人間の軽率な行動で… 北海道でいま起きている「ヒグマ」の危機とは【2022年上半期回顧】

    知床のヒグマなどに対する人間の行動が法改正のきっかけとなりました。【2022年上半期回顧】

    2022年上半期にBuzzFeed Newsで反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:5月17日)


    野生動物に接近すること。後を追うこと、そしてエサを与えること。

    改正自然公園法が4月1日に施行され、こんな行動は最高30万円の罰金となった。

    背景にあるのは、北海道・知床でカメラマンや観光客がヒグマに繰り返し近づき、「人なれヒグマ」が増えたことだ。

    人間に慣れたヒグマは「早死に」する可能性が高いことも最近の研究で分かった。

    人間の軽率な行動が、動物の命を奪う。そう訴える現場を取材した。

    改正された理由

    環境省によると、改正自然公園法では、国や都道府県が管理する国立・国定公園で、ヒグマなど野生動物への著しい接近やつきまとい、エサやりを規制する。

    これらの行為をした際、環境省職員らの中止指示に従わなければ、最大30万円の罰金が科される。

    法律が改正された理由について、同省はウェブページでこのように説明している。

    ヒグマを近くで見たい、撮りたいという欲求から、一部の観光客やカメラマンによるヒグマに対する過度な接近やエサやり等が後を絶ちません。

    本来ヒグマは人を警戒しますが、これらの行為を繰り返すことにより、人を恐れない『人なれヒグマ』へと変わってしまいます。

    人なれヒグマは人間への危害を及ぼす恐れが高い場合、やむなく捕殺されます。

    では、なぜ人なれヒグマは人間に危害を及ぼす恐れが高まるのだろうか。

    BuzzFeed Newsは、知床国立公園で野生動物の保護管理などを行う「知床財団」の石名坂豪・保護管理部長に話を聞いた。

    人とヒグマの距離感

    知床には年間約170万人が観光に訪れる。

    現在、知床のヒグマの推計生息数は400〜500頭程度で、公園内の目撃数も年間1000件前後で推移。ふらっと訪れて野生のヒグマを見ることができるため、観光客も多い。

    しかし、財団職員らは以前から一部の人の不適切な行動を目撃し、人間とヒグマとの「距離感」を心配していた。

    • 迫力ある写真を撮るため、カメラマンが車を降りて接近撮影(距離は10メートル以内の時も)
    • カメラマンが車を降りたことに安心感を抱き、観光客も降車して近くで見物
    • 人々が車を降りたことによる道の渋滞


    このような行為を発見した場合、職員らは車に戻るよう呼びかけたり、ヒグマを追い払ったりしてきた。

    その理由の一つは、ヒグマに「人間への忌避感情」を持たせるためだ。

    しかし、行動が変わらないヒグマも多かった。その理由を石名坂さんはこう説明する。

    「ヒグマが嫌がる追い払い行為をする人間は我々など一部だけ。そのほかは写真を撮るだけの無害な人間です」

    「そうなれば、必然的にヒグマも人間や道路沿いを警戒対象としなくなる。嫌なことをしてくる我々だけを警戒するように学んでしまった」

    「射殺」の可能性が高まる

    さらに、そのような人なれヒグマは公園の外に出てしまった場合、普通ではとらない行動をとるようになるという。

    「人に慣れているため、民家やその周辺を“無警戒”に歩き回ります。すると、生ごみや干し魚を見つけて食べ、『餌付き状態』になってしまうこともある」

    餌付き状態になれば、エサへの執着心が増して行動がエスカレートし、人間に危害を加える可能性が高まってしまう。

    そうなった場合、管理計画に従ってヒグマへの対応を厳しくせざるを得なくなり、捕殺されてしまう。

    また、たとえ餌付き状態になっていなくても、無警戒に住宅街や学校の周辺を歩き回ったことで捕殺され、命を落としているヒグマもいるという。

    「公園の外に出てしまった場合、人なれしていれば射殺されるリスクが高まる。我々はそれが嫌なので、公園の中であっても人なれが進んでほしくないんです」

    石名坂さんはここ数年、人なれが進んでしまったために捕殺されたヒグマを10頭以上みている。

    遺伝子研究で判明したこと

    最近では、北海道大学との研究でヒグマの行動履歴などがわかるようになった。

    死んだヒグマから採取した遺伝子情報と、過去に収集していた糞や体毛などの遺伝子情報を照合することで、人なれする行動をとっていたかどうかなどを判断できるという。

    その結果、以前から言われていた仮説が証明された。

    「人間を恐れないヒグマは早死にする可能性が高い」

    例えば、2012〜17年に知床公園内で生まれた子グマでは、6頭のうち3頭が住宅街におりて問題行動を起こし、3歳の時に射殺された。

    13年秋に多数の人々の接近対象になっていた若いヒグマ2頭も、住宅街に接近したり、釣り人のカバンを漁って食品を食べたりして射殺された。

    「ヒグマとの共生の理想郷」として知られ、ヒグマの目撃率が高い知床・ルシャ地区でも、06〜12年に生まれて満2歳まで育った子グマ35頭のうち、半数の17頭がその後に射殺された。

    人なれしたと思われるヒグマの多くが数年以内に公園外などの移動先で命を落としていた。

    「若い時に人間と接して暮らすと、人間を避けないヒグマに育ちやすい。そして、公園外に出てしまった場合、民家周辺で公園内と同じように呑気に行動してしまう」ーー。

    語り継がれる悲劇

    「ソーセージの悲しい最後」という話がある。

    財団職員らがそのヒグマに会ったのは1997年秋。

    母グマから独立したばかりだったが、翌年夏からたくさんの車が行き交う公園入り口に姿を現すようになった。

    その理由に財団職員は驚いたという。

    「観光客がソーセージを投げ与えていた」

    それ以降、人は警戒対象から食べ物を連想させる対象に変わり、しつこく沿道沿いに姿を見せるようになった。

    財団職員は必死に追い払いを続けたが、99年春、ついに市街地まで入り込むようになった。

    そして、ある朝、小学校のそばでシカの死体を食べ始めた。結果、危険と判断されて射殺された。

    そのヒグマは知床の森に生まれ、またその土に戻っていくはずだった。

    何気ないエサやりだったかもしれないが、多くの人を危険に陥れ、失われなくてもよかった命を奪うことをよく考えてほしい。

    石名坂さんによると、実際にエサをあげた瞬間を見た事例は少なく、圧倒的に多いのはヒグマに接近する行為だ。

    4月の法改正前には、「ヒグマに近づいて写真を撮ることができるのは今のうち」といった“駆け込み需要”も起きたという。

    石名坂さんはこう話した。

    「ヒグマは観光資源化されているので完璧に管理するのは難しい。しかし、人なれヒグマは数年以内に命を落とす可能性が高いことが明らかになった。なぜ近づいたらいけないのか、それを理解してほしい」

    財団はヒグマに遭遇した場合、次のことに気を付けるよう呼びかけている。

    • 車内にとどまる
    • ヒグマとは50メートル以上の距離をとる
    • エサを与えない
    • 急カーブの場所では停車しない
    • 遭遇したらすぐに移動する
    • クマ撃退スプレーを携帯する
    • ヒグマを誘引するような食料を持ち込まない