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「戦争は人間のしわざ、戦争は死です」38年前、ローマ教皇が広島で語ったこと

ローマ教皇が「反戦」「平和」「核兵器廃絶」を訴える存在として日本で広く尊敬を集めるようになったのは、38年前にヨハネ・パウロ2世が来日したことがきっかけの一つだろう。

来日中のローマ・カトリック教会のフランチェスコ教皇は11月24日、被爆地の長崎と広島を訪問する。

それぞれ「核兵器に関するメッセージ」「平和のための集い」やミサで何を語るのか注目が集まる。

ローマ教皇が「反戦」「平和」「核兵器廃絶」を訴える存在として日本で広く尊敬を集めるようになったのは、38年前にヨハネ・パウロ2世が来日したことがきっかけの一つだろう。

1981年2月、ヨハネ・パウロ2世は広島で「平和アピール」と題したスピーチを発した。以下に、その全文をカトリック中央協議会のサイトから紹介する。


広島「平和アピール」(全文)

戦争は人間のしわざです。

戦争は人間の生命の破壊です。

戦争は死です。

この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。

もはや切っても切れない対をなしている2つの町、日本の2つの町、広島と長崎は、「人間は信じられないほどの破壊ができる」ということの証として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。

この2つの町は、「戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする」と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。

広島市長をはじめ、ここに集まられた友人の皆さん、私の声に耳を傾けているすべてのかたがた、私のメッセージが届くすべてのかたがたに申します。

1.本日、わたしは深い気持ちに駆られ、「平和の巡礼者」として、この地にまいり、非常な感動を覚えています。

わたしがこの広島平和記念公園への訪問を希望したのは、過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことだ、という強い確信を持っているからです。

この地上のありとあらゆるところに、戦争のもたらした惨事と苦しみのゆえに、その名の知られている場所が数多く、あまりにも数多く、存在しています。

それは、人類の犯した悲しむべき行為だといわねばなりません。

戦勝記念碑-- それは一方の側の勝利の碑であると同時に、数多くの人々の苦しみと死を物語るものです。

国のために命を落とした人々、崇高な目的に命をささげた人々が横たわる墓地があります。

同時に、戦争のもたらす破壊の嵐の中で命を失った、罪のない一般の人々が横たわる墓地もあります。

強制収容所や死体処理場の跡-- そこでは、人間と侵すべからざる人権とがいやしめられ、野卑と残酷とが最も強く表されたところでした。

戦場-- そこでは、自然が慈悲深く地上の傷をいやしていますが、人間の憎悪と敵意の歴史を消し去ることはできません。

こうした数多くの場所や記念碑の中でも、特に広島、長崎は、核戦争の最初の被災地として、その名を知られています。

あの陰惨な一瞬に生命を奪われた、数多くの男女や子供たちのことを考えるとき、私は頭をたれざるをえません。

また、身体と精神とに死の種を宿しながら、長い間生き延び、ついに破滅へと向った人々のことを思うときにも、同様の気持ちに打たれるのであります。

この地で始まった人間の苦しみは、まだ終わっていません。人間として失ったものが、全部数え尽くされたわけではありません。

人間の考えやものの見方、ないし人間の文明に対して、核戦争がもたらした実害を目のあたりにし、将来の危険性を考えるとき、特にそうした想いに駆られるのであります。

2.過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。

広島市の皆さんは、最初の原子爆弾投下の記念碑を、賢明にも平和の記念碑とされました。わたしは、この英断に敬意を表し、その考えに賛同します。

平和記念碑を造ることにより、広島市と日本国民は、「自分たちは平和な世界を希求し、人間は戦争もできるが、平和を打ち立てることもできるのだ」という信念を力強く表明しました。

この広島でのできごとの中から、「戦争に反対する新たな世界的な意識」が生まれました。そして平和への努力へ向けて新たな決意がなされました。

核戦争の恐怖と、その陰惨な結末については、考えたくないという人がいます。当地でのできごとを体験しつつも、よく生きてこられた人々の中にさえ、そう考える人がいます。

また、国家が武器を取って戦い合うということを、実際に経験したことのない人々の中には、核戦争は起こりえないと考えたがる人もいます。

さらに、核兵器は力の均衡を保ち、恐怖の均衡を保つため、いたし方のないものだとする人もいます。

しかし、戦争と核兵器の脅威にさらされながら、それを防ぐための、各国家の果たすべき役割、個々人の役割を考えないですますことは許されません。

3.過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。

1945年8月6日のことをここで語るのは、われわれがいだく「現代の課題」の意味を、よりよく理解したいからです。

あの悲劇の日以来、世界の核兵器はますますふえ、破壊力をも増大しています。

核兵器は依然として製造され、実験され、配備されつづけています。

全面的な核戦争の結果がいかなるものであるか、想像だにできませんが、核兵器のごく一部だけが使われたとしても、戦争は悲惨なものとなり、その結果、人類の滅亡が現実のものとなることが考えられます。

わたしが国連総会で述べたことを、ここに再び繰り返します。

「各国で、数多くのより強力で進歩した兵器が造られ、戦争へ向けての準備が絶え間なく進められています。それは、戦争の準備をしたいという意欲があるということであり、準備がととのうということは戦争開始が可能だということを意味し、さらにそれは、あるとき、どこかで、なんらかの形で、だれかが世界破壊の恐るべきメカニズムを発動させるという危険を冒すということです。」

4.過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。

広島を考えることは、核戦争を拒否することです。

広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです。

この町の人々の苦しみを思い返すことは、人間への信頼の回復、人間の善の行為の能力、人間の正義に関する自由な選択、廃虚を新たな出発点に転換する人間の決意を信じることにつながります。

