• historyjp badge
Updated on 2019年12月13日. Posted on 2019年12月8日

「生まれる時代は選べない」“おたく”生みの親・中森明夫、半生を語る。

昭和、平成、令和のサブカルチャーを見続けてきた評論家・中森明夫さん。今、「おたく」という言葉にどんな思いを抱いているのだろうか。

BuzzFeed

1985年4月26日号「朝日ジャーナル」より。

1980年代、当時の若者たちは「新人類」と呼ばれた。高度経済成長期に青春を過ごし、バブルの豊かな時代を謳歌した世代だ。

その旗手だった評論家・中森明夫(59)が還暦を前に、私小説『青い秋』を上梓した。

中森は「おたく(オタク)」という言葉の生みの親でもある。「新人類」と重なる彼らは、アニメや漫画、ゲームなどのサブカルチャーの火付け役となった世代だ。

今では「クールジャパン」文化を代表する言葉となったが、かつては陰惨な事件とひも付けられ、暗いイメージがつきまとった。

昭和、平成、令和のサブカルチャーを見続けてきた中森は、いま「おたく」という言葉にどんな思いを抱いているのだろうか。

三重生まれの少年が「新人類」と呼ばれるまで

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

1960年生まれ。三重県志摩市の漁師町で幼少期を過ごした。

ある日、兄のラジカセから流れてきたアイドルの歌に心を奪われた。沖縄生まれの「シンシア」と呼ばれたアイドル、南沙織の歌だった。

「東京に行けばアイドルに会える」。その一心で勉強し、1975年、15歳で東京の私立高校に進学した。「伝説のアイドル」山口百恵が全盛期を迎えつつあった時代だった。

amazon / Via amazon.co.jp

南沙織のデビュー曲「潮風のメロディ」(1971年)。返還直前の沖縄からやってきた南は、日本の「元祖アイドル」として人気に。

しかし、進学した高校には馴染めずに中退。20歳のとき、道を尋ねられたのをきっかけに雑誌の編集部に出入りするように。

ミニコミ雑誌などにサブカルチャーの論評を寄稿したり、ライターとしてのキャリアをスタートさせた。

ファミコンソフト「スーパーマリオブラザーズ」が発売された1985年、中森に転機が訪れる。

時事通信/AFP時事

任天堂の「ファミリーコンピュータ」とマリオ

《この年に僕が出入りしていた『朝日ジャーナル』で「新人類の旗手たち」という連載が始まったんです。当時は筑紫哲也さんが編集長だった。僕もその連載ページに登場したことで、世代を代表する一人として見られるようになりました》

《新人類もなにも、僕らはまぎれもなく「人類」でしたよ(笑)》

「新人類」という言葉には、年長者が「今どきの若者」に抱いた“違和感”のようなニュアンスが含むように思う。

戦中、戦後の混乱期を生きた年長世代にとって、彼らは未知なる人々だった。

BuzzFeed

1985年の「朝日ジャーナル」。特集「新人類の旗手たち」には中森さんも登場した。

仕事は仕事、プライベートはプライベートと割り切る。テニスやスキーなどレジャーを満喫。パソコンも操る。

ユーミン(松任谷由実)の『サーフ天国、スキー天国』のような明るいポップス曲が登場。女性の社会進出がさらに進み、「W浅野」(浅野温子、浅野ゆう子)が出演したトレンディドラマ『抱きしめたい!』は大人気に。

「新人類」という言葉が生まれた1985年は、折しも日本のバブル経済がはじまるきっかけとされる「プラザ合意」の年だった。

古い価値観に別れを告げた若者たちは、やがてバブルのイメージと相まって、時代の象徴となった。

生まれるべくして生まれた「新人類」と「おたく」

時事通信

バブル経済。株価史上最高値(東京・中央区日本橋兜町の東京証券取引所=1988年4月)

実は、「おたく」という言葉が生まれたのも、同じ1980年代だった。

《1983年、ある漫画雑誌に寄せた「〈おたく〉の研究」というコラムがきっかけですね。当時23歳でした》

もともとは、漫画やアニメファンらが「おたく、これ持ってる?」と互いに呼びかけあっていたことに由来する。

若者をめぐる社会状況を遡ってみると、80年代に「新人類」「おたく」世代が生まれたのも合点がいくかもしれない。

時事通信

放水される安田講堂(1969年)とあさま山荘事件(1972年)

60年・70年「安保闘争」の敗北、そして72年の「あさま山荘事件」などで学生運動の失敗は決定的に。やがて若者たちは政治から距離を置き始めた。

代わって現れたのが、80年代の「新人類」や「おたく」と呼ばれた世代だったわけだ。

時同じくして、趣味を愛し、消費文明を謳歌したという点で、両者は相通じると言える。

これは「自分の歌」であり「時代の歌」

当時の空気感を著そうと、中森は自身の私小説という形で筆をとった。

全盛期に自ら命を絶った岡田有希子をはじめ、宮沢りえ、後藤久美子など、当時活躍したアイドルたちとの交流にも触れた。

BuzzFeed

1989年当時、雑誌「明星」では宮沢りえ、後藤久美子らアイドルたちが紙面を飾った。

《僕は結婚もしていないし、子供もいない。家庭的なものがないんです。私小説を書いても薄っぺらいんじゃないかと悩みました》

《でも、書いているうちにわかったんです。成熟できない、中高年になった自分のありのままの姿を書こうって》

人間的には“青い”まま、人生の秋を迎えた。そんな今の自分から『青い秋』という題名をつけた。「青春」ならぬ「青秋」だ。

《これまでは評論家・ライターとして、アイドル評論や社会現象など、与えられた「お題」を書いてきました。でも、いつも「他人の歌」を歌っていたような感じがする。だから、この小説で初めて「自分の歌」を歌おうと思った》

