「“無事です”を引き継がないと」女児バス置き去り事件、元保育園長の専門家が指摘する「現場で徹底すべき」こと

    3歳の女児が送迎バスに置き去りにされて死亡した事件。なぜ、痛ましい事件は起きてしまったのか、専門家を取材しました。

    静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で9月5日、園に通う女児(3)が送迎バスに置き去りにされて死亡し、静岡県警が捜査に乗り出している。

    昨年7月にも、福岡県中間市の保育園で送迎バスに取り残された園児が熱中症で死亡する事件が起きている。

    なぜ、同様の事件が起きたのか。被害者を出さないために何を考えるべきなのか。

    7日に開かれた園の会見や、保育の専門家へのインタビューから考える。

    事件の経緯は

    川崎幼稚園は1962年に認可を受け、2015年に認定こども園として認可された。

    学校法人榛原学園が運営し、増田立義氏(73)が園長と法人の理事長を兼務する。

    同園の増田園長らは9月7日、会見を開いて経緯を説明した。

    説明によると、事件が起きた5日、いつも送迎バスを運転しているドライバーが急に休みとなった。

    園は別のドライバー3人に連絡を取ったが、いずれも出勤できないと回答があったため、免許を持っていた増田園長が「代役」を務めることになった。

    増田園長は近年、ほとんど送迎バスの運転に携わっていなかった。一方、70歳代の女性派遣社員が普段通り、乗務員としてバスに添乗していた。

    被害女児が自宅前からバスに乗り込んだのは午前8時43分。他に5人の園児が乗っており、女児は右列の後ろから2番目の座席に座った。

    同48分に幼稚園に到着し、乗務員は園児らと手を繋いで下車した。しかし、運転していた増田園長は、車内を確認せず車から離れてしまったという。

    女児が発見されたのはそれから約5時間半後。午後2時10分に帰りの送迎に向けてバスに乗り込んだ別のドライバーが、車内で倒れている女児を発見した。

    女児は心肺停止状態で救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。

    重なった複数のヒューマンエラー

    今回の事件は、複数のヒューマンエラーが重なったことで起きてしまった。

    1つ目のエラーは、「園児の登園打刻を確認するクラス補助員が、定められた時間よりも早くチェックしてしまった」という点だ。

    園では、保護者がスマホから「欠席」を連絡できるアプリを導入している。

    バスはその情報をもとに迎えに行き、園児が乗車すると、バスの乗務員が園児の名前が書かれたシートに手書きで「マル」をつけていく。

    園に到着後、マルをつけた園児の「登園打刻」を乗務員がまとめて実施。クラス補助員は、打刻が確定する午前9時にその状況をチェックする。

    その際、「登園」になっている園児がいなければ、担任が保護者に電話で連絡して確認する仕組みとなっている。

    事件があった日は……

    9月5日は午前8時48分にバスが園に到着。乗務員は約10分後の午前8時56分に打刻を行い、被害女児も「登園」と記録された。

    しかし、クラス補助員が打刻をチェックしたのは午前8時55分。乗務員が打刻する1分前だった。

    その段階ではもちろん、被害女児らの登園打刻は反映されていない。にもかかわらず、補助員と担任は「休みかもしれない」と考えた。

    その理由について、園側は「連絡がない場合や電話に出ない保護者もおり、徐々に確認がおろそかになっていった」と説明している。

    だが、女児はこれまで無断欠席などはなかった。

    もし補助員が午前9時に確認していたり、担任が女児がいないことに気づいて打刻を再チェックしたりしていれば、バスに置き去りになっていることに気づいた可能性が高い。

    園長と乗務員が車内を確認していない

    次は、「運転手である増田園長がそもそも車内を確認していなかった」点だ。

    バスの乗務員は到着後、小さい園児らと手を繋いで先に降車。一方、増田園長も車内の確認をせずにバスから離れた。

    乗務員は「普段のドライバーであれば車内の確認後に降車するので、今回もやってくれているだろうと思った」と園側に説明している。

    増田園長は「園長という習性なのか、不慣れだった」とし、「病院に行く予定があって焦りもあった」と話した。

    そのほか、園では置き去りがないか確認する手順がルール化されていなかった。

    前述した通り、バスに園児が乗車した際は乗務員が「マル」をつけているが、後車した際にさらにマルをつけるなどのルールはなかった。

    普段から運転手だけでなく、別の職員が車内をチェックすることもなかった。

    増田園長は会見で、記者から「事故はたまたまなのか、起きるべくして起きたのか」と問われた際、短く「両方だと思います」と答えていた。

    元保育園長の専門家は事件をどう見たか

    昨年7月に続き、再び失われた幼い命。

    保育従事者の人手不足もある中、どうすれば「ヒューマンエラー」を防ぐことができるのか。

    BuzzFeed Newsは、国学院大人間開発学部の塩谷香教授(保育学)を取材した。塩谷教授は元公立保育園の園長で、保育の現場に長年携わってきた。

    ーー昨年7月に続いて再び悲しい事件が起きてしまいました。

    本当に、残念だなと思っています。

    命を預かる現場なので、安全が損なわれるとどんなに素晴らしい保育をしていても全く意味がなくなってしまう。

    命を守るというのは当たり前で絶対に守らなければならない一番大事なところですが、平穏に日常が過ぎていくと陥ってしまう危険性があるのかな、と改めて思い知らされました。

    現場では子どもの命を守るために様々な工夫をしています。たとえば、事故防止のために保育室内外で危ない場所はないかと頻繁に確認している園も多くあります。

    ただ、ここではそうした基本ができていなかったのかなと思います。

    ーー会見で事故の原因は単純なヒューマンエラーだったということが明かされました。最近では人手不足など様々な問題が浮上していますが、塩谷先生は会見を見てどのように思いましたか?