戦争という人間がつくり出す災害の前で、「戦争は不可避なものでも必然でもない」ということをわれわれはみずからに言い聞かせ、繰り返し考えてゆかねばなりません。

人類は、自己破壊という運命のもとにあるものではありません。イデオロギー、国家目的の差や、求めるもののくい違いは、戦争や暴力行為のほかの手段をもって解決されねばなりません。

人類は、紛争や対立を平和的手段で解決するにふさわしい存在です。文化、社会、経済、政治の面で、さまざまな発展段階にある諸国は、多種多様の問題をかかえており、そのために、国家間の緊張や対立が生じています。

こうした問題は、国家間の正当な協定や、国際機関のよって立つ、平等と正義という倫理原理に添って、解決されねばなりません。

それは、人類にとって肝要なことです。国内秩序を守るために法が制定されるように、世界の国々には、国際関係を円滑にし、平和を維持するための法制度が作り上げられなくてはなりません。

5.この地上の生命を尊ぶ者は、政府や、経済・社会の指導者たちが下す各種の決定が、自己の利益という狭い観点からではなく、「平和のために何が必要かが考慮してなされる」よう、要請しなくてはなりません。

目標は、常に平和でなければなりません。すべてをさしおいて、平和が追求され、平和が保持されねばなりません。

過去の過ち、暴力と破壊とに満ちた過去の過ちを、繰り返してはなりません。

険しく困難ではありますが、平和への道を歩もうではありませんか。

その道こそが、人間の尊厳を尊厳たらしめるものであり、人間の運命を全うさせるものであります。

平和への道のみが、平等、正義、隣人愛を遠くの夢ではなく、現実のものとする道なのです。

6.35年前、ちょうどこの場所で、数多くの人々の生命が、一瞬のうちに奪い去られました。

そこで、わたしはこの地で、「人間性のため、全世界に向けて生命のためのアピール」を、人類の将来のためのアピールを、出したいと考えます。

各国の元首、政府首脳、政治・経済上の指導者に次のように申します。

正義のもとでの平和を誓おうではありませんか。

今、この時点で、紛争解決の手段としての戦争は、許されるべきではないというかたい決意をしようではありませんか。

人類同胞に向って、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。

暴力と憎しみにかえて、信頼と思いやりとを持とうではありませんか。

この国のすべての男女、全世界のすべての人々に次のように申します。

国境や社会階級を超えて、お互いのことを思いやり、将来を考えようではありませんか。

平和達成のために、みずからを啓蒙し、他人を啓発しようではありませんか。

相対立する社会体制のもとで、人間性が犠牲になることがけっしてないようにしようではありませんか。

再び戦争のないように力を尽くそうではありませんか。

全世界の若者たちに、次のように申します。

ともに手をとり合って、友情と団結のある未来をつくろうではありませんか。

窮乏の中にある兄弟姉妹に手をさし伸べ、空腹に苦しむ者に食物を与え、家のない者に宿を与え、踏みにじられた者を自由にし、不正の支配するところに正義をもたらし、武器の支配するところには平和をもたらそうではありませんか。

あなたがたの若い精神は、善と愛を行なう大きな力を持っています。人類同胞のために、その精神をつかいなさい。

すべての人々に、私はここで預言者の言葉を繰り返します。

「彼らはその剣を鋤に打ちかえ、その槍を鎌に打ちかえる。国は国に向かいて剣を上げず、戦闘のことを再び学ばない」(イザヤ2・4)

神を信じる人々に申します。

われわれの力をはるかに超える神の力によって勇気を持とうではありませんか。

神がわれわれの一致を望まれていることを知って、団結しようではありませんか。

愛を持ち自己を与えることは、かなたの理想ではなく、永遠の平和、神の平和への道だということに目覚めようではありませんか。

最後に、わたしは自然と人間、真理と美の創り主である神に祈ります。

神よ、わたしの声を聞いてください。

それは、個人の間、または国家の間でなされた、すべての戦争と暴力の犠牲者たちの声だからです。

神よ、わたしの声を聞いてください。

それは人々が武器と戦争に信頼をおくとき、いの一番に犠牲者として苦しみ、また苦しむであろうすべての子供たちの声だからです。

神よ、わたしの声を聞いてください。

わたしは、主がすべての人間の心の中に、平和の知恵と正義の力と兄弟愛の喜びを注いでくださるよう、祈ります。

神よ、わたしの声を聞いてください。

わたしはすべての国、またすべての時代において戦争を望まず、常に喜んで平和の道を歩む無数の人々にかわって、話しているからです。

神よ、わたしの声を聞いてください。

わたしたちがいつも憎しみには愛、不正には正義への全き献身、貧困には自分を分かち合い、戦争には平和をもってこたえることができるよう、英知と勇気をお与えください。

おお、神よ、わたしの声を聞いてください。

そして、この世にあなたの終わりなき平和をお与えください。
(広島にて 1981年2月25日)


フランシスコ教皇、被爆地で何を語るのか

あれから38年。いま、「キリストの代理人」はアルゼンチン出身のフランシスコ教皇が務めている。

過去にフランシスコ教皇は、被爆後の広島で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真を関係者に配ったことがある。

核兵器の悲惨さに胸を痛め、名もなき人の安寧を祈る姿は、ヨハネ・パウロ2世を彷彿とさせる。

写真に「戦争がもたらすもの」とのメッセージを添えた教皇は、「写真を見て胸を打たれた。このような写真が1000の言葉よりも多くを語る。だから分かち合いたいと思った」と語った。

人類の「過ち」の遺産である長崎、そして広島で何を語るのだろうか。被爆地に立つ教皇の声に耳を傾けたい。

【中継】核兵器に関するメッセージ(24日午前10時15分頃〜)

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【中継】平和のための集い(24日 午後6時40分頃〜)

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