ノートルダム大聖堂が炎上、マクロン大統領は「再建」を表明

    フランス内務省によると、現地では400人の消防士が消火活動をあたっている。


    AFP時事

    フランス・パリのノートルダム大聖堂で4月15日夜(日本時間16日未明)、大規模な火災が発生した。この火災で、大聖堂のシンボルである尖塔も火に包まれ、崩壊した。

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    La flèche de #NotreDame, en flammes, s'effondre https://t.co/1zqzJ3gzCu

    尖塔が崩れる瞬間を捉えた映像。

    現地から報告された映像では、建物上層部から火が上がっているように見える。

    Just seems such a huge, heartbreaking fire. Hope nobody is hurt, first & foremost. And aside from that, as anyone who has visited knows, it’s such a stunning cathedral. #NotreDame

    フランス内務省のTwitterによると、現地では400人の消防士が消火活動をあたっている。

    Un dispositif exceptionnel est mis en place pour éteindre l'incendie #NotreDame #Paris : 400 pompiers sont mobilisés. Évitez le secteur et suivez les consignes de @prefpolice. #HérosduQuotidien

    一方でAFPは、フランス消防当局が火事を止められるか「わからない」と表明したと報道。甚大な被害が生じる可能性を示唆している。

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    炎をあげるノートルダム大聖堂

    火災発生を受けて、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が現地入りした。

    Getty Images

    マクロン大統領(左から3人目)

    マクロン大統領はTwitterで「ノートルダム大聖堂が悲惨なことに」「我々の一部が燃えるのを見るのは悲しい」と投稿した。

    Notre-Dame is aflame. Great emotion for the whole nation. Our thoughts go out to all Catholics and to the French people. Like all of my fellow citizens, I am sad to see this part of us burn tonight. https://t.co/27CrJgJkJb

    AFP時事

    ノートルダム大聖堂の火災を受けて取材に応じるマクロン大統領。

    AFPによると、マクロン大統領は「最悪の事態は避けられた」と発言。全壊は免れたという認識を示した。

    ル・モンドによると、マクロン大統領は消火活動にあたった消防士たちへ敬意を表した。

    その上で、「ノートルダム大聖堂はフランス人の歴史や文学そのもの。生活の中心だった。我々はノートルダム大聖堂を再建するだろう。それはフランス人が期待することで、我々の歴史にふさわしい。それが我々の運命だから」と述べた。資金を調達するため国際的なキャンペーンを実施するという。

    現在のところ火災原因は不明だが、ノートルダム大聖堂では現在改修工事が実施されており、これが原因となった可能性があるという。ル・モンドによると、当局が火災原因に関する捜査を開始した。

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    改修工事中のノートルダム大聖堂、2019年4月11日。


    ノートルダム大聖堂とは

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    ノートルダム大聖堂は14世紀に完成したフランスを代表するゴシック建築。パリ発祥の地、セーヌ川のシテ島にある。1991年にユネスコ世界文化遺産に指定された。

    「ノートルダム」はフランス語で「我らの貴婦人」の意味で、聖母マリアを意味する。パリで最も美しい宗教建築物の一つとも評される。色鮮やかなローズウィンドウ(バラ窓)と呼ばれるステンドグラスなどで知られている。

    「パリは燃えているか?」を思いだす。第二次世界大戦でのナチスドイツによるパリ占領を生き延びたノートルダム大聖堂が、いまこの瞬間に燃えているというのは、なんとも言えない苦しさがある… ステンドグラス、めっちゃ美しかったんや…

    1789年のフランス革命後の混乱で荒廃したが、1804年12月には皇帝ナポレオン1世の戴冠式の会場となった。

    ナポレオン失脚後、復活したブルボン復古王政が倒された七月革命の翌年(1831年)にユーゴーが発表した『ノートルダム・ド・パリ』に登場するなど、再び脚光を浴び、近代になって修復が施された。

    現在もパリ大司教座聖堂として、フランスのカトリック教会を代表する地位にある。

    第二次世界大戦でパリはナチス・ドイツに占領されるが、ノートルダム大聖堂をはじめサント・シャペルなど歴史的建造物は戦火を免れた。

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    1944年8月25日、パリ解放の日。

    パリ市観光局によると、2017年には1200万人もの人がノートルダム大聖堂を訪れた。名実ともに、パリで最も人気のある観光名所の一つとなっている。

    現地の様子は

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