「どこに気持ちをぶつければいいのかわからない」
東京で暮らす彼女は、神社の「巫女」として生まれ育った。本来ならば、一年で最も忙しい時期を迎える実家に帰省し、今頃、せわしなく手伝いをしているところだ。
しかし、猛威を振るう新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、帰省を断念した。
本当は帰りたい。家族に会いたい。巫女として参拝者を迎えたい。行き場のない思いを抱える彼女に話を聞いた。

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20代の舞さん(仮名)は、福島県内の小さな神社の巫女だ。神社は家族で営み、叔母が神主を務めている。
舞さんは、学生時代も、会社員として別の仕事を持ってからも、年末年始は必ず帰省していた。
神社が1年間でもっとも多忙な12月31日から1月2日まで、巫女として実家の手伝いをするためだ。
「1月1日に日付が変わるタイミングや、1日の日の出のタイミングが最も忙しいです。なので、生まれてこのかた、ゆっくりと初日の出を見たことがありません」
家族の「顔を出すだけでも」の言葉

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年末が近づくにつれて、「帰ってこないの?」と福島にいる母に何度も尋ねられた。
しかし、新型コロナウイルスの新規感染者数は増え続ける一方だった。その数字を見て、帰省を諦めたという。
「毎年、必ず手伝いたいと思っています。でも、今年は新型コロナウイルスを地元に持って帰るリスクを負うわけにはいかないと思い、同じく上京している姉と相談し、2人とも帰らないことにしたんです」
母は強要しなかったが、それでも残念そうに「帰ってこないの?」「顔を出すだけでも」と繰り返した。
「きっと、祖父や祖母から自分や姉が帰ってこないのかと聞かれたのだろう」と舞さんの頭には祖父や母など家族の顔が浮かんだ。

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毎年忙しく、「普通に過ごせないお正月」だと思っていた。
けれど、これまで神主を務めてきた祖父の体がだんだん思うように動かなくなってきており、実家の家族との時間を大事にしたいと一回一回の帰省を大切にしてきた。
舞さんは「家族みんなで協力して行う、家族の一大イベント」だと年末年始について説明する。
家族で集まって、「あけましておめでとうございます」とあいさつするのは、1月1日の仕事が終わる午後4時以降。お年玉をもらうときに正式に挨拶をし、やっと寝られる、と一息つける。
それが、実家の恒例だった。けれど、今回はいつもとは違う正月を迎える。
何もない年末を迎え、気づけたこと

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本当は帰りたい。家族やこれまでお世話になった人たち、みんなに会いたい。でも、新型コロナに感染していたとしたら、大切な人たちに移すかもしれない。それは、絶対に耐えられない。舞さんはそう思った。
「巫女としては初めて何もない正月で、戸惑っています。お正月って1人だとどうやって過ごせばいいんですかね。今まで当たり前のようにしてきた手伝いができない。こんな状況になって初めて、私にとって巫女の仕事は一年を締めくくる大事な行事だったんだなと気づきました」
神社では新年、フェイスシールドやゴム手袋などを用いた新型コロナの感染防止対策をして、参拝者を迎える予定だ。そして、地元の人たちが手伝ってくれるといい、なんとか忙しい日々を乗り切れそうだという。
「参拝する方には、とにかく予防を忘れないでほしいし、参拝される場合は混む時間帯は避けてほしいです。参拝客が少なく閑散としたお正月は正直寂しいですが、年末年始を家でゆっくり過ごすのも良いと思います」
東京都の新型コロナウイルスの新規感染者数が12月31日、これまでで最も多い1300人を超えたと発表された。予断を許さない状況が続いている。
「いま会えなくても生きていれば、また会える。なので辛いですが、2021年の年末には帰省できる世の中になってほしいと願っています」