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「私を動かしたのは素朴な感情でした」 ゲイだとカミングアウトを受けた上司が、彼にかけた言葉

金融大手ゴールドマン・サックス証券の上司と部下。カミングアウトは2015年だった。

「抱えているものは重かったんだな、と思いました」

BuzzFeed Newsにそう話すのは、金融大手ゴールドマン・サックス証券の法務部長である藤田直介さん(54歳)。2015年、部下の稲場弘樹さん(51歳)からカミングアウトを受けた。知り合って13年目だった。

ゲイであるとカミングアウトを受けたのは、稲場さんが初めて。2人は、それをきっかけに、ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーら、LGBTの人たちの支援に向けて、大きく舵を切ることになる。

両親には告げられなかった稲場さん

稲場さんは、社内にある藤田さんの部屋で前触れなく切り出した。

部下からの告白に、藤田さんは「何か嫌なことがあったら言ってきてね」と優しく声をかけた。「大げさではない、さらっとした」対応に、稲場さんは嬉しく感じた。

それまで藤田さんは、LGBTの当事者たちを積極的に理解しようとする姿勢を見せていた。

LGBTを理解・支援しようとする人「アライ(Ally)」の証となる卓上カードを、誰もが見えるようにデスクの上に置いたり、LGBTに関する話題を部下に積極的に話したり…。

「アライとして一生懸命いろいろ取り組んでいるのを見て、カミングアウトをしたいと思うようになったんです」

そう振り返る稲場さんは、亡くなった両親や周囲に告げられないほど、当事者であると知られることをずっと恐れていた。藤田さんは、当時の様子をこう振り返る。

「雲が晴れたような表情で、肩の荷が下りたように見えました。抱えているものは重かったんだな、と思いました」

カミングアウトが変えた積極性と生産性

カミングアウト後、稲場さんは驚くほど変わった。

社内の当事者とアライが入ってLGBTを支援する任意参加の「LGBTネットワーク」に積極的に参加し、共同代表にも就いた。

藤田さんは、積極性の他に業務の生産性も格段に増した、と強調する。

「法律家として、もともと知識や経験は豊かでした。一方で、管理職として必要なリーダーシップの面で遠慮しており、積極性に欠ける印象がありました。ですが、カミングアウトしてからリーダーシップを発揮するようになったんです」

「さらに、時間が経過するごとに、仕事の生産性がどんどん上がっていきました。数値化することは難しいですが、現時点で2倍以上になっていると思います」

説得力のある文章が書けるようになったとも褒められ、稲場さんは照れながら言う。

「たしかに積極性が増しました。ネットワークの活動を積極的にやっていきたかったのもあって、カミングアウトしました。僕がすべてリードしていくんだ、と思っていました」

「カミングアウトしてから人前で話すことも増え、どんな会議でも発言できる、と自信につながりました」

影響は同僚にも波及

社内でのカミングアウトが、業務外にも同僚とコミュニケーションする機会を増やした。難しかったプライベートな話題も話せるようになった。

藤田さんは、それによって同僚に良い影響があったとしている。

「会社はチームで仕事をしており、コミュニケーションが大切です。彼が変わったことで、チームの他のメンバーにも影響してチーム全体の生産性向上につながりました」

トップが動けば変わる

「電通ダイバーシティ・ラボ」が2015年、全国の20〜59歳の約7万人を対象に調査したところ、13人に1人がLGBTを含むセクシャル・マイノリティ(性的少数者)だった。

つまり、オフィスで周りにいる13人のうち1人はセクシャル・マイノリティであるだろう、という結果だ。気づいていないだけで、友人や知人が当事者である可能性はとても高い。

それでも、「会ったことがない」「同僚にはいない」と思っている人は多い。

だからこそ、藤田さんは当事者が必ず組織にいることを前提に、トップが率先して動く必要がある、と説く。

「会社は、トップのリーダーシップに従って、業務を遂行し、社内の文化が形成されていきます。LGBTについて、トップが無関心だったり、否定的だったりすれば、部下は何も取り組めないですよね」

