
柴山文科相が「教育勅語」について語る会見
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2017年には松野文科相が「教材として用いて問題ない」と発言

国会では「排除」「失効確認」が決議されている

これらの詔勅の根本的理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すものとなる。
(「教育勅語等排除に関する決議」1948年6月19日 衆議院決議)
当時の文部大臣は「明治憲法と運命をともにいたすべき」と断言
教育勅語は明治憲法を思想的背景といたしておるものでありますから、その基調において新憲法の精神に合致しがたいものであることは明らかであります。教育勅語は明治憲法と運命をともにいたすべきものであります。
(森戸辰男・文部大臣 1948年6月19日衆院本会議)
代わって制定されたのが、戦後教育の指針となった「教育基本法」だ。
「国家」への忠節を重んじた「教育勅語」と異なり、教育基本法は前文で「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」と掲げられ、「教育の憲法」とも呼ばれた。
しかし、「教育勅語」を再評価する政治家が相次いでいる

戦後、国民の秩序は乱れてきており、教育勅語の教える道徳律を復活させて、精神の秩序をとりもどすべきだ。
(藤尾正行・自民党政調会長,、1984年8月28日朝日新聞)
教育勅語の中には非常に悪いところもあったし、とてもいいところもあったはずなので、全部だめだったというのはよくないんじゃないか。普遍の真理みたいなものは続けていかなければならない
(森喜朗首相、2000年)
教育勅語の精神は取り戻すべきだと考えている
(稲田朋美防衛相、2017年3月8日参院予算委員会)
小説家の高橋源一郎さんが現代語訳を公開

「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください」
教育勅語①「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね」
教育勅語②「きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです」
「父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと」
教育勅語③「その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと」
教育勅語④「そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません」
「はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」
教育勅語⑤「もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」
「というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください」
教育勅語⑥「というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです
教育勅語⑦「いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです」
教育勅語⑧「そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。以上! 明治二十三年十月三十日 天皇」
高橋さんは自らの訳し方について、こうもつぶやいる。
たとえば、「朕惟フ」と言うと、ふつう「私は思う」と訳す。もちろん間違っていない。でも、なんか違う。「朕」を使えるのは、天皇ただひとり。同時代で、「朕惟フ」を読んだ人は、「私は思う」とは受けとらなかったんじゃないかな。正確だけれど「正しくない」訳、そんな気がする。
明治神宮の公式サイトでは、「国民道徳協会」の口語訳を紹介。高橋さんの訳とは少し異なっている
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
~国民道徳協会訳文による~
戦前の文部省図書局による口語訳はこんな感じ
朕がおもうに、我が御先祖の方々が国をお肇(はじ)めになったことは極めて広遠であり、徳をお立てになったことは極めて深く厚くあらせられ、
又、我が臣民はよく忠にはげみよく孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一にして代々美風をつくりあげて来た。これは我が国柄の精髄であって、教育の基づくところもまた実にここにある。
汝(なんじ)臣民は、父母に孝をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以て交り、ヘりくだって気随気侭の振舞をせず、人々に対して慈愛を及ぼすようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧けて皇室国家の為につくせ。
かくして神勅のまにまに天地と共に窮りなき宝祚(あまつひつぎ)の御栄をたすけ奉れ。かようにすることは、ただに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなく、それがとりもなおさず、汝らの祖先ののこした美風をはっきりあらわすことになる。
ここに示した道は、実に我が御祖先のおのこしになった御訓であって、皇祖皇宗の子孫たる者及び臣民たる者が共々にしたがい守るべきところである。この道は古今を貫ぬいて永久に間違いがなく、又我が国はもとより外国でとり用いても正しい道である。朕は汝臣民と一緒にこの道を太切に守って、皆この道を体得実践することを切に望む。
(文部省図書局『聖訓ノ述義ニ関スル協議会報告』1930年)
(注)
・朕:天皇の一人称。
・臣民:戦前の大日本帝国憲法下における「国民」のこと。
・宝祚:天皇の位。
・皇祖皇宗:天皇の先祖代々のこと。
(※旧仮名遣いは現代仮名遣いに改めました)