    おそらく安全管理上のマニュアル的なものはあったと思います。なければそれこそ問題ですが、単純にそれを実践できていなかったということに尽きます。

    現場はチームで仕事をしており、送迎バスでは次々子どもを引き渡していかなければなりません。

    引き継ぎも徹底できておらず、「命を引き渡している」という意識があやふやだったのかもしれません。

    つまり、人手不足とかそういう原因ではなく、安全に関する単純な作業ができていなかったということです。

    ーー事件の日は急遽、普段運転しない園長がドライバーをすることになりました。この場合、バスで通園する園児を休みにさせるなどの対策まで踏み込んだほうがよかったとは考えられますか。

    運転手がいない場合は誰が運転することになり、そのような場合は「これを守ってください」という伝達があってしかるべきです。

    特に今回は園長先生だったので、そのようなことを率先してやらなければならない立場だった。

    子どもを預かってお返しする、という行為は毎日繰り返されています。

    誰が子ども預かり、次に誰に引き渡し、そして親のもとにお返しする。このようなルートが機能せず、引き継ぎもされていなかった。

    保護者から命を引き受ける重みを考えなければなりません。

    「確認」は単純だが、一番大切なこと

    ーーバスから降車する際もチェックをつけたり、ダブルチェックで車内を確認したりする必要もありました。

    今回はバスに6人しか乗っていなかったんですよね。正直、どうして見落としてしまったのだろうと思います。

    子どもはバスに乗っている時、ウトウトと寝そうになったり、かくれんぼをしたりします。

    そういうことは想定できるので、やはり車内を確認することは単純な作業ですけども一番大切です。

    子どもを預かった人が降りるときも「あれ?」と気づかなければならなかった。

    そして子どもを担任に引き渡し、担任が受け取る。この一連の動作ができていなかったのだろうと思います。

    ーークラス補助員が本来の時間よりも早く登園打刻を確認してしまい、担任とともに被害女児は「休みかもしれない」と勝手に判断した問題もありました。

    アプリに頼り切っていたということもあるかもしれません。

    古い考え方かもしれませんが、保護者と保育者が直接顔を合わせて命をお預かりするというのが基本なんです。

    しかし、最近は少子化の影響でバスを使わないと運営できない園もあるかと思います。

    それならば、どのようにして引き渡しをするのかということを徹底しなければなりません。

    もちろんアプリは便利ですが、それを使う側の人間に「命をお預かりする」という意識がなければ意味のないものになってしまう。

    昔は親と直接連絡を取り、「今日はこの子とこの子が欠席です」と職員間で共有していました。

    欠席の連絡がないのにいなければ、すぐに親に連絡するというのは当たり前にやっていたのですが、その当たり前の動作がだんだんと形骸化していったのかもしれません。

    子どもに「自衛」を教えるべきか

    ーー万が一3歳児が車内に閉じ込められた場合、何か声を出すとか、窓を叩くとか、そのような動作は自らできるのでしょうか。

    2、3歳だったらまだ難しいとは思います。

    ドアを叩いたとしても力が弱いから気がつかない。そこまで行動するという考えにはならないと思います。

    自分ではどうすることもできなかったと思う。

    ーー例えば、親が子どもに伝えられる「自衛」の方法として、クラクションを鳴らすなどを教えるべきなのでしょうか。

    それを実践できるかという問題はありますが、もしそのようなことを教えたほうがいいと園が判断するのであれば、園が子どもに「もしこんなことがあったらこうしてね」と日頃から伝えてもいいと思います。

    それは園の安全管理上の問題で、子どもたちがすぐ行動できるようにしておくというのは一つの方法ではありますが、年齢によっても違いがあるので難しいかと思います。

    ーー昨年7月の事件で国は通知を出しましたが、また園児が亡くなってしまいました。もはや置き去り防止センサーなどハード面の対策も並行して強化しなければ、また同じような事故が起きるのではないかと感じています。

    そういうことで防げるのであれば単純に導入していくべきだとは思います。

    一方、先ほどから申している通り、従来の安全管理を疎かにしていいという話ではありません。

    基本的に保育現場は慢性的に人がいないという現状があります。

    人は補充されていますが、結局は非常勤職員などを雇って時間でつないでいくような形になっています。

    そうなると、様々な職員が時間に縛られながら子どもを引き継いでいくことになるので、引き継ぎの徹底をしない限り、このような事件はまた起きてしまいます。

    どの仕事でもそうですが、引き継ぎは大事です。

    特に、命を守る現場では、しっかりと命を引き継いでいかなければなりません。「無事です」「元気です」と引き継いでいかないと。

    特にバスの場合は保護者と保育者が直接会えません。

    しっかりとその間にいる人が引き継ぎをしなければならないし、保育者も引き継ぎを求めなければならないと思います。