《ところが書き終えてみたら、自分の歌ではあるんだけど、やっぱり世代の歌であり、時代の歌になってしまったんですね(笑)》

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan / Via amazon.co.jp

こればかりは「中森明夫」という人の宿命なのかもしれない。名前からしてそうだ。

80年代を代表するアイドル、中森明菜をモチーフにしたペンネームなのだから。

「おたく」バッシングの渦中に

時事通信

連続幼女誘拐殺人事件の初公判を傍聴しようと長蛇の列をつくる人たち(東京・霞が関の東京地裁=1990年3月30日)

元号が「昭和」から「平成」に改まるタイミングとなった1988〜89年にかけて、日本社会を震撼させる事件が起こった。連続幼女誘拐殺害事件だ。

マスコミは、アニメや特撮のビデオテープがうず高く積まれた容疑者の部屋を報道。このとき引っ張り出されたのが、中森が生み出した「おたく」という言葉だった。

対人関係が苦手で、アニメやビデオ、人形遊びなど自分の世界に没入し、同好仲間でも「おたく」と呼び合う少年たち。その群れを“宮崎予備軍”とみる目もある。(読売新聞1989年9月5日朝刊)

「おたく」の名付け親だった中森に、マスコミは一斉に取材攻勢をかけた。

6年前に命名した言葉が、中森の前に突きつけられた。「おたく」はバッシングの対象になっていた。

事件後、評論家の大塚英志と「おたく」について話し合った対談記事をベースにした『Mの世代』。容疑者と同世代の人々の原稿を組み合わせ、「おたく擁護」の論陣を張るとともに、事件を自分たちの世代の問題として受けとめた。

中には、これを「犯人擁護だ」と断じる人々もいた。中森のもとには誹謗中傷が相次ぎ、命の危険を感じたこともあったという。

BuzzFeed

中森は当時をこうふり返る。

《「おたく」という言葉を命名したことについて、当時は自分にも責任があるのではないか、「おたくバッシング」の名のもとに表現規制につながるのではないか。「これはまずいことになった」というか、そんな思いもありましたね》

「時代は感受性に運命をもたらす」

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

“平成最後のコミケ”となった、2018年の冬コミ(コミックマーケット95、12月29〜31日)には、冬コミ史上最多となる57万人が来場した。

あれから30年。昭和、平成が終わり、元号は令和に。「おたく」をめぐる環境は一変した。

毎年夏と冬に開かれる「コミックマーケット」には国内外から数十万人が参加。「おたく」の催しは、サブカルチャーの世界的なイベントに成長した。

歴代邦画の興行収入ランキングを見れば、1位は宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』、4位は新海誠監督『君の名は。』と、アニメ映画が上位にランクインしている。

市場調査を手掛ける矢野経済研究所は2018年の「オタク市場」の規模を分析。このうちアニメ市場(制作事業者の売上高ベース)は2900億円、アイドル市場(ユーザーの消費金額ベース)は2400億円にのぼるとしている。いまや一大マーケットだ。

NHKの紅白歌合戦でも、アニメの主題歌が披露されるようになった。サブカルチャーから生まれたコンテンツは、世代や性別を超えて愛されている。

時代は確実に変わった。

時事通信

即位を祝う一般参賀で、手を振られる天皇、皇后両陛下=2019年5月4日、皇居 

《5月に即位された天皇陛下とは同い年です。言い換えれば「新人類」「おたく」世代の天皇陛下が生まれたことになる。そりゃあ世の中も変わるわけです》

《今では海外から「OTAKU」の名付け親ということで取材依頼が来たりするほどです。もちろん、僕は当時のことしかお話できないですけどね》

「おたく」という言葉は中森の手を離れて、世界に羽ばたいた。

中森はこう語る。

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

《時代は感受性に運命をもたらす、とは堀川正美の詩の一節です。僕らは生まれる時代を選べないし、その時代にどんな出来事が起こるのかわからないし、選べない》

《「新人類」「時代の寵児」だと持て囃され、踊っているつもりでした。でも、単に踊らされていたんじゃないか? だけど、それが「若さ」ってことですよね。今になってよくわかる》

《結局のところ人は、自分と自分の生きた時代を、後から「物語」にして理解することしかできない。『青い秋』という小説は、これまで僕が生きたありったけを投入した、自分にとっても特別な「物語」となりました》


中森明夫(なかもり・あきお)。作家・アイドル評論家。三重県生まれ。
1980年代から多彩なメディアで活動を展開。〈おたく〉の名づけ親。著書に『東京トンガリキッズ』、『オシャレ泥棒』、『アイドルにっぽん』、『午前32時の能年玲奈』、『寂しさの力』等。『アナーキー・イン・ザ・JP』で三島由紀夫賞候補となる。

Contact Kei Yoshikawa at kei.yoshikawa@buzzfeed.com.

Got a confidential tip? Submit it here