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#MeToo が嫌いなあなたへ

男性が女性を叩き、女性が男性をなじっても、世の中は変わらない。

10代の頃、電車で痴漢に遭うのは夏場に蚊に刺されるのと同じくらい、不快だけどしょうがないことだと思っていました。

帰宅する途中に後をつけられて、スカートの中に手を入れられたことも。下着には黒い指の跡がくっきりついていましたが、犯人は捕まりませんでした。隙を見せた自分が悪いのだと思いました。

今はわかります。あれは「しょうがないこと」なんかじゃなかったし、悪いのは私ではなかったと。痴漢は性暴力で、犯罪なのだから。

22年前、深夜番組で新人アナウンサーに催眠術をかけて、過去の性体験の人数を言わせる企画がありました。私は催眠術にかかりませんでした。

だけど、かかったふりをすることが求められているのはわかったので、下手な芝居で人数を答えました。目を開けると、スタジオは白けていました。朦朧としながらも、言いそうになるのを必死で堪えるリアクションが求められていたのです。

失敗した自分は空気の読めない、イタい女だと思いました。「うまくリアクションしないと嫌われる」と思い込んでいました。大物タレントに突っ込まれて、頭を叩かれたりあだ名をつけられたりして人気者になるのが、若いアナウンサーの定番コースだったから。

今はわかります。その企画はセクシュアルハラスメントそのものだと。テレビだからってなんでもありでいいはずないと。

けれどあの番組から20年以上経った今でも、画面の中ではセクハラがエンタメ化されています。

きっと、これはテレビだけの話じゃないでしょう。あらゆる職場の若い女性には、業務とは別に「女子」らしくあることや、性的なロールが求められます。

逆手にとって、オンナを武器に世渡りすればいいと考える女性もいます。それが聡明な女でしょ、と。私もかつて、そう考えようとしたことがありました。けれどその世界に適応すれば適応するほど、自分を誇れなくなりました。女であることを呪う気持ちがどんどん大きくなりました。

電車の痴漢と女子アナに、何の関係があるのだろう? と思うかもしれませんね。

でも、女性が欲望の対象としてモノのように扱われたり、性的な役割を強いられることは同じです。セーラー服の腰に絶えず伸びてくる手を払いのけながら見上げた中吊り広告には、女子アナのゴシップが大見出しで載っていたっけ。

女は値踏みされ、持ち上げられ、貶められて次から次へと消費される。だけど果たしてそれは、女性だけなのでしょうか。 

憎悪と暴力に満ちた社会

あの頃、サラリーマンですし詰めの車両には、憎悪が満ちていました。今だってそれは同じです。

十代の私もまた大人たちを憎みながら、彼らが何を憎んでいるのか、ずっと考えていました。

肋骨が折れそうなくらいに押しつぶされても、誰も文句を言わない。ただお互いに小突き合い、舌うちし合い、何食わぬ顔で手を伸ばす男と、声を上げられずにいる女性が密着したまま揺られていく。朝も夜も。

30年経って、何が変わったのだろう。憎悪と暴力と泣き寝入りは、今もそこらじゅうにあふれています。これが普通だなんて、思っちゃいけないんだ。 

#MeTooキャンペーンは、性暴力やハラスメントへのNOです。腕力や立場の差を利用して性的な関係を強いたり、ハラスメントをすることは決して許されません。

被害にあっても黙っているしかなかった多くの女性が自らの体験を明かし、声をあげています。それに対して、売名行為だとか、女が被害者ヅラしているとか、非難する声があがっています。男がみんな痴漢みたいに言うな!とか。

当然ながら、#MeToo は「反男性運動」ではありません。反暴力、反ハラスメントのキャンペーンです。

女性たちの声に賛同する男性や、自らも性暴力の被害にあったことを告白する男性もいます。#MeToo キャンペーンを叩く男性は、自分が加害者にされるのを恐れているのかもしれません。

あるいは、女ばかりがひどい目にあったことを声高に言い立てるのはアンフェアだと思っているのかも。俺だっていろんなひどい目にあっているんだから、と。

#MeToo は女性のためのもので、性暴力なんて自分とは無縁だと思っている男性も多いでしょう。でも、ちょっと待って。

男同士で性的な嫌がらせをされたことはないでしょうか。性器をからかわれたり、服を脱がされたり、性体験の有無を無理やり聞き出されたり、買春を強要されたりしたことはないでしょうか。

子どもの頃に受けた嫌がらせや「いじめ」には、そうした仲間内の性的な虐待が含まれています。大人になってからも、酒の席や先輩からの「可愛がり」でそんな目にあった人は少なくないでしょう。

#Metooできない男性

女性への暴力をなくすキャンペーンであるホワイトリボンキャンペーン・ジャパンの共同代表で京都大学名誉教授の伊藤公雄氏は、そうした「いじめ」を性暴力と認識することで、男性の当事者性を呼び起こすことが重要だと指摘しています。

性暴力の被害者は加害者にもなりえます。自分がされたあの嫌がらせは、男同士のじゃれあいでも、よくあるふざけっこでもなく、性暴力だった。そう男性が認識することで、女性に対する性暴力に自覚的になる契機が生まれるのです。

ただ問題は、男性がそれを自覚したところで、「辛かった」「自分は被害者だ」と言い出せる環境がないこと。男性用の相談窓口を設けている自治体もありますが、男が弱音を吐くことへの強い偏見がまだあります。

