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日本の「公園」に見た幸せ 死を覚悟して船に乗り込んだ彼女がいま思うこと

海賊によるレイプや船の沈没、餓死といった恐怖に苛まれながら、すし詰め状態の船にいた。当時、まだ12歳の少女だった。

「二度と母国に戻れないと覚悟して、手作りの船に乗りました」

彼女は時折、深い息を吐き出し、辛い過去を語った。母国のベトナムを離れ、死との恐怖と戦いながら、彼女が難民として家族とたどり着いたのは日本だった。

ベトナム出身のトルオン・ティ・トゥイ・チャンさん。1970年代に発生したベトナム、ラオス、カンボジアからのインドシナ難民の一人だ。

チャンさんは6月2日、難民について考えるイベントに登壇し、自身の経験を交えながら平和と自由、人権の尊さを若者らに向けて語りかけた。

1975年、ベトナム戦争が終結した。ベトナム、ラオス、カンボジアのインドシナ三国では、社会主義体制に移行。

迫害を恐れる人や新たな体制を受け入れられない人が、漁船などの小型船による航路や、陸路で周辺国に次々と逃れた。

船に乗り込んだボート・ピープルの中に、チャンさんはいた。当時、まだ12歳の少女だった。

海賊によるレイプや船の沈没、餓死といった恐怖に苛まれながら、すし詰め状態の船にいたという。

漂流中、たまたま船を見つけ、助けてくれたのはオランダの貨物船だった。国連とのやりとりを経て、インドシナ難民の受け入れをしていた日本に父親や兄弟ら家族とやってきた。

来日してできる2つのすごいこと

「父が『日本に着いたら、チャンは2つのすごいことが必ずできる』と言ったんです」

1つ目は学校に通えること。当時のベトナムでは考えられず、とても嬉しかったそうだ。

「2つ目はなんだと思いますか?」。彼女は、会場に集まった200人以上を前に問いかけた。

「公園の風景でした。長崎に上陸したとき、2つ目に父が見せてくれたのが、花がたくさん咲いている公園でした。勉強をしたり、弁当を食べたりしている人がいる、普通の風景でした」

日本人にとっては当たり前の光景が、チャンさんには嬉しくてたまらなかったそうだ。

「その風景の中に、形の見えない平和と自由がたっぷりあったんです」

「花」に込められた意味

その後、日本の学校を卒業し、現在は外国人向けの相談窓口の相談員や通訳として働いている。

チャンさんは、周囲の支えや理解があるからこそ今があるという。そして、日本を「第2の祖国」と呼ぶ。

言葉の壁、文化の違い、健康保険や年金など制度の理解の難しさ。この国でさまざまな苦労を経験してきた。

自信がなくなっているとき、父親にいつも言われた言葉は「チャンは花だよ」だった。どんな意味か。

「花はそれぞれ香りも形も違います。そして花は必ず咲く。人間もみんなひとつひとつ一輪の花なんです。だからみんな花で、それぞれ違っていい」

「難民のことを理解してもらって、日本がお花畑になるにはどうすればいいのか、みなさんと一緒に今後も考えたいと思います」

「一人の人間として理解して」

このイベントは、世界の子どもを支援する国際NGO「ワールド・ビジョン・ジャパン」と、日本に暮らす難民の定住支援をする公益財団法人「アジア福祉教育財団難民事業本部」の共同開催によるシンポジウムだった。

フォトジャーナリストの安田菜津紀さんや、難民支援に取り組む慶應義塾大学の学生団体「S.A.L.」と聖心女子大学の学生団体「SHRET」のメンバーらが登壇し、若者を中心に参加者が集まった。

質疑応答になると、「難民に対して学生はどう関われるのか」という質問が飛んだ。

チャンさんは涙ぐみながら「一人の人間として理解してもらえたらありがたい」と答えた。

「『自分』と『難民』ではなく、一人一人同じなんです。みなさんと同じように、朝までぐっすり寝たい。言いたいことは怖がらずに発言したいし、平和と自由、人権を愛したい。全部、同じなんです」

日本で良かった、と思えたこと

イベント終了後、チャンさんに「日本で良かったと思えたことは何ですか?」と問うと、笑顔でこう返した。

「私たちが求めるものは、平和・自由・人権、そして教育が受けられることです。日本にはどれもあった。良かったです」

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、2016年末の難民は約6560万人で、紛争や迫害などで「1分に20人」が避難を余儀なくされている計算だ。

日本はこれまで1万1千人を超えるインドシナ難民の定住を認めている(外務省)。

しかし、法務省によると、2017年、日本で世界各国の外国人約2万人が難民認定申請を出したが、認定したのは20人。認定はしなかったものの、人道的な配慮を理由に在留を認めたのは45人だった。

年間で数千〜数十万人を認定するG7諸国と比べたら、その少なさがわかる。

6月20日に「世界難民の日」を迎える。UNHCRでは、各国政府に難民問題の解決に向けた要望を提出するための署名活動をしており、ワールド・ビジョン・ジャパンは難民支援のための寄付を募っている

BuzzFeed JapanNews