おこんばんは! 突然ですが、イケイケなバブル時代のこと、どれだけ知っていますか?

バブルあるあるその1:就活=家にいること

バブルあるあるその2:ディスコで死ぬほど踊った

バブルあるあるその3:みんな大好き荒木師匠

バブルあるあるその4:ナンパ=ハワイ

バブルあるあるその5:酒は洗面器で飲む

バブルあるあるその6:待ち合わせ場所を決めておく

バブルあるあるその7:ブランドに狂う女子たち

バブルあるあるその8:過去は振り返らない

本当にこんな時代あったの? 冗談はよし子ちゃん!
僕はまったく知りません。アジャパー! というわけで、バブル時代を生きた会社の先輩たちに「バブルあるある」を聞いてみました。レッツらゴー!
シェー!! い、いったいどういうこと!?
「だって、当時はケータイとかなかったからね。家で電話待つしかなかったんだ」
「内定複数もらうのは当たり前だったね。内定後は、他社に浮気しないように旅行に連れていかれたりしたよ。寿司とか焼肉で接待もしてもらったな」
「応募してないのに内定もらったこともあったよ」
……アッと驚く為五郎!うらやまぴー!
ディスコとは、今でいうクラブのこと。当時の若者は、マハラジャやキンクイ(キング&クイーン)といったディスコで踊りまくっていたのだそうです。
「六本木にスクエアビルっていうビルがあって、ほぼ全部のフロアがディスコだったね。お寿司とかもあった」
今はなきスクエアビルは地下2階、地上10階建ての雑居ビルでした。
「よくダンパ(ダンスパーティー)も開いていたな。大学にパーティーサークルがあって、パーティー券っていうのを売って資金にしてたんだ」
「ディスコに行くと、お立ち台っていうところで女の子がパンツ見せて踊ってるの。それを男がナンパするんだ」
そんなお立ち台から有名になったのが「荒木師匠」こと荒木久美子さん。「お立ち台の女王」とも呼ばれていました。
当時人気のワンレン(ストレートで長めの一定の長さに切りそろえた髪型)ボディコン(体に密着したボディラインを強調した服)スタイルを象徴するような存在でした。
「男の子たちがナンパのためによくハワイに行ってたな」
「ワイキキビーチを何往復もしてたね。まず、グレードの低いホテルの方で何人か今晩の女の子をおさえておく。その後、ハイグレードなホテルの方でナンパするんだ」
「男って嫌ね」
「学生時代、飲み会やると洗面器とかアイスバケツで酒がまわってきたな」
「パンツの中にゲロったりね」
「一気ばっかりして記憶飛ばしてた」
当たり前田のクラッカーといえば当たり前田のクラッカーの話なのですが、バブル時代にはケータイがなかったため、待ち合わせ場所をあらかじめ決めておく必要がありました。
「ハチ公前は人がいっぱいいすぎてよくわからなくなっちゃうから、モヤイ像前で待ち合わせしてたな」
「あと、六本木アマンド前とかね。イタトマとか」
「連絡手段がないから、学校でもサークルごとのたまり場があったんだ。そこに行くと誰かしらいる場所」
「学校に限らずたまり場を決めてたね」
なんだか楽しそー!コマネチ!
「女の子はみんな貢いでもらってたね。シャネルとかヴィトンとか」
特にアベックたちに人気だったのがカルティエの「LOVEブレス」(写真)だったのだそうです。ホの字な相手にプレゼントしてたんですね!
「お店に行くと、ハウスマヌカンっていうカリスマ定員みたいな人がいろいろアドバイスしてくれたよ」
最後に、当時の写真がないかどうか聞いてみたところ、こんな答えが返ってきました。
「思い出のものはほとんど捨てちゃったんだよね〜。バブルの人って基本的に前しか見てないから。後ろなんて振り返らないの」
バブル世代のポジティブさにはインド人もびっくりです。平成世代も見習っていきたいな〜と思ったのでした。
それでは、これにてドロンします。