そのため、トップの行動がとても重要だとする。「LGBTを支援する」と部下たちに宣言し、担当者を任命することで、会社として初めて支援に向けて舵を切れると考えている。

会社としてできること

ゴールドマン・サックスは、当事者が働きやすい環境を整えている。

前述の「LGBTネットワーク」は、日本法人では2005年に設立。卓上カードを作ったほか、講演会やネットワーク外の社員との食事会を定期的に開催するなど活発に動く。会社も、多様な人材を受け入れる体制を強化してきた。

多様な人材がいることが重要だと認識する会社は、各部署で部長クラスの少なくとも1人をアライに指名し、部下たちに理解を促してもらっている。藤田さんもアライに選ばれた一人だった。

福利厚生も充実している。休暇の取得や健康保険、介護支援制度の適用など、パートナーの性別を問わず、しっかりとサポート。LGBTの学生を対象にする会社説明会も開いている。

周囲に悟られまい、と思っていた稲場さんの心が動いたのは、そのような会社の主体的な姿勢があったからこそだ。

LGBT研修は全社員が対象

さらに、ゴールドマン・サックスは、誰もが当事者への理解を深めてもらうために、全社員を対象とするLGBT研修を実施する。

研修では、当事者からカミングアウトを受けたり、当事者を傷つけてしまう悪気がない会話を耳にしたり、と起こりうるさまざまなシナリオを用意し、どう対応するのが適切かをグループで議論する。

藤田さんはこう話す。

「事前に話し合い、話を聞き、どう対応すればいいかを知っておけば、実際にカミングアウトを受けた時や当事者と接する時に、自信を持って対応できますよね。でも、何も考えていなければできないはずです」

大切なのは「対話し、理解すること」

2人が大事だと実感しているのは、当事者との「対話」だ。身近に当事者がいなければ、NPOなどが主催するイベントに出向き、積極的に当事者と会話をして理解しようとしてほしい、という。

「受け身の理解者だった」という藤田さん自身も、稲場さんらとの対話によって変わった。

これまで多くの人に理解をしてもらおうと、稲場さんとともに数多くの講演会で登壇。2016年に、外資系法律事務所や国内の四大法律事務所の弁護士らが加わるLGBTとアライのための法律家ネットワーク「LLAN」を立ち上げた。

LGBT支援の活動を高く評価されている2人は今年4月、国際的に活躍する企業内弁護士に与えられる米国法曹協会の殊勲賞を日本人として初めて受賞した。さらに、英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」は6月、アジア・太平洋地域における「最も革新的な法務責任者」の1人に藤田さんを選んだ。

「私を動かしたのは、大事に思っている部下が困っていたら、力になりたい、という素朴な感情でした。稲場のカミングアウトの前は、受け身の理解者でした。理解促進の輪を広げる取り組みが今できています」

同性婚が認められる国に

2人の目標は、アメリカや台湾であったように、日本で早く同性婚を認める司法判断が下ることだ。

アメリカの同性婚を合法化した州で、当事者である高校生の自殺率が低下したという調査結果が発表されている。法の力で、当事者たちが認められるような社会にしたいとして、稲場さんは意気込む。

「社会全体が変わらなければ、職場でもどこでもカミングアウトできません。自信を持ってカミングアウトできるような社会作りに貢献し、法整備につなげたいと思っています」


LGBT研修で議論したシナリオの一つ

部下Aさんはどうやらゲイであるようです。 Aさんの同僚である3人は、その話題で持ち切りです。さて、マネージャーのあなたは3人にどんな言葉をかけるべきでしょうか?

これは、ゴールドマン・サックスの全社員が対象のLGBT研修で、議論されたシナリオの一つです。

「これが正しい」という答えはなく、こう言えばいいのではないか、逆にこんな言葉遣いではAさんが傷つくに違いない、などを考えて、グループで議論します。最後に、LGBTに詳しい講師が細かくアドバイスする、という内容です。

あなたなら、どう対応しますか?