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「天皇」になる我が子を慈しみ、母は愛をこめて和歌を詠んだ。

ご出産、沖縄復帰、お子さまの結婚…折に触れて、皇后美智子さまは和歌を詠み続けてきた。

時事通信

(*この記事は2019年4月30日に掲載された記事です)

天皇陛下の退位と共に、皇后・美智子さまも皇后の位を退かれる。

ご出産、沖縄復帰、お子さまの結婚…折に触れて、皇后さまは和歌を詠み続けてきた。

その中に、こんな一首がある。

かの時に 我がとらざりし 分去れの 片への道は いづこ行きけむ

Photo 12 / Getty Images

1995年、皇后さまが詠まれた「道」と題した御歌だ。

天皇陛下とのご結婚から60年、皇后となられてから30年。皇后さまが歩まれてきた「道」を御歌でたどる。

黄ばみたる くちなしの落花 啄みて 椋鳥来鳴く君と住む家

Bettmann / Bettmann Archive

1959年 結婚後に天皇陛下と住んだ「常磐松御所」を詠んで。

あづかれる 宝にも似て あるときは 吾子ながらかひな 畏れつつ抱く

時事通信

1960年 浩宮さま(皇太子さま)誕生を受けて


生れしより 三日を過ぐしし みどり児に 瑞みづとして 添ひきたるもの

時事通信

1965年 礼宮さま(秋篠宮さま)誕生を受けて

部屋ぬちに 夕べの光 および来ぬ 花びらのごと 吾子は眠りて

時事通信

1969年 紀宮さま(黒田清子さん)誕生を受けて

家に待つ 吾子みたりありて 粉雪降る ふるさとの国に 帰りきたりぬ

時事通信

1971年 ヨーロッパ諸国ご訪問を受けて

雨激しく そそぐ摩文仁の 岡の辺に 傷つきしもの あまりに多く

時事通信

1972年 沖縄県の本土復帰を受けて

潮風に 立ちて秀波の くずれゆく さま見てありし 療養の日日

時事通信

1975年 流産後のご療養の日々を詠まれたとされる

松虫の 声にまじりて 夜遅く 子の弾くならむ ギターの音す

時事通信

1984年に詠まれた御歌。

瑞みづと 早苗生ひ立つ この御田に 六月の風 さやかに渡る

時事通信

1990年 秋篠宮さまご成婚を受けて

三十余年君と過ごしし この御所の 夕焼けの空見ゆる窓あり

時事通信

1993年 長年住み慣れた赤坂御所から皇居に移られて

「父母に」と 献辞のあるを胸熱く 「テムズと共に」わが書架に置く

時事通信

1993年 皇太子さま、ご著書出版を受けて

うつつにし 言葉の出でず 仰ぎたる この望の月 思ふ日あらむ

時事通信

1993年 皇室バッシング報道後に声を失われて

たづさへて 登りゆきませ 山はいま 木木青葉して さやけくあらむ

時事通信

1995年 皇太子さまご成婚を受けて

母吾を 遠くに呼びて 走り来し 汝を抱きたる かの日恋ひしき

時事通信

2005年 紀宮さまご結婚を受けて

今しばし 生きなむと思ふ 寂光に 園の薔薇の みな美しく

時事通信

2019年 平成最後の歌会始の儀にて

2007年の記者会見で皇后さまは「身分を隠して一日過ごせるとしたら」と問われ、「“身分を隠して”ということと、少し違うことかも」と前置きしつつ、「かくれみの」を例にあげて、こう述べられた。

日本の物語に時々出てくるもので、いったんこれを着ると他人から自分が見えなくなる便利なコートのようなもので、これでしたら変装したり、偽名を考えたりする面倒もなく、楽しく使えそうです。


皇宮警察や警視庁の人たちも、少し心配するかもしれませんが、まあ気を付けていっていらっしゃいと言ってくれるのではないでしょうか。


まず次の展覧会に備え、混雑する駅の構内をスイスイと歩く練習をし、その後、学生のころよく通った神田や神保町の古本屋さんに行き、もう一度長い時間をかけて本の立ち読みをしてみたいと思います。

退位後の両陛下は、しばらくは現在お住まいになる吹上仙洞御所で過ごされる。その後、高輪皇族邸を仮住まいとされた経たのち、皇太子時代の思い出が残る仙洞御所(現:赤坂御所)で、上皇・上皇后としての「道」を歩まれる。

Contact Kei Yoshikawa at kei.yoshikawa@buzzfeed.com.

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