「元ネトウヨでした」。そう語る沖縄の若い男性がいる。
20代前半の彼は、米軍基地を否定する家族に不信感を持ち、ネット上での言論に一喜一憂した。
「電柱が目の前にあるように、米軍基地はあったんです」と語る男性は、自分の考え方の変遷を振り返った。
那覇市出身の男性にとって、生まれたときから米軍基地が当たり前の存在だった。
違和感を持ちなさいと祖父や祖母に言われても、生活するうえで基地や米兵から実害を受けたわけではない。だから、基地に反対するそうした考えに違和感を持った。
「沖縄は好きだけれど、その文化はつまらないというくらいに思っていました。基地についても興味すらなかった」
「僕からしたら、米兵は気さくで良いやつです。それなのに、じいちゃんやばあちゃんは、なんで米軍基地に反対と言うんだろうと思っていたんです。『基地反対=アメリカ人が嫌い』と感じ、おかしいと思ってた」
SNSは「斬新な意見や情報」をくれる場所
そんな中、SNS上で目にしたのは「斬新な意見や情報」だったという。
「名護市辺野古で基地移設への反対運動をしている人は、お金をもらっている。その人たちは、韓国や中国から来ている」
こんな情報をテレビや新聞は伝えないし、家族も教えてくれない。隠されていたのだろうか。
Twitter上でこういう投稿を見ては新鮮さを感じ、「いいね」を押した。そうした投稿に共感して、自らもツイートすることもあった。事実かどうかを自ら調べることはなく、そのまま信じた。
友人たちが同じような情報に「いいね」をしているのを見ると、ますます「真実」だと思えた。
自然と口にしていた「翁長知事は中国の手先」
周囲には、亡くなった翁長雄志前沖縄県知事は「中国の手先らしいよ」と話していた。
一番記憶に残るのは、翁長氏の娘が「中国人と結婚した」というネット上の風説を信じたことだ。
検証せず、その風説をそのまま翁長氏の娘と親しい友人に話すと「それは嘘だよ」と即座に言われ、驚いた。
翁長氏は2015年の県議会で、次のように答弁している。
「インターネット上で、(私の)長女は中国・上海の外交官と一緒になっていて、(もう一人の)娘は中国に留学していると言われている。信じている人も多いようだ」
「県議会本会議場でうそを言うわけにいかないので、そうではないと言いたい。娘の一人は県内で勤めているし、末の女の子は埼玉の大学に行っている」
「あなた、ウチナーンチュ(沖縄人)だよ」
SNSが「斬新な意見や情報」をくれる場所という考え方が変わることになったのは、2014年にハワイに留学した時だった。
かつて沖縄から組織的に移住した人々の子孫たちと交流した。そのコミュニティの人々と話す中で、ある高齢の女性に「あなたは何人なの?」と問われ、「日本人ですよ」と返した。
すると、女性は言った。「あなた、ウチナーンチュ(沖縄人)だよ」と。
なんでそう言われたのか、その時は理解できなかった。しかし、帰国後、三線教室に通って沖縄の文化に触れ、沖縄で生まれた自分自身を見つめ直したことで、女性の言葉の意味を初めて理解できた。
「あの言葉は、今思えば、国籍の話ではなく、アイデンティティの話だと気づいたんです。琉球王国の時代があって、日本になった。そして、戦争があって、今がある。帰国してから本や講演会で勉強をするようになり、沖縄のことを知れば知るほど、やっぱり自分はウチナーンチュだなと思うようになったんです」
「女性はアメリカ国籍なのに、ウチナーンチュとしてのアイデンティティを持ち、ここまで沖縄のことを考えている人がいるんだ、と思った。一方で、僕は沖縄に住みながら、沖縄を全然知らなかった。恥ずかしくなりました」
変わった見方
今でも米軍兵士たちは「気さくで良いやつ」との考えは変わらないが、米軍基地のあり方には「おかしいな」と思うようになった。
土地の強制接収に始まる沖縄の米軍基地の成り立ちや、普天間飛行場の辺野古への移設計画などを知り、沖縄が大きな負担を背負う事実と、本土との「溝」を痛感した。
「基地問題によって県民同士で対立させられ、複雑な思いをしているのが沖縄です。ウチナーンチュではなく、日本人として考えても、沖縄の大きすぎる負担はおかしいんじゃないかなと思えました」
SNS上で展開される政治をめぐる「言い合い」に対して「お互い言いっ放しで、議論になっていないのが悲しい」と感じる。沖縄に対する意見にも心を痛める。
「国の安全保障の問題は、沖縄だけでなく、日本全体で、自分のこととして考えてもらいたいと考えています。それなのに『そんな基地に反対なら、日本から独立すればいい』なんて言葉も出てくる」
「それに、沖縄の人がそう言うのと、本土の人が言うのとは違う。僕は日本人で、日本語をしゃべって、日本食を食べてきた人間です。日本人としてのアイデンティティも持っている。怒りもあるけど、悲しくなります」
「上の世代」とギャップ
沖縄で生まれ育った若者に、かつての自分のようにネット上の情報や意見を鵜呑みにする人は多いのでしょうか。そう尋ねると、「上の世代とのギャップがあるから、多いと思います」と返ってきた。
今回の県知事選で朝日新聞と沖縄タイムスなどが行った出口調査では、与党が推薦した佐喜眞淳氏の支持率が、10−20代では当選した基地移設反対派の玉城デニー氏を上回った。30代以上はすべて、玉城氏支持の方が多かった。
米軍基地を巡る意識に、20代以下の若い世代と30代以上の間に「溝」があることを示唆する結果だ。
「戦後73年経って、僕らは米兵と飲んで、たわいもない話もすれば、ダブルの友だちもいる。それが当たり前で育つと、沖縄の過去や基地問題にも無関心になると思っています」
「だからこそ、ネットの情報が間違っていたとしても信じやすいし、浸透しやすい。『デマ』とされている情報を周りの友だち、そして姉ですら信じている。いろんな問題を当事者意識として捉えられなくなっている。上の世代との溝が、そうさせるのかもしれないですね」