伊藤氏は、こうした「男性問題」にいち早く対策をとっているスウェーデンの例を挙げています。

1970年代以降のスウェーデンでは男女平等が進み、女性が経済力をつけ、家族のあり方が変わりました。

それに伴い男性の役割も見直され、家庭内の緊張が高まることに。けれど男性は「弱みを見せるな、感情を表に出すな、問題は自分一人で解決せよ」という男性性が重荷となり、不安や孤独に陥っても助けを求めにくいのです。

それが「男にしわ寄せがきている」という剥奪感に繋がり、DVや理由がよくわからない暴力が顕在化しました。

こうした問題に対応するため、1986年にヨーテボリ市に初めて「男性危機センター」が設立され、現在はスウェーデン全国およそ30カ所の同様の施設で、人間関係や離婚や子育て、感情をコントロールすることの困難さや暴力などの問題を抱えた男性を、自治体やNPOが支援しています。

問題を抱えている男性には暴力行為の加害者としての側面と、女性との関係性の変化がもたらす危機の側面の二つがあり、両方を視野に入れて支援しているそうです。

叩くべき相手は誰ですか

日本の男性はどうでしょうか。

父親と同じように長時間働いても同じようには稼げず、老後の不安は増すばかり。共働き世帯が6割を超え、育児や家事も夫婦でやらねば生活が回りません。

経済的な理由で結婚を諦めた人や、正社員になれないまま中年期を迎えた人もいます。親の介護はどうすればいい? ワークライフバランスが流行り言葉になっている一方で、サービス残業や休日出勤を強いられ、上司のパワハラにもじっと耐えねばなりません。

輝けだの活躍だのと女性の権利ばかりが叫ばれて、自分たちは割を食っている気がする。失敗したら、なんでも自己責任。#MeTooに対するバッシングには、こうした男性の置かれた状況も映し出されているのかもしれません。

だから大目に見てあげよう、という話ではありません。#MeTooを叩くのはお門違いだと言いたいのです。

#MeToo は男性排斥運動でもなければ、女性だけのものでもありません。力の差を利用して口を塞ぐものへのNOであり、苦しい思いを口に出せず、理不尽な目にあっても泣き寝入りするしかない世の中へのNOです。

つまりはあなたがこれまでに受けたあらゆる支配や暴力へのNOでもあるのです。

男らしさの押し付けだって、長時間労働だって、パワハラだって、みんな#MeTooと根っこはつながっています。

もしもあなたが男性で「女ばかりが被害者ヅラか」と思うなら、暴力の連鎖の果てで声をあげた女性を責めるのではなく、自分を痛めつけたのは誰かを思い出してほしい。それを生み出した構造を疑ってほしいです。

そして、身近な男性と「性的いじめやセクハラトークや合意のないセックスは今どきありえない」をシェアして、当たり前にしてください。最も女性たちの声の届かない場所の近くにいるのは、あなたなのです。

私たちにはNOと言う自由がある

そして、もしもあなたが#MeTooに興味がないなら、ブラックな働き方やセクハラやパワハラや人権侵害が横行しても声をあげることができない世の中に住み続けたいか、助けを求めると袋叩きにあう世の中に暮らしたいか、自分の子どもをそこに送り出したいかを考えてみてください。

答えがYESなら、あなたはそうやって暴力を振るってきた人間でしょう。もしもNOなら、あなたは #MeTooの一員なのです。そう、あなたが男性でも、性暴力の被害者でなくても。

「男を悪者にするな」と男性が女性を叩き、「女をひどい目に合わせたのはお前だ」と女性が男性をなじっても、暴力と支配に泣き寝入りする世の中は何も変わりません。ますます声があげられなくなるだけです。

なぜ、声があげられないのか、なぜ、暴力や不正がまかり通るのか。それを可能にしているのは、社会のどんな仕組みや慣例なのでしょうか。

「男も女も老いも若きも、どんなにひどい目にあっても黙って耐えるのが美徳です」と刷り込んで、一番得をするのは誰なのか、よく考えなくてはなりません。

「もう、そんなのたくさんだ!」と声をあげるときが来たのです。今の日本にこそ、それは必要ではないでしょうか。

人は自分を追い詰めている実体には、怖くてなかなか向き合えないものです。現状を受け入れたほうが楽なのではないかと思ってしまう。

この生きづらさは何ゆえかと考えることをやめてしまって、手近な人を叩いて憂さ晴らしをするだけ。それはなんら世界をマシなところにしません。あなたの生きづらさも解消しません。#MeToo をそのターゲットにしないでほしいのです。

私たちには、声がある。個別の痛みや苦しみがある。NOと言う自由がある。

問われているのは、#MeToo はアリかナシかじゃありません。ルールがないがしろにされ、暴力や不正に泣き寝入りするしかない社会はアリかナシかです。

あなたの答えは、なんですか。


小島慶子(こじまけいこ)

エッセイスト 東京大学大学院情報学環客員研究員

1972年生まれ。放送局勤務を経て現職。各メディア出演、講演活動も行う。著書に『解縛(げばく)』(新潮社)、『ホライズン』(文藝春秋)、『るるらいらい 日豪往復出稼ぎ日記』(講談社)など。


BuzzFeed Japanはこれまでも、性暴力に関する国内外の記事を多く発信してきました。Twitterのハッシュタグで「#metoo(私も)」と名乗りをあげる当事者の動きに賛同します。性暴力に関する記事を「#metoo」のバッジをつけて発信し、必要な情報を提供し、ともに考え、つながりをサポートします。

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