動き、住民たちは激しく抗議。「土地は汲んでも汲んでもつきない泉です。土地がとりあげられたらわたしたちは死ぬのです」などと、接収反対を訴えたという。

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22. 来沖した「アイク(IKE)」の愛称で呼ばれたアイゼンハワー米大統領を迎える沖縄の人たち。祖国復帰を訴える人たちも多くいた(1960年6月19日)

沖縄県公文書館所蔵

アイゼンハワー大統領は、1954年に「沖縄の米軍基地を無期限使用する」と一般教書演説で述べていた。

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26. しかし、この時は黙認された。沿道では、祖国復帰の願いも込め、無数の日の丸の小旗が振られた。聖火リレーの第1走者だった男性は、「僕は日本人なんだ…」と感じたという(1964年9月8日)

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沖縄が本土から分かれて二十年、私たち国民は沖縄九十万のみなさんのことを片時たりとも忘れたことはありません。本土一億国民は、みなさんの長い間の御労苦に対し、深い尊敬と感謝の念をささげるものであります。私は沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって「戦後」が終わっていないことをよく承知しております。これはまた日本国民すべての気持ちでもあります。

私が、今回沖縄訪問を決意いたしましたのは、なによりもまず、本土の同胞を代表して、この気持ちをみなさんにお伝えしたかったからであります。

バズフィード・ジャパン ニュース記者

Kensuke Seyaに連絡する メールアドレス:kensuke.seya@buzzfeed.